025 偵察任務3

 荒野を抜けて正午前にようやく岩山までたどり着いたタイカ達はその険しい地形に難を示す。遠目からもある程度困難が分かっていたものの目の前にするとより顕著に感じた。全体的にはゆったりとした傾斜の岩山なのだが、その中から50メートル以上はありそうなほぼ垂直の絶壁の岩の塊がいくつも飛び出している。また、そんな岩山の間も落石なのか大小さまざまな岩がゴロゴロと地面に転がっている。


 赤森領を預かる赤森家の一員であるモエハも当然ここの岩山については知識があった。だが聞いてた話と実際にみる地形の差に圧倒されていた。


「すごい、地形ですね」


「なるほど。たしかに身軽な方が移動はしやすそうだけど……」


「……そう、ですね。私も来るのは初めてでしたのでこのような地形だったとは……」


「鳥の魔獣より落石の方が怖そうだな……なるべく崖から離れて移動しよう」


「ええ。そうしましょう!」


 ハバラキからの助言を思い出し、上の方に意識を向ける。絶壁を誇る岩山と空ばかりが見えるだけで鳥魔獣がいるのかは分からない。


『なぁクンマー、上から偵察とか出来ないかな?』


『へへ。僕なら出来るよ!ちょっと見てくるね』


 あっという間に高度を上げていき見えなくなったが直ぐに戻ってきた。


『岩ばっかりで全然見えなかった。鳥も全然みえねー!あとな地脈からの魔力が多くてモンスターいても近くじゃないとよくわかんねっ!」


『…………仕方ないか、何か気づいたら教えてくれな』


『はーい』


 そのまま三時間ほど進むも一向に生物の気配すら感じられなかった。


「何もいないな……鳥の魔獣とか本当にいるのかな」


「ええ。いるはずなのですが、全く見ませんねぇ」


「まぁこんな岩だらけの場所じゃ獲物も少ないだろうし数は多くないのかな?」


「そうなのかもしれませんね……勉強不足が悔やまれます」


「気にするなよ。魔獣が少ない分には問題はないんだからさ」


 そんな時に違和感を感じた。徐々に地脈からの魔力が薄くなっている気がするのだ。だが山を登っているので地脈から離れているせいだともいえる。だが、途中までは登っていても地脈からの魔力はむしろ増えているように感じていた。漠然とした根拠のない不安を感じた為もう一度クンマーに周囲の確認を頼んでみる。


『なぁ、魔力が薄くなってきていないか?少し気になるんだ。もう一度上から見てくれないか?』


『んー?ほんとだおかしいね。地脈の魔力溜りは山頂辺りにあったはずなんだ』


 てっきり地下にあると思い込んでいたが違ったようだ。ぎょっとして反射的に山頂の方をみるとさっきまで薄かった魔力が急激に上がっていく感覚に襲われた。まずいと思い反射的にモエハの腕をつかみ岩陰に引っ張る。


「きゃっ!?ど、どうしたんですか!」


 突然の事にあらゆる状況が頭の中に想起された。その中の一つにはタイカが邪な行為におよぼうとしている可能性も当然入っていた。反射的にタイカを押し退けようとする。だが--。


「しっ!見つかったかもしれない……モエ、ビーコンを用意しておいてくれないか」


 タイカは山頂の方へ注意を払っており表情からも危機感が伺えたため、勘違いだったかと恥じいる。いや恥じ入っている場合ではないと考え直しビーコンを取り出して周囲への警戒を強めていく。


『た、たた、タイカ--!でたーっ!モンスターいたよこっち来るよ!!』


 クンマーがはっきりと確認したらしく慌てて飛び込んでくる。急いで逃走ルートを頭の中に思い描く。入り組んでて岩山で細くなって巨体では通りずらいルートが理想だ。ある程度まとまり山頂を見るもまだインビジブルジャイアントは見えない。そうこうしているところ。


『ちがうよタイカ!上だよ!』


『えっ?』


ドスンッッ!!


50メートル先の広い場所にそいつは空から降りてきた。人型をした巨人だが全体的にのっぺりとした白いフォルムをしていて足にはかぎ爪がついており、そして最も特徴的なのはその腕が鳥の翼になっていた。


「こいつ……飛べたのか」


「……通りで見つからないはずですね」


 ……最初にクンマーに空から見てもらった際にハバラキから注意するよう言われていた鳥魔獣の姿も見えないと言っていた。こいつが空から襲っていたかそれを恐れて逃げていた、その可能性を考えるべきだったと後悔するも遅いだろう。まずは生きて逃げ切らなければ次につながらない。


 とっとと逃げるべき場面だったが一瞬頭が空っぽになるような恐怖に呆けていた。だが、一瞬早く立ち直ったタイカがモエハの手を引っ張り駆け出す。


「逃げるぞ!ビーコンを起動してくれ!!」


「は、ははいッ!」


 全力で走りながらモエハはビーコン起動させて腰袋に戻す。あとは駆けつけてくる予定の部隊と合流すれば任務完了であるがインビジブルジャイアントを引き連れていくわけにもいかない。そんな事をすれば部隊は遠巻きに確認してこちらを見殺しにするだろう。自分達でどうにかしなければならなかった。だがそんな手は思い浮かばなかった。モエハも同じように考えているのだろう握った手が震えていた。


 事前に想定していた逃走ルートはインビジブルジャイアントが飛べない前提だ。それが崩れた今そこを通る理由もなく、ひたすら全力で逃げるのが最善に思えた。ビーコンを持つモエハを先頭にしてタイカは少し後ろを走ることにした。何かあれば遠距離魔法の符術をもつタイカが殿しんがりを務めたほうがいいと思ったし、インビジブルジャイアントに通じるとは思えないが受け流しで盾役もこなすつもりでいる。


 そこへ--<鳥瞰>ちょうかんから真後ろに迫りくるインビジブルジャイアントを見たタイカは走りながら刀に手を添える。5メートル、2メートル--今!


 振り向きざまに刀を横薙ぎに振るう。巨大なかぎ爪が間一髪で逸れる流しきれなかった分がタイカの胸を切り裂いた。決して浅くはない傷を負ってタイカは吹っ飛んで地面に転がる。


「がっ……」


「タイカさんっ!」


 自分一人で逃げるのを良しとしなかったモエハは刀を抜いてタイカの前に身を晒す。


「馬鹿ッ!逃げろ勝てない!ビーコン持ってるモエが逃げ切らずにどうする!!」


「タイカさんが死んだら私だって一人じゃ逃げ切れませんよ!」


 急いで起き上がるもインビジブルジャイアントはまだその場に留まっていた。刀を向けられ警戒しているのか、あるいはどう仕留めようか考えているのか少し首を傾げた様子である。あのまま襲われていたら打つ手はなかっただろう。助かった……そう思った瞬間にインビジブルジャイアントは叫び声を上げて再度敵意を向けてくる。なんでと思うも先ほどかぎ爪をはじいた際にタイカの事を一際強く敵視したのだろう。


 インビジブルジャイアントは足を折り曲げ前傾姿勢から勢いよくジャンプする。初速のある飛翔からの襲撃である。


 高速で飛翔してくるインビジブルジャイアントにモエハは上段に構える。あの巨体にはダメージを与えられないと悟ってタイカと同じくかぎ爪に目標を定める。インビジブルジャイアントの腕は翼になっているので直接攻撃には使えないはず、ならばかぎ爪がなければ敵の攻撃力は半減するだろうとの目論見だ。


 目の前までせまってきたかぎ爪に向かってモエハは上段から前のめりになりながら刀を振り下ろす。そのまま倒れるようにしてインビジブルジャイアントの足元へ潜った。


「きゃっ!」


 しかし完全には避けきれずにモエハは吹き飛ばされた。


 <鳥瞰>ちょうかんでつぶさにその様子を見ていたタイカは一瞬インビジブルジャイアントが怯んだように見えた。まるで突然襲われたかのように。だが、それも一瞬でモエハの刀をかぎ爪で弾いてそのままタイカに突っ込んできている。モエハの刀はひん曲がってすっ飛んでいくも、弾いた時の挙動で飛翔するインビジブルジャイアントの軌道が変わり左側面に隙間が出来ていた。タイカはそこ目掛けて思いきり飛び込んでいく。

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