030 帰還命令2
ケレンケンを疾走させてすぐに前を走っていた医師達の乗った馬車が見えてくる。すごいスピードだ。始めはすこし怖かったが良く命令を聞き安定した走りをみせるケレンケンに安心感を覚え徐々にスピードを上げていく。とはいえ手綱を離すのは怖かったので医師達に挨拶はしないでそのまま追い越して走り続ける。
おそらく乗り心地は最悪なのだろう。操縦している本人は操舵と軍馬の動きがシンクロしているので振動や慣性を最小限にいなせるが同乗者はそうはいかない。振動に耐えながら旋回や加減速で体が前後左右に翻弄される度に場当たり的な対処が要求されるのだ。その度に必死に耐えるようなか細い声と緊張が背中越しに伝わってきていた。
しばらくすると
「おおーーい!もうすぐ着くぞッ!!」
後ろでしがみ付いているモエハに大声で伝えるも反応は帰ってこない。これだけのスピードなので風切り音や足音がかなり大きいし振動もある為か聞こえなかったのだろう。あるいはスピードを出し過ぎていたから恐怖を感じているのだろうか。操作の腕もおぼつかないヤツの騎乗に身を委ねるのはたしかに怖い思う。
だが今は急ぎなのでそのまま駆け続け
「偵察任務に出ていた冒険者のタイカとモエです。報告のために至急本部へ来るようにと命令を受けています!」
「聞いている!冒険者カードを見せてもらえるか?」
「えっ?ああ、任務前に登録したのでまだもらっていないのですが?」
「少し待て!」
衛兵は直ぐに城門で待機していた冒険者協会の職員へ確認しにいく。どうやら問題ないようだった。
「ケレンケンはこちらで預かるから歩きで赤森家へ出頭するように」
「冒険者協会じゃないんですか?」
「そう聞いている」
衛兵には細かい事情までは伝わっていないのだろう。
下馬しようとモエハを伺うと最後の急ブレーキが特に辛かったようで大きく緊張したことは伝わっていた。未だ背後にしがみ付いて荒い呼吸を繰り返している。
「モエ。もう着いたよ。降りよう」
「…………えっ!?は、はいっ!」
ずっとしがみ付いていた腕はプルプルと震えており消耗具合が伺える。モエハはゆっくりとタイカから手を放してケレンケンからよろけながら降りていく。タイカも下馬するも長時間の騎乗で普段使わない脚の筋肉を酷使したせいか着地した途端によろめいてしまう。騎乗中はアドレナリンが出ていた為かかなり消耗していた事に今更気付いた。
「おっと……、行こうか」
ふらつく脚を押さえつけて一歩踏み出す。
「はあはあ、はい……」
モエハも大分消耗しているようで呼吸を乱しながらもヨロヨロと後ろを付いてくる。
「……少し休んでから行こうか?」
「い、いえ!大丈夫ですから!いきましょう!」
あまりの様子に気遣うも先に行ってしまう。赤森家の場所はモエハが知っているようで案内してもらうと一際大きな屋敷の前にたどり着いた。月模家の屋敷もそれなりに大きいが、これは比較にならない。高さはそれほどではないが横や奥行きが相当ありそうだった。さすがは五家老の一つだなと関心する。
しかし赤森家に近づくにつれてモエハは困ったような顔をして大人しくなっていく。今はもう一言もしゃべっていない。元は貴族だったタイカはあまり気にしていないが普通の人だとやはり貴族……それも五家老の屋敷は緊張するのだろう。タイカの目から見てもモエハの普段の振る舞いは貴族相手にも失礼になるようなものではなかった。だから大丈夫だと声をかけたいがそれをすると何で分かるのだと聞かれてしまうと困ってしまう為ぐっと堪えて飲み込んだ。
呼び鈴を鳴らすと直ぐに執事がやってきて案内をしてくれた。応接室に入るとタイカの感覚としては和洋折衷の様に映る。月模家や外の街並みでも感じていたのだがやはり日本に似てはいるが別物な文化なのだろう。ダークウォルナットのフローリングに黒の落ち着いた革張りのソファが置かれており、また飾られているインテリアは派手さはないが統一されたデザインで高い上質感を感じる部屋になっていた。
そんな部屋の様子に関心しながら出されたお茶をすすると飲みやすい温度にされており、つい一気に飲み干してしまう。ほっと一息ついて湯呑みをそっと戻すと、同時にトドロキが入室してきた。トドロキはタイカとその横に座るモエハに目を向けると安堵の表情を浮かべた。
タイカは急いで立ち上がり一礼した。
(あれ?あまりピリピリしていないな。急ぎで呼び出されたからもっと切羽詰まってるとおもってたけど……)
「では早速報告を聞こう」
モエハは視線が定まっておらずいよいよもって様子がおかしかったのでタイカから説明を始める。
「はい。それでは俺から説明します。----」
これまでの経緯を説明していくが、途中で質問などは一切入ってこなかったのですぐに顛末を語り終えてしまった。
「よくわかった。ご苦労だったな。それから弱点の発見についてはよくやってくれた!」
トドロキは本心から労いの言葉をかける。その情報がなければ非常に厳しい戦いに臨まなければならなかった。だが弱点をつければ勝率は随分と上がるだろう。
「いえ、ありがとう御座います」
「うむ。では君達も疲れているだろう。協会へ帰還した事を伝えたら本日は
少し大仰にそういうトドロキだ。
「えっ?」
目を丸くして驚く。質疑などもなく拍子抜けするほどあっさりと終わった報告会に本当にこれでよかったのかと疑問に思うがまさかトドロキに確認することも出来ない。直ぐにトドロキは退室していったのでタイカ達もお暇しようと腰を上げた。
「協会に報告して帰ろうぜ」
「……そうですね」
その後は協会へ出向いて同様の報告をしたら報酬を手渡されて本日は解散となった。その際に協会からはこの数日間は毎日協会へ足を運ぶように言われた。
「なぁ、本当に大丈夫か?都市についてからずっと調子悪そうだけど」
「ええ、すみません。ちょっと、疲れているだけですので大丈夫です!」
空元気なのは明らかだったが疲労具合を慮ればおかしくは無かった。気になる気配はあったものの、まさか都市内で大事にはならないだろうとモエハとはそこで分かれることにしたが、帰宅するその足取りは非常に重くみえた。
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