004 誕生
警報のあった日から一か月たってイコマは転生者の調査をするために月模家にやってきた。あの日に生まれたであろう赤ん坊の戸籍が登録されるまで調査の開始を見合わせたからだ。そして先日に戸籍を調べたところ月模家でも長男が誕生していたことを知った。貴族出身ではないイコマにとっては厄介ごとでしかなかったが、どのみち挨拶に行く必要もあったためまとめて消化してしまおうという魂胆だ。
応接室に案内されてしばらく待つと当主の月模トウジがやってきた。
「すまないね。待たせたかな」
「いえ、お時間をいただき感謝しております」
軽く挨拶を済ませた後、イコマは国防局からの手紙をトウジに差し出す。開封して一通り目を通したトウジの顔は曇っていた。
「我が領地に異世界転生者が現れたと書かれているが、もう何十年と出ていなかったのだろう。誤報の可能性はないのかね?」
「我々もまっさきにその可能性を考慮しましたが警報装置は正常に稼働していました。状況的にみても可能性は高いかと」
「そうか……」
歯切れの悪い反応にイコマは首をかしげる。警報装置の異常に期待していたというよりは続く会話を嫌っての反応に思えた。とはいえイコマも仕事で来ているし、後回しにしても余計面倒になるだけなので続ける。
「それでですね。月模家にも先日お子様が生まれになったとか。その調査の許可を頂きたいのです」
「……うむ。だがなおそらく息子は違うと思うぞ」
国防局からの正式な調査依頼なので貴族の当主といえど断ることは出来ない。領内での調査……というよりも息子が調査を受けることに消極的なのはあきらかだった。ひょっとして一発目にアタリを引いたかなとはイコマの素直な感想だ。これで仕事が早く終わる顔をほころばせるが直ぐに事後処理の面倒事が増えるだけだと気付いて微妙な顔になる。
貴族が現在の地位を維持できているのはひとえに魔力に優れているからだ。意図的に優れた魔力量をもつ者と婚姻を結んで品種改良を続けてきた結果、庶民よりも明らかに優れた魔力量を持つ割合が高かった。その高い武力を背景に魔獣やモンスターからの被害から領地を守り、その対価とし徴税を許されていた。その為、貴族の嫡男になるには中級以上の魔力量を持たないと他家に軽んじられる傾向があった。一般的に中級の魔力量を持っていれば一流の魔術士になるには十分だろう。
そんな貴族社会で特級の魔力量をもつ転生者が現れたら執着する可能性が高かった。
「それをはっきりさせるためにもぜひご協力おねがいします」
軽く溜息を吐いてからトウジは使用人に声をかけると息子を応接室に連れてくるように言いつけた。しばらくするとベビーバスケットを抱えた妙齢のメイドがやってきた。中には赤ん坊が一人おさまっており、静かにこちらを見つめていた。そこには知性が宿っているようにも見えた。しかし事前情報に引きずられているだけの勘違いもありえた。
「おやおやおや!これは利発そうなお子様ですね。正直に言うと泣かれてしまうのではないかと心配していたのですよ!」
「ああ。夜泣きもせずに手がかからないと聞いている。名前はタイカだ」
そう語るトウジの表情は実に誇らしげだ。
イコマは上着のポケットから魔力測定器を取り出しす。
「それでは魔力検査をはじめますね。タイカ君、ちょっと失礼しますよー」
そう断りを入れるとトウジはまたしても歯切れわるくうなずいた。半ば判定結果を予測していたイコマは測定値をみて驚きの声をもらした。
「えっ」
そこには測定不能と表示がでていた。二級品の魔力測定器のため精度が悪く低級の魔力量には反応しない。測定不能とはすなわち低級の魔力量ということだ。
イコマはチラリとトウジ様子を伺った。
「見ての通りだよ」
苦虫を噛み潰したようにトウジは言う。それをみてイコマは自分の勘違いに気付いた。トウジは息子のタイカが転生者だからではなく低級の魔力量しか持たないから歯切れが悪かったのだと悟った。いくら品種改良を進めた貴族でも必ず中級以上の魔力量を持つわけではない。そして長男が低級だった場合、大抵は嫡子から外されるだけだ。だが状況次第ではお家騒動の火種になることを嫌い暗殺されることもある。
一般的に魔力検査は十五才の誕生日以降に行われ、それまでは魔力を使った訓練などは全て禁止されていた。というのも魔力量は
今回のように国防局からの要請があれば合法的に魔力検査をすることは可能だ。だが、貴族ならば魔力検査器を用意することは可能だし、そしておそらくは隠れて魔力検査をしていたのだろう。大抵の貴族ならばその程度のことはやっているしお目こぼしも受けている。歯切れが悪かったのはそのことに対する罪悪感かあるいは長男が低級の魔力量しか持たないことが公になるのを嫌ったからだろう。もしいずれ長男を排斥することを考えていた場合、今回の魔力検査結果が記録に残ってしまうことを不都合だと考えている可能性まであった。
イコマはそこまで考えてタイカが転生者である可能性は著しく低いと認識しなおした。
「だー!」
無邪気に笑いながらこちらに手を伸ばす赤ん坊をみて、この子がこの先どのような人生を歩むことになるのかを考え憂鬱になった。
イコマはその後に一か月ほど領地内の新生児を調査したが結局何の成果も挙がらなかった。それをヤジマに報告しなければならない事を考えると気が滅入るのだった。
◆
タイカに前世の意識が戻り始めたのは生後半年ほどたってからだった。成長とともに脳のニューロンが形成されていき、それに伴い急速に記憶を取り戻し始めた。とはいえまだ自由に動けるほど体は発達していないし、眼も薄ぼんやりとしか見えていなかった。その為、ベッドの上で寝っ転がりながら情報収集する毎日だ。
ここまでは前世とたいして変わらない寝たきりの生活ぶりだ。とはいえ新しい生活への希望と魔力回路を持たない事への不安から精力的に見聞きすることに務めた。
その結果どうやら文化レベルは産業革命前あたりなのではないかと判断した。とはいっても部分的には進んでいるところもあり、照明などは広く普及されているようで屋敷のあちこちに設置されている。燃料には採掘された魔石を利用しているらしく、一度魔石交換しているところを見たが米粒ほどの魔石で数年利用できていたので燃料効率はかなり良さそうに感じた。
またここピジャン国では封建制度がしかれている。というのも自分の家が貴族だったからだ。そして最悪なことに貴族にとって魔法が使えるかどうかは非常に重要であるらしい。さらに悪いことにメイド達の噂話から自分が低級の魔力量しか持っていないと認識されている事が判明した。実際には魔力回路をもっていないのでより悪いのだが……。
そのせいなのだろうか。タイカはまだ両親の姿を見た事がない。
いやいやと否定する。魔力回路がないとバレているわけじゃないはずだ。今後の伸びしろを考えれば見限るには早すぎるだろう!だからきっと貴族だし忙しくて時間が取れないんだ、と。もしかしたら寝ている間に会いに来ていた可能性だってある。そう都合よく考えて目をそらした。
だが、タイカは知らなかった。生まれ持った魔力量は決まっており生涯成長しないという事実を。すでに何千年とゆう時間のなかで様々な手段で何度も検証されてきた。時には非人道的な人体実験まで行われ唯一見出された例外が、モンスター化だった。モンスターとは魔力回路にあるバグが暴走した結果起きるもので異形の姿かたちに変化すると供に、稀にだが魔力量が増加することが知られていた。それを人為的に起こすことで魔力量は増やせる。だが、人為的にモンスター化させると自我はなくなり凶暴性が増して無差別に人間を襲うようになってしまったため世界中で禁忌とされ千年前にその手法は失伝している。
その為、トウジが既にタイカに見切りをつけている可能性は十分に高かった。タイカがその事を知るのは数か月後、弟が誕生した事を知った時だった。
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