006 お稽古1

 タイカは翌朝本邸に呼び出されていた。あまり本邸に足を運んだことのなかったタイカは他人の家に上がった時のような嗅ぎなれない匂いを感じていた。それでも和洋折衷な様式の屋敷をワクワクしながら指定された場所に向かって歩いていく。ここかな?と突き当りの部屋の前で足を止めた。コンコンとドアをノックして開く。


「失礼します」


 部屋の中には既にトウジ、アヤ、それから評定の場で見かけたことのある青年が一人いた。応接室のようで一人用のソファが二つ、テーブルを挟んで向かい側に二人用のソファが置かれている。タイカは促されて空いているアヤの隣に腰かける。チラリと青年の方を見る。顔は知っていても今まで紹介されたことがないので名前も知らない。だが今更はじめましてと挨拶するのもどうかと思い沈黙する。生前含めて人と話す機会が少なかったのでタイカのコミュニケーションスキルはそれほど高くない。


「えっと、こちらの方は……?」


「ヒラノブだ。今後君たち二人の教育を担当させて頂く事になった。符術については直接私が教えることになるが、剣術については街にいくつかの流派があるので君たちに選んでもらう事になる。今日はそのために集まってもらった」


 月模家はかつて符術で功を成した家だった。一族の中に符術の専門家は多くいた。ヒラノブもその一人で二十才にして月模流符術の師範代にまでなった天才だ。だが剣術についてはそれほどではないのだろう。外部から人を招いていくつかの道場が開かれているのでそちらへ丸投げするようだ。


「あ、はい。タイカです。よろしくお願いします」


 タイカはヒラノブに軽く会釈して挨拶をする。トウジは軽くうなずいた。


「顔合わせは済んだな。俺は仕事があるのでこれで席を外すからあとはヒラノブに任せるぞ」


 そう言ってトウジは部屋を出て行った。この為にわざわざ時間を取って同席していたのだろうか。意外と周りに気を使っているのだなと感心する。


 ヒラノブは目の前の二人に向き直り説明をはじめる。


「さて、剣術についてだが街にある道場の流派について説明しよう。一つ目は竜王流。竜の一撃のように初撃で敵を屠ることを旨としている超攻撃的な剛剣だ。対人よりも格上の魔獣やモンスターを敵として想定している。月模家からも多くが師事しているしピジャン国でも一番大きな流派の一つだ。二つ目は柳水流。複数の武器を扱う流派で素早い動きと受け流しを多用する。剣術というよりかは総合武術だな。扱う武器の多さや後の先をとる技が多いから習得の難易度は高いだろう。このどちらかになるがどうする?」


 その二つなら考えるまでもなかった。


「柳水流でお願いします」


 タイカには魔力回路がなかった。どの流派も魔力による身体強化を前提として技が組み立てられているが竜王流は特にそれが顕著だ。自分が会得するのは困難に思えたのだ。それならば身体強化がなくともカウンターを狙っていける柳水流のほうが合っているだろう。


 ヒラノブもタイカの魔力測定結果について聞いていたので、まあそうだろうと納得する。


わたくしも柳水流に致します」


 アヤはチラリとタイカの方にやった目線を戻して柳水流の選択を告げた。女子の多くは柳水流を選択するのでこれにもヒラノブはそうだろうと納得である。そして二人とも不相応に竜王流を選択しなかった事にほっとした。


「あい分かった。私はこれから柳水流に話をつけてくるので今日は解散だ。明日からは符術について教えていくので朝の鐘二つ目に集まるように」


 そういうとヒラノブも部屋から出ていった。タイカは明日から訓練が始まることにようやく実感が湧いてきてウキウキしながら立ち上がる。


「俺達も戻ろう。明日からがんばろうな!」


「兄様はなぜお稽古のお願いをなさったのですか?」


「ん……?」


 なぜか疑問を呈された。アヤは未だにソファに座ったままこちらを見上げている。答えを聞くまでは居座るつもりのようだ。


 しかたなくタイカはソファに座りなおして少し考えてみる。答えは出ているが上手く伝えられる自信がなかった。


「なんでか……か。俺はさこれまで・・・・何もしてこなかったんだ。あ、いや勉強はしたぞ。でも勉強して知識を増やして、それで何もしなかったんだ。それが原因でどんどん人とのつながりが薄くなってさ。……結局人は利己的で、自分に利益がないと振り向いてもらえないんだ。親が子に愛情を注ぐのは将来の自分のためで、他人との信頼関係はお互いに利益があるからこそで。俺には魔力がない・・からさ、今のままじゃ誰の役にも立たないから手を差し伸べてもらえないんだ。そんな現状に見限ってこのままでいたら、きっと……後悔すると思うんだ」


 実際に前世では後悔して死んだ。みっともなく泣いて叫んで、結局救いなんてなくて死んだ。どうせ助からないと斜に構えて自分から手を差し伸べる事を怠って、勝手に悲劇の主人公ぶって社会の外にいることを自分で選んだ。やりたいことがあるなら親に泣きつく事だって出来たはずだ。情に訴えてわがまま言って好きな事をして、それで楽しかったありがとうって感謝の言葉を伝えいればもう少しは楽しい人生だったかもしれない。


 二度とそんな後悔をしないように考えた結論が自分の存在価値を相手に認めさせる事だった。魔力がなくても他に能があれば、それを生かす場さえあれば自分を求める人は出てくるだろう。その為にまずは親にわがままをぶつける事が第一歩だと思ったのだ。


「兄様は人の役に立ちたいのですか?」


 相変わらず感情の読めない表情でアヤは問い返した。


「……いや。それはただの手段でさ、本当に欲しいのは……目の前にあるものなんだ。でも手を伸ばさないと届かなくて、だから俺の口から伝えないとダメだと思ったんだ」


わたくしには分かりません」


「はは……悪い。自分でも整理できてなくて伝わりずらかったね」


「いえ、兄様のおっしゃる事はなんとなく理解は出来ます。分からないのは、なぜ兄様がそんな考えをもっているかです」


 ギクッとした。タイカが転生者である事を隠している。黒い男にバレるといいことがないと忠告されていたし、何より生前の自分を知られたくないと思っていた。そんなタイカをアヤはまっすぐな瞳で見つめていた。タイカは適当にごまかして目を逸らし今度こそ退室しようと立ち上がった。全てを見透かされそうで恐ろしかったからだ。


 部屋から出たら既に昼近くになっていた。思ったより長く話し込んでいたらしい。タイカの食事は離れに用意されているのでそこで分かれる。


「じゃあ。また明日」


「はい」


 アヤは軽く手を振りながら去っていくタイカの背中を見ながら少し考えていた。

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