028 偵察任務6
赤森家は騒然としていた。
モエハが勉強のために冒険者協会へ視察しに行ったきり戻ってこない為だ。冒険者協会へ問い合わせても要領を得なかった。どうやら協会内へ来たらしい事までは判明しているがその後の足取りがどうにも分からない。少なくとも偵察任務の説明時にはすでに居なくなっていたらしい。協会側でも急ぎの対応であった為かモエハに対するケアが抜け落ちており把握できていなかった。
「どうなっておる!?何処に消えたというのだ!」
トドロキは協会への怒りを隠そうともしない。対応する職員は冷や汗を掻きながらしどろもどろに回答する。
「そ、それが……受付でその、何やら冒険者の推薦を行っていた様なのです。現在都市が実施している、あの浅葱村の雇用対策をと……その後からその、誰も見ていないのです……」
まさかと思って問いただす。
「その冒険者の名前は?」
「こ、こちらです。書類にはモエと記載されて居りました」
頭を押さえながら熟慮する。これはおそらく冒険者モエはモエハ自身なのだろう。そして偵察任務に参加したのではないかと。しかしそれをそのまま冒険者協会へ伝えるわけにはいかなかった。今後の交渉も考えれば協会へ弱みを見せるわけにはいかない。
「……そうか」
随分と怒りを鎮めた様子に職員は安堵した。
「たしかインビジブルジャイアントを発見した冒険者がおったな?」
昨夜の報告には目を通していた。たしかタイカとモエという冒険者がインビジブルジャイアントを発見して中継地キャンプへ戻ってきていたはずだ。ならばモエハは無事なのだろう。
「えっ?……あ、はい」
急な話の展開に一拍反応が遅れる。
「確認したい事があるので至急本部へ出頭するように命令をだしてくれ」
嘘は言っていない。間違いなく確認したい事はあるのだ。
「は、はい!了解しました!」
職員もこれ以上この空間に居たくはなかったので二つ返事で了解した。
◆
そのまま一日テントで安静にしていたタイカは夕食時に摂取した鎮痛作用のおかげもあり快眠することが出来た。偵察任務から三日目の朝にいつものテントで目を覚ます。当然昨夜はモエハとは別々のテントで就寝した為一人である。
高価な治療薬や造血剤のおかげかタイカは大分調子を取り戻していた。そうなってくると頭が働きだしてくる。何かやり残した事があるようなそんな引っかかりが湧いてきた。
『なあクンマー。ここでやり残した事ってなかったかな?』
『あったかなー。忘れたなー』
あまり人間事情に興味のないクンマーはそう答えるもタイカとしては思い出せない気持ちの悪さが残っている。
「んーーーーっ」
「どうされたんですか?」
「っ!?」
考え事に集中していてまったく気付かなかったが目の前にモエハがいた。どうやら声をかけたのだが返事もなく唸り声が聞こえてくるので不思議に思って入ってきたらしい。
「ああ、モエか。いや何かやり忘れてなかったかなって……心当たりない?」
モエハは斜め前にちょこんと座って首を傾げて一緒に考えてくれる。
「……どうでしょう。心当たりはないですが」
やはり気のせいなのだろうかと諦めかけるが--
「ああっ!余り関係ははいのですが、気になっていた事があったのですよ」
「ん?」
「インビジブルジャイアントに襲われていた時って私、気を失っていたじゃないですか。どうやってあの状況から脱出できたんだろうって聞こうと思ってたんですよね!」
顔が引き攣る。今更ながらにクンマーとの会話でしか口に出していなかった事に気が付いた。
「あああ……それだ!やばいちょっと伝えてこないと!本部と連絡を取れるテントってどこだか分かるか!?」
「え?ええ、知っています。案内……いえ、呼んできましょう」
「た、頼む!」
怪我の具合を心配してくれたモエハの提案で偵察部隊の全てをまとめているソウチョウがタイカのテントまでやってきた。どうやら重要な報告があることを察していたのか通信機も持ってきていた。
「それで重要な話があると聞いたのですが?」
「ええ、すいません。伝え漏れていた事があるのを思い出したので。インビジブルジャイアントの弱点に関する事です」
それを聞いたモエハとソウチョウは驚く。かなり重要な情報だった。インビジブルジャイアントを発見したが飛べるという新情報を加味して準備を更新中だ。場合によっては間に合うだろう。
「ほう……!伺いましょう」
「はい。アイツとの戦闘中におかしな動きがあって気付いたんですが、どうも赤い色が見えていないようなんです。俺とモエの間に明らかに優先順位の差を感じたのが切っ掛けです」
ソウチョウはモエハにも確認する。
「そうなのですか?」
「…………たしかにそう取れるような状況はありました。明らかにインビジブルジャイアントはタイカさんを狙っていましたので。ですが、その時は最初に攻撃を受けていたのがタイカさんだったのでそれで敵意を向けているだけと考えていました」
「ふむ。その辺りタイカさんはどうお考えですか?」
その状況ならばあり得る話だった。ソウチョウも現役時代に似たような状況は経験しているのでそれだけでは弱点と断定する訳にはいかない。
「俺も最初はそう思っていました。ですがアイツはモエの攻撃が見えていないかのような態度を見せたんですよ。自分はその時後ろから見ていて気付いたんです。その攻撃の時に刀を弾いたアイツの巨体が掠めてモエは気絶してしまったんですが何故かモエを攻撃することはありませんでした。それ以降も自分に敵意を向けていたので賭けになってしまいますが、モエを背負って真っ直ぐに逃げたんですよ。そうしたらアイツは追ってきませんでした」
ソウチョウはモエハを見る。確かに赤い羽織に赤い頭巾なので本当に赤色が見えていないならば逃げ切れるのも理解できる。
「……なるほど」
「そんな事があったんですね……」
「すぐに報告しましょう」
通信機をその場で起動させて
『報告ご苦労。だが、その情報を前提に作成を立てるならば事実確認を行う必要があると考える。また、赤い布を準備するにも時間がかかるだろう。時間的にもこの二つは平行して実施しなければならん。もうしばらく中継地を確保するように』
「はい。了解しました。こちらの物資はあと二日分しかありませんので追加で送っておいてください--」
通信機に割り込みで連絡が入ってくる。ソウチョウは冒険者協会に断りを入れて接続先を切り替えるがそこへ悲痛な報告が入る。
『こちら3番ッ!応答してください!』
「ソウチョウです。どうしました?』
『上空からインビジブルジャイアントに襲われ偵察本隊は半壊ッ!ケレンケンに騎乗して一名が中継地のほうへ逃走しました!そいつを追ってヤツも中継地へ進行中!すぐにそこから逃げて下さいッ!」
突然の事体に三人は顔を見合わせた。
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