029 帰還命令1

「まずいですね。ケレンケンに騎乗してまっすぐこちらに向かっているなら二時間は掛からないでしょう。ですが、インビジブルジャイアントから逃げ切れると思いますか?」


「無理……だと思います。先ほどの3番の方にケレンケンをお借りした際に聞きましたがケレンケンでも逃げ切れないと……」


 三人ともそれぞれ悲痛な表情を浮かべる。何人が無事に戻ってこれるか、またケレンケンを貸してもらったタイカとモエハはどうか無事に帰還してほしいと願わずにいられない。


「上空からだとキャンプ地が見える可能性があります。モンスターって全般的に生物を襲う本能が強いですから。そのままここを襲う可能性は十分にあると思います」


「そうですね。我々は先に帰還しましょう」


 当然のように言うソウチョウにモエハが驚きの声を上げる。


「えっ!あの、他のメンバーはどうするんでしょうか?」


「他の調査地域にはインビジブルジャイアントは居りません。順当に調査して戻ってくるなら今日の夕方以降になるはずです。その時間なら鉢合わせする事はないでしょう。現在の状況と指示を書いたメモを残して行けば彼ら冒険者達ならうまくやるでしょう」


 今は朝食前の時間帯なので大分時間差がある。仮にインビジブルジャイアントがここに留まったとしても討伐隊を受け入れ可能な広いキャンプ地であるため見晴らしもよく遠目からもインビジブルジャイアントの巨体はすぐに見える事だろう。うっかり鉢合わせする冒険者達ではないはずだ。


「物資はそのまま残して医者などの人員だけでも先に避難させませんか?」


 冒険者が戻ってきた場合に怪我を負っている可能性は皆無ではない。実際に大けがして戻ってきたタイカである。同じように怪我をして戻ってきたら冒険者がいた場合、ようやくたどり着いたキャンプ地に物資が何も無くもぬけの殻だったらさぞ絶望する事だろう。せめて医療物資や食料などは残して欲しいと思う。


 ソウチョウのほうでも異論はないのですぐに実行に移される。


「では私はこの事を伝えてすぐに出発できる準備を整えます。あなた達も準備だけはしておいて下さい」


 そう言ってソウチョウはテントから出ていく。タイカは準備しようにも着の身着のまま参加した今回の任務なので特に準備するものはほとんど無い。刀と符術の媒体くらいだろうか。その頼みの符術の媒体は既に火波一枚を残すのみという寂しい状況となっている。これまで何度もタイカの命を救ってくれた符術であるからこいつも存分に役に立ってくれるだろうと大事にしまう。


 そんな準備をしているとモエハが刀を失っていた事に思い至る。


「そういえばモエは刀無くしただろう?医者達と一緒に先に避難した方がいいんじゃないか?」


「いえっ、そうはいきません!それに万象理合流は無手の技もあるのですから残りますよ!」


 握りしめた拳を上下させつつやる気をアピールしているモエハであるが素手でインビジブルジャイアントをどうにか出来るとは思えない。とはいえタイカ自身もインビジブルジャイアントと戦闘するような自殺行為をする気はなかった。仮に帰還しないと判断された場合は離れた場所にある雑木林などに隠れてやり過ごすだけだろうと思われたので無理に帰還しろとも言えなかった。


「戦闘になった時点でこっちの負けだよ。偵察なら少人数でも問題はないんだ」


「それならアイツが見えない赤色の装備をしている私の方が有利になりますね!」


 そう言われてしまうとインビジブルジャイアントの弱点を指摘した身としては上手い反論が出てこずにしょっぱい顔になってしまうタイカだった。


「……うん。でも危険な事はなしだぞ」


「ええ!」


 いつでも出発出来るように準備を整えると朝食の準備を始めていた。その位の時間はあったし帰還するにせよ残るにせよ腹が減っていては十分な力は出せないだろう。なので日持ちのしない食材をふんだんに使っての調理である。そんなささいな贅沢にウキウキしていると一台の馬車に医師達が慌てて乗り込んでく姿があった。看護婦や通信機の技師も併せて四名ほどだろうか意外と多くいたんだなと思っているとあっというまに出発していってしまった。


 一段落したのだろうソウチョウがこちらへやってくる。意外と豪勢な朝食に軽く目を開くも特に何も言わなかった。


「私もご相伴に預かってもよろしいですか?」


「もちろんですよ。それで俺達はどうします?」


「食事をとったら馬やケレンケンを連れて何処かに潜みましょう。その後は本部からの指示次第ですね」


 タイカはおやっと頭を傾げる。そんなの居たかなと記憶を探るが出てこない。


「ケレンケン?」


「ああ、タイカさんは気絶していたので知らなかったですね。軍馬に使われている恐鳥類なのですが、岩山からの帰りに偵察本隊の方から借りてきたんですよ」


 鳥なのに軍馬なんだなとどうでもいい事を考えているのは意識が頭より腹にいっているからだろう。


「へえ、聞いたことはあるけど俺の居た所にはいなかったな」


「直ぐにお目見えできますよ」


「タイカさんは何処出身なのですか?」


 赤森領では魔獣被害が多いため領軍の軍馬にケレンケンはよく使われており周辺の村でも目にする機会は多くあった。タイカの会話からどうやらこの辺りの出身ではないのだろうと思っての何気ない問いだ。


 タイカは追放された実家を名乗る訳にもいかない。失敗したなと思いつつも表情には出さずに直ぐにバレそうな事から語る。


「ああ、日波領から来たんだ。ブンギともそこで会ったんだよ」


「へえ!」


「何でも青川家ご子息の魔力検査の為に御者をやってたって言ってたよ」


「……そうだったのですね」


 何やらテンションが落ちたご様子である。青川の名前が出た辺りだろうか。ブンギもかなりストレスを貯めていた様子の青川家ご子息なので、この辺りでも悪い評判が広まっているのだろうか。そう思ってソウチョウの顔を伺うも特に表情は読めなかった。タイカは心に留めつつもこの時にはどこか他人事のように聞いていた。


 食事が終わるとさっそく雑木林に隠れるために移動しようしたタイミングで本部から通信機に連絡が掛かってきた。


『そちらにインビジブルジャイアントを発見した冒険者達はいるかね』


「はい。今一緒におります」


『そうか。至急帰還して本部に出頭するように』


「は、はい。了解しました」


 どうやら我々も帰還する事になったが急ぎの様子であった。報告すべき事は全て伝えたはずだがなんだろうかと考えるが、伝言ゲームのような報告ではなく直接質問して聞きたい事があるのだろうと自分を納得させる。


「それではタイカさん達はケレンケンに騎乗して至急帰還して下さい。私は残りの馬車で後を追います」


 急ぎの帰還命令なのでタイカとモエハはケレンケンでの移動となった。


 また、他の合流していない偵察メンバーの事を考えれば馬車は置いていった方が良いのかもしれないがキャンプ地に放置してはインビジブルジャイアントに見つかる可能性があり襲われてしまうだろう。置いていく訳にはいかなかったのでソウチョウは一人で馬車となった。


「はい」


「は、はいっ!了解しました!」


 モエハが少し上ずった声で返事をした。


「馬は乗った事あるけどそのケレンケンって操作は同じ?」


「あ、はい!基本同じですね。軍用なので戦闘用の命令もいくつかありますが普通に走らせる分には無視して頂いて大丈夫です」


「そうか」


 それならば大丈夫だろうと安心して厩舎の方へ歩き出した。モエハが後ろからついてくる。そして厩舎の前までくるとタイカはテンションが上がった。


『これって某究極ファンタジーゲームの鳥じゃん!!』


『む?なんなんだそれ?』


『あ、ああ。なんでもないちょっと好きな創作物に出てきた鳥に似てたから』


 なんだかんだでやはり乗り物にはロマンがあるのだろう。転生前好きだったゲームの乗り物に似た生き物に騎乗出来ると分かって思わず顔がほころぶ。だがそんなタイカの様子にモエハは気付いていなかった。


「そ、その、ケレンケンは一頭しかいないので相乗りになるんですがどうしましょう?」


「えっ?そうか。岩山から帰還する時はどうしたんだ?」


「ええと、……私の後ろにタイカさんを縛り付けてきました」


 俯きながら言いずらそうにしている。なるほど、モエハも年頃の女の子だ。騎乗中に同年代の男が背後からしがみ付いていたらそりゃ嫌だろう。だとしたら大分迷惑を掛けてしまっていたようだ。


「なら今度は俺が前で騎乗するからモエは後ろに捕まっててくれ」


「はいっ!よ、よろしくお願いします!」


 安堵からか快活な返事が帰ってくる。この提案はどうやら正解だったようだ。


 早速ケレンケンに跨りモエハを促すとひょいと慣れた様子で背後に乗り込んだのを確認する。軍馬として使われていて健脚でも有名なケレンケンであるらしく当然振り落とされない為だろう背後からギュッとしがみ付いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る