005 新しい家族

 大きな部屋の隅っこにタイカは一人ぽつんと座っている。部屋の中には座布団と一人用の小さな和机が並ぶようにいくつも置かれており既に半分近くの席が埋まっていた。


 あれから六年が経過してタイカは七才になっていた。弟の他にも五才になる妹が一人増えていたがタイカにはその実感がまるでない。それもそのはずでどうやらタイカは離れで乳母に育てられているようで弟妹とはめったに会うことはなく、今日のように年に数回行われる評定後の親戚一同集められる時に限られていたからだ。


 とはいえ自分から会いに行かなかったのかと言われればそうでもない。生前は弟の顔も碌に覚えておらず血がつながっている以外にはなんの関係も気付くことが出来なかった事に寂寥を感じていたしせっかくの第二の人生で繰り返したくはなかった。そこで本邸へ足を運んで会いに行ってみるも執事やメイドに見つかってしまうとあっというまに追い出されてしまった。とはいえ子供の特権だとばかりに素知らぬ顔して再度の侵入を数回試みた所で乳母が叱られているのを見てしまい流石に思うところがあって足が遠のいてしまった結果だ。


 その弟妹はどちらも優秀な魔力量を持って生まれたようでトウジや母親のカヨに大層可愛がられているらしい。そう乳母が愚痴っていた。どうやら乳母は自分が育てているだけあってそれなりの愛情を自分に注いでくれているようで感謝するばかりだ。


 横を向けば弟妹がそろって上座の方に座っていた。どちらも整った顔立ちをしていると思うのは決して身贔屓ではないはずだ。弟のリュウヤは嫡男として育てられている為か、かなり厳しい教育を受けているらしいが良い成績をのこしている頑張り屋だ。たまに自分と会話するときにはその関係性を内外に示すためか毅然とした口調で接してくる。妹のアヤは人見知りで大人しい性格だろう。去年一度だけ散歩中に会話する機会に恵まれたのだが、その時には自分が話しかけるだけで返事は帰ってこなかった。少し残念に思うも、年に数回顔を合わせるだけの兄なんて他人と変わらないだろうから仕方がないのだろう。


 リュウヤは胡坐をかきながらつまらなそうに斜め前方に正座している少し年上とおぼしき少年と話をしているが、少年はたまにチラチラと妹のアヤを見ていた。そのアヤは特になんの感情も表に出さずに静かに座っている。


 タイカはしばらく弟妹を観察していたが、実の両親について考える。このままの関係を続けていてもきっと良い事は何もないだろう。改善していかなければいけないと強い危機感を感じていた。前世は何もしなかった。徐々に減っていくお見舞いの頻度に気付きながらも耐えていた。あるいはわがままの一つでも言っていれば変わっていたかもしれないが、それすらしなかったので興味が無くなっていったのだろう。その結果が病院に押し込め放置される結果に繋がっていった。


 今生でも同じことを繰り返すのは嫌だった。なんとかして信頼関係を構築したかったタイカはこれからある提案を両親にしてみようと決意していた。


 自分が今の状況にあるのはまず間違いなく魔力検査のせいだろう。魔力回路がないのだからいい結果を出せるはずもない。それならば魔法以外で自分の能力を示そうと考えた。何かしら高い能力を示せればもう一度自分に興味が向くのではないかと考えたのだ。貴族のあり方を考えれば魔力回路を持たない自分が嫡男になることはないのだろう。それでもいい。せめて月模家の一員として認めてもらえればと思ったのだ。


 すでに去年から乳母に頼んで様々な書物を本邸から持ち出してもらい目を通していた。幸いなことに乳母が文字を読めたため特に困ることはなく、算術や一般教養ならば書物だけで十分に学べた。だが剣術などは師がいない変な癖がつきそうだったし、符術については道具が必要になるので諦めていた。だからそれら二つの教育を提案するつもりでいる。


 そんな時だ。廊下から大勢の足音が聞こえてきた。みながそちらに注目すると襖が開き当主のトウジと配下達が入ってきた。先ほどまで雑談していた人達もみな自分の席に戻ってゆき姿勢を正す。トウジは上座へ妻のカヨはリュウヤの隣へ座った。メイド達がぞくぞくと料理を運んできており大人たちへは酒をついで回っている。酒がいきわたった頃合いにトウジが咳ばらいをし注目を集めた。


「みなご苦労であったな。おかげで今年も順調に領地を運用することが出来たぞ。今夜は無礼講であるからな。楽しむといい」


 トウジが盃を持ち上げると皆が続いた。それ以降は自由に食事をしたり席を移動しては好きに会話を楽しんでいる。また、トウジの周りには順番に人が入れ替わり酒を注ぎながら挨拶をしていく。一通り挨拶が終わる頃合いを見計らっていたタイカは緊張していた。それもそのはずだ今まで碌にトウジと話をしたことがないのだ。なんて呼んだらいいのかすらわからない。


 ええいこうゆうのは勢いだと勇気を振り絞り立ち上がる。いくつかの視線がタイカに集まる。トウジの席に近づくにつれてその数は増えていった。周りを確認する余裕はない。手や脚は震えていた。トウジの席まできて正座をし、定形の挨拶をする。先ほどまで観察していた人たちの見よう見まねだ。タイカの位置からは見えなかったが、その様子をカヨは怒りの形相で見ている。リュウヤは兄の処遇を聞いていたため、えっ?まじでいくの?といった困惑顔だ。そしてアヤはめずらしく興味の視線を向けていた。


 タイカは頭を下げて事前に用意していた言葉を吐く。


「ち、父上、本日を良き日として迎えられおめでとう御座います」


「うむう。それでなんじゃ?」


 タイカはほっとする。とりあえず父親であることを認知はされているようだ。タイカは顔をあげ、まっすぐにトウジを見つめるがトウジの方は少し視線を逸らしたまま聞いていた。


「はい。お願いしたいことが御座いまして参りました。私に剣術と符術について学ぶ機会を頂きたく存します。お許しくださいますでしょうか?」


 それに対して答えたのはカヨだった。苛立たし気に早口でまくしたてる。


「タイカさん、このような場所でする話ではないでしょう。わきまえなさい」


 そもそも親子であるのにこのような場所でなければ言葉を交わす機会がなかったのだ。タイカは唇を噛み黙る。ここでそれを言っても拗れるだけだと分かっているからだ。その代わりにトウジに目を向ける。それに対してカヨが何も言わないのは単に体面を気にしての事だった。言わないだけで形相はより悪化していたが……。


 トウジとしてはその願いを受けてもよかった。むしろ自分の口からそれを言いに来たことに感心すらしていた。実はトウジとしてはここまで積極的にタイカを冷遇するつもりはなかったのだ。だが、妻のカヨが強硬した。カヨは厳格な良家で育った姫だった。そして正妻として嫁いだ月模家で生んだ長男が魔力検査で低い結果を出したことから姑からのお小言が増えていった。それだけではなく実家からも落胆される始末である。その事でカヨの精神は一時期かなりまいっていた。それによりタイカを一時的に距離を取らせることにしたが、その間にリュウヤとアヤが生まれた。二人ともこっそり行った魔力検査は良好で、その時にトウジはもう大丈夫だろうとタイカを本邸に戻そうとしたのだがカヨにとってタイカは自分を責め立てる元凶に等しく顔を見た途端に癇癪をおこしてしまった。それに辟易としてタイカを病弱だと偽り、離れにおいやったまま現在まで来てしまった。どうしたものかと考える。


 そんな中で別のところから声があがった。


「よいではありませんか。私も丁度お稽古を始める所ですので兄様もご一緒にどうでしょうか」


 アヤからの提案だ。タイカにとっては意外だった。いつも懇親会の席では誰かと会話することもなくカヨの隣で聞き役に徹している姿しか記憶にない。おもむろ声を聴くのもはじめてだったので思わず振り向いた。そこにはいつも通り無表情のアヤの姿があった。隣ではリュウヤが興味深そうに眺めている。


 トウジは咳払いする。このまま黙っていたらまたカヨが口を挟むだろう。そうなれば意固地になったカヨを退けるのは困難だと思ったのだ。その為、即座にアヤからの提案にのろうと決めた。


「うむう。タイカの健康もよくなっておるしそろそろよかろう。共によく学ぶのだぞ」


「はい!ありがとう御座います」


 タイカは深く頭を下げた。カヨは気に入らなかったのか無言で席を立ち部屋から出て行ってしまった。

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