027 偵察任務5

 モエハは自身のバッグを枕替わりにして気絶したタイカを横に寝かした。既に出来る処置はないため回復を待つばかりであったが出血量を考えると早急に治療できる場所へ運ぶ必要を感じていた。だがモエハの体格ではタイカを背負って行くのは無理があり目を覚ますのを祈る事しか出来なかった。


 せめてビーコン頼りにこちらへ向かっていると思われる偵察本隊にいち早く引き継いで救出部隊を贈ってもらえるよう懇願するつもりでいた。そんな風に考えていた為かこちらへ近づいてくる獣の足音にいち早く気付いたモエハは緊張する。既に夜のとばりが下りていて視認性が悪く何が近づいているのか確認出来ない。そっとタイカを庇うような位置取りをしていつでも刀を抜けるように身構える。


 すると近づくにつれその全貌が見えてきた。それは恐鳥類のケレンケンに乗った冒険者だった。


 ケレンケンは恐鳥類で飛ぶことが出来ないものの馬以上の健脚を誇る鳥の一種だ。体長は3メートル以上もあり、頭だけでも1メートル近くある。野生のケレンケンは雑食で狩りも積極的に行い、またかぎ爪や嘴は非常に大きく性格は獰猛だった。もしタイカが見ていたならば某究極ファンタジーゲームの鳥じゃんと思った事だろう。


 そんな事からケレンケンは主に軍用として卵から専門の飼育員が育てる必要があり非常に高価で数も少ない。そんな軍馬であるケレンケンを持ち出している事からも本気具合が伺えた。


 モエハはほっと胸をなでおろして両手を振りながら抑えた声で呼びかける。


「こちらです!」


 それに気付いた男は近寄りながら通信機を取り出してどこかへ報告をする。目の前まで来るとケレンケンの威圧感に息をのんだ。


「こちら3番。発見した。これから確認する」


 通信機をしまってモエハ達の前までくる。そのケレンケンは軍用に育てられた成獣で


「お前達がインビジブルジャイアントを発見した冒険者であっているな?報告をしろ」


「は、はい!この岩山の山頂でインビジブルジャイアントと思しき個体を発見しました。体高は30メートル程の白い巨人のようですが腕が鳥の羽のようになっていて空を飛びます!あとは足にかぎ爪を持っていて主にそれで攻撃をしていました」


 あらかじめ整理していたのでスムーズに言葉が出てくる。はやく引き継いで救助をお願いしたいモエハだ。


「飛ぶのか!?……そうか、それでか」


「あ、あの連れがそのインビジブルジャイアントにやられて怪我が酷いんです。救助をお願い出来ないでしょうか?」


「ちょっと待て。3番だ。確認をしたどうやらインビジブルジャイアントで合ってるようだ。特徴も併せて報告するがどうやら--」


 冒険者は通信機から本部へインビジブルジャイアントの情報を報告している。そこから本部の方で慌てている声が通信機から漏れ聞こえてくる。しばらくは本部から指示は出そうになかった。冒険者は倒れているタイカを見る。止血はされているが状態が良さそうに見えなかった。次にモエハの方に視線を移し……何かに気付くそぶりを見せた。


「お前、名前は……?」


「わ、私ですか?……モエです」


 それを聞いて3番は得心した。


(おいおい、やっぱりモエハお嬢さんじゃねえか!たしかにお嬢さんの性格を考えれば無茶する可能性はあるか……!?チッ……どうすっかなあ)


 3番と呼ばれている人物は黄海ヰ《きうい》マサルといい赤森家の寄り子の貴族に連なる人物だった。当然だがモエハの事も知っていたが、モエハは気が動転しているのか闇夜で顔を確認できない為かマサルに気付いた様子はなかった。


 マサルの知るモエハという人物は少々お転婆な所はあるものの領内の事に興味を持って接する事が出来る人物だ。その為か領内の運営に関わる人物に対しても老若男女関わらずとりあえずは接してみる、といった行動を取っているように記憶していた。そんな事もあり周囲からの評価は高く、とりわけ同世代の少年達から人気を得ているように感じていた。この少年もそんなモエハに好意を抱く貴族の子弟の一人だろうかと考えるもまったく見覚えのない顔である。


 二人の顔を交互に眺めながら思案する。このままモエハをここに残していく事は出来ない。だが自分がキャンプ地まで送ることも任務を放棄することになってしまう。


「おい、お前は騎乗できるか?」


 当然モエハが騎乗出来る事も知っていたが知らないふりをして確認する。


「え、ええ。出来ますが」


 突然の質問にモエハは驚く。


「ならその冒険者とコイツに乗って中継地キャンプへ戻れ。落ちないように俺が背中に括りつけてやる」


「よろしいんですか!?」


 モエハとしては願ったり叶ったりな申し出ではあるが大丈夫なのだろうかと思わずにいられない。とはいえマサルとしてはその手しか残されてはいなかったしケレンケンなしでも任務をこなす自身はあった。


「かまわねえ。こちらはヤツが飛べる事を想定していなかった。飛んで襲われればいくら健脚なケレンケンでも逃げるのは不可能だろう。それに隠密行動するなら気性の荒いケレンケンは邪魔だ。ならお前達がコイツで中継地まで戻った方がいいだろう。既にこの岩山は我々で囲んでいるからヤツが出てきても他のメンバーで追えるしな」


「ありがとう御座います!」


 ケレンケンから降りた冒険者はモエハの背中にタイカをロープで縛り付けていく。そのまま背中を持ち上げながらモエハをケレンケンに騎乗させた。


「それではこれより帰還します。ご健闘を!」


「ああ、いけ」


 そのままモエハはケレンケンを走らせた。夜の移動なので時間がかかってしまい中継地のキャンプまでたどり着いた時には深夜になっていた。


 キャンプに到着するとすぐさまソウチョウのいるテントに駆け込み事情を説明する。


 キャンプ地には先行して到着していた医師や補給物資があったおかげでタイカの治療はスムーズに行われた。


 今は造血剤を打ってテントの一つで静かに眠っている。そんな様子を見てモエハはようやく落ち着きを取り戻すと同時に、今度は疲労から急激に眠気に襲われた。


「ふぅ……もう、大丈夫ですね……」


 そしてそのまま眠りに落ちていった。



 タイカは夢を見ていた。なぜ夢だと気付いたかといえば転生前に訪れた異次元の空間にいたからだ。相変わらず周りには何もなく闇に包まれている。その空間にあの巨大な肉の塊が居ないのは自分がそれを見たくないと強く思っていることが反映された結果なのだろうか。


 体は相変わらずなくて魂のようなもので漂っている。移動することはおろか動く事さえ出来ない。


「はーーー。つまらん、つまらん!」


 声が聞こえる方に意識を向けると黒い男が嘆いている。見るのではなかったと後悔するも既に遅く、その黒い男から溢れ出してくるような禍々しさに魂の底から震える。だが、こちらには気付いていないのか明後日の方向を見ながらブツブツ言っている。


「期待していたのに未だ初歩すら踏み出せていない……。これでは何時になるやら。途中で手を加えるのは癪ですし……。やはり同じ愚かな人間ならとびきり馬鹿な方が面白いですねぇ」


 なぜかガッカリしている。自分の事だろうかと疑問に思うも声にはならない。


「副王の奴もなにやら怪しいし、そちらにちょっかいでも出してみますかねぇ」


 そういうと転生時にも見た模様のついた渦巻が黒い男を包んで消えた。


 そして今のタイカには今見た模様のついた渦巻になぜか親しみを感じていた。それがどこからくる感情なのか探しているうちに意識が薄れて消えた。



 目が覚めたタイカはぼんやりとした頭で何か夢を見ていたような気がして頭をひねる。恐ろしいような安心するようなそんな感情だけが残っているが朧げでどうにも思い出せない。次第に頭が覚醒してくると心地よい芳香に気が付く。その出所を探るとすぐに見つかった。タイカのすぐ横でモエハがスヤスヤと眠っており寝返りをうったのかタイカの肩の辺りで小さな顔を埋めるようにしている。まぁ相変わらず頭巾を被っているので顔は見えていないのだが。


 テントが足りていなかったんだろうか、まさか同衾していると思わない。さすがに不用心だろと不安になって起こそうとするが--


「つッ……!」


 激痛が走った。そういえば怪我してたなと思い出して胸の傷を確認するときちんとした治療を受けたのか包帯がしっかりと巻かれていた。逃げる時に無茶をして傷口が開いたのは憶えているが結構な重症だったりしたのだろうか。また視線を少し下げれば腹の上で居眠りしているクンマーを見つけてしまう--が特に気にすることなく体を起こしモエハの肩をゆすった。


「おおーい……。おきろ」


 腹から転げ落ちたクンマーは兎も角、モエハは目を覚ます。


「……うぅん…………」


 目を擦りながらゆっくりと起き上がりしばらくぼーとしていたが次第に状況を把握したのか慌て始める。


「……えっ、ああの!おはよう御座います!」


「あ、ああ、おはよう。目が覚めたら隣に寝てたからビックリしたよ」


「す、すいません。気が付いたら眠ってしまって……」


 恐らくはあの後いろいろあって大変だったのだろう。自分が今ここにいる経緯もよくわかっていない。多分に迷惑をかけた結果こうなってしまったのだろう。


「いや、治療もされてたし世話になったみたいでありがとうな。……それで、あの後どうなったんだ?」


「え、ええ、はい。偵察本隊が駆けつけてくれたので引継ぎを行った後に彼らが乗っていた軍馬を貸してもらえて、それで帰還出来たんです」


「そうか……。なら俺達の仕事は終わりって事になるのか?」


 本調子ではなかった事に加えて起き抜けだったからか、あるいはモエハとの同衾に動揺したからかタイカは勘違いをしていた。インビジブルジャイアントの弱点を共有したと思い込んでいたが、それを伝えたのはクンマーでありモエハではなかった。当然ながらクンマーはタイカ以外と会話する事は出来ないので偵察本隊にもその情報は伝わっていなかった。もっとも偵察本隊に伝わっていた所ですぐに赤い羽織を用意出来るわけでもない為、この後に起こる惨事を回避することは出来なかっただろう……。


「はい。そうなりますね。ただ他の冒険者達には情報が伝わっていないので明日迄は戻ってこないと思いますので、それまではこちらで待機になると思います」


「そうか……。まぁまだ動けないからしばらく休むさ」


「ふふ、そうですね。医者からは安静にって言付かっておりますので寝ていて下さいね。……お食事はこれから貰ってきますね」


 そういってテントから出ていく。


『……めし?』


 代わりに朝食を察したクンマーがのそのそと起きだした。


『おまえ食べる必要ないのに食い意地はってるのは何でなんだ……』


『契約しないと食べられないからね、味を楽しんでるんだよー。妖精はみんなそんな感じで契約しちゃうんだー』


『……そう』


 そんな妖精事情に特に違和感はなかったのでスルーする。そうしていたらモエハが朝食を運んで来てくれた。どうやら一緒に食べるつもりはないようでタイカの分だけである。


「どうぞ。あと今回の任務成功で特別に今夜一品おまけして頂けること事になりました!なにか食べたいものとかありますか?」


 嬉しそうにモエハはそう報告する。


「お酒飲みたい」


 即答であった。クンマーはうんうんと頷いているがモエハは頭巾の裏で笑顔を引き攣らせている。


「……えっ!?あ、ああ、まだ傷口が痛みますものね。分かりましたお伝えしてきます!」


「よろしくお願いします」


 もちろん鎮痛作用を期待していた一面も多分にあった・・・・・・ので否定はしなかった。

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