007 お稽古2

 タイカは翌日指定された部屋に向かったがドアには鍵がかかっており入れなかった。しかたなくその場でしばらく待っているとヒラノブと四名の子供達がやってくる。子供達は自分と同じような年齢から十才程度まで様々でヒラノブから符術を習っている子供達なのだろう。ヒラノブは箱を抱えておりその中には薬品のようなものが多数入っているのが見えた。どうやら必要な道具は別の部屋に保管されているらしく持ち出すのに時間を取られていたようだ。


 ヒラノブは箱を年長の少年に渡すと鍵を取り出し扉の鍵を開けた。部屋の中に入ると大きな作業机が二つとその周りを囲むように椅子が六個ずつ並んでいて作業机の上には定規や分度器にコンパスのような道具類が乱雑に置かれている。ヒラノブの連れてきた子供達は手前の作業机に陣取りはじめた。一番前の椅子二つには誰も座っていない。ひょっとしたら半ば固定した席が出来上がっているのかもしれないがタイカには判断つかなかったので奥の作業机の端に座った。


 少し遅れてリュウヤとアヤがやってくる。リュウヤはそのまま手前の作業机の先頭に座ったがアヤはその隣ではなくタイカの隣の席に座った。アヤも自分と同じく授業初日であるはずなので授業の進度を考えればもっともな配置だろう。ヒラノブやリュウヤも特に気にした様子はなかったが手前の作業机の一つ空いた席の隣に座っている少年がこちらを睨んでいた。


 どこかで見た事のある少年だなとタイカは思考をめぐらす。たしか先日の集まりでリュウヤの正面に正座して話していた少年じゃないかと気付く。たしかアキトといったはずだ。もしかしたらいきなりやってきた同年代の自分に対抗意識を持ったのかもしれない。


「今日から二人増えることになった。当然みんな顔を合わせたことはあるだろう。よろしくたのむ」


「せんせー!一人知らない人がいまーす!」


 クスクスと嗤いながら揶揄ってきたのは先ほどこちらを睨んでいたアキトである。


 タイカはそんな様子をどこか楽し気に眺めていた。今まではこんな風に構われる事はなかった人生だ。生前から無関心はあれども、こうして明確に興味の意識を向けられるのは新鮮だった。


 これを受けてヒラノブはつまらなそうにタイカの名前だけを伝えて終わりにした。どちらの反応にも肩透かしだったのかアキトはムッとする。


「しばらくは二人に基礎を教えるのでお前たちは先日の課題に各自で取り組むように」


 奥の作業机まできたヒラノブは早速基礎を教えていく。どうやら符術とは文字やら模様のようなものを特殊なインクで正確に紙や木片などの媒体に記述することで出来上がるらしい。出来上がった媒体にはこの世の理を捻じ曲げる強力な魔法が一つ込められており、一説には神の扱う魔法と同種のものであるらしい。普通の魔術士が使う属性魔法では再現できない魔法なども多くあるため重宝されているが、媒体を作成するには高度な技術の他に秘匿性の高い符術の原本が必要なので媒体を作成できる符術士の数は限られていた。


 符術の原本の多くは過去の遺跡から発掘されたもので新たに開発されることはない。そもそも原本に記載されている文字が読めなかった。いくつかの文字は複数の原本を見比べることで類推出来ているが全ては解明されていない。また、文字などの配置についてもパターンがありそうだと認識されているものの、あまり理解は進んでいなかった。その為、新しい巫術の原本が開発されたという話は数百年ほど聞いていない。


 月模家でも貴族の立場を裏付ける独自の符術に関する原本は厳重に管理されており門外不出だ。だが基本的な符術の原本については既に一般的に認知されているらしく、それを使った課題を手前の作業机では与えられているようだ。タイカはその符術の原本をチラッとみた。中央付近には小さい文字や図形が詰められており、その周りはまばらに少し大きめな文字が書かれていた。規則性があるのかないのか判別付かない模様が見える。そして、それが階層構造になっていた。幾層もの図案を手順通りに媒体に記述していくようで完成した媒体からでは手順が見えないようで複製出来なさそうだ。


(なるほど、わからん)


 タイカは原本に理解が及ばない事に、また符術の教えを乞う事が正解であった事実にうなずいた。


 一通りの説明を受けた後は符術に使われる文字のいくつかを教わり正確に描けるように指示を出される。本来なら文字のようなものは筆、記号のようなものはスリットの入った金属製のペンを使い定規やコンパスなどの道具で書くらしい。だが、練習でそんなものを紙に書いていたら秘匿情報が漏洩する危険もあるので当然使わせてもらえない。代わりに額縁のようなものに砂が詰められたものを渡された。どうやらそれに書いて練習するらしい。


 筆の持ち方と懸腕法に似た腕の構えを教わった後はひたすら書いていく。


(うーん、砂だと書くときに抵抗あるし大雑把にしか書けないな)


 これで練習になるのかと思いつつも、自分から頼んだ稽古の初日からそんな文句が言えるわけもなくひたすら書いていく。


 これが結構辛かった。割とすぐに腕がプルプルと震えてきたタイカはこりゃあ大変だぞと隣を伺う。自分より年下のアヤはさぞ苦労しているだろうと思ったのだが、そこには自分よりキレイな文字をさらさらと書いているアヤの姿があり顔を引き攣らせた。


 思えば生前も学校に通った事がないタイカにとって文字とはペンで書くものではなくキーボードに打つものだった。文明の利器に慣れ親しんだタイカにとって符術の練習はなんのアドバンテージもなく、必死に食らいついていかなければ直ぐに置いて行かれてしまうだろう。そんな危機感もあってかプルプル震える腕でミミズのようなモノを必死に書きながら、証拠が残る紙じゃなくて砂でよかったとは本心からの寸感だ。


 カラーンカラーン


 昼の鐘の音が鳴ると手前の作業机ではガヤガヤと賑やかになっていく。休憩時間に入ったのだろうか。砂をならしながら周りの様子を眺める。どうやら昼食中はこの部屋から締め出され施錠されるようだ。促されるように部屋からでていき、皆と少し離れて歩いていたタイカは何時ものように離れで食事をとるために分岐路のところで別れようとした。だが、後ろから服を摘まれてタイカは足を止める。


「兄様、今日はこちらで昼食を用意しています」


 え?そうなの?と思いながらも誰かが口添えしてくれていたのだろうと思い感謝した。


「わかった。教えてくれてありがとな」

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