031 おビール

 モエハと別れたタイカはまだ冒険者協会の中にいた。今から宿をとっても時間的に食事はまだ出てこないだろう。なので報酬も出たことだし協会内の食事処で済ませてしまおうと考えていた。外で食べることも考えたがブンギの話ではここの方が安くて量が多いらしく、まだ手持ちに乏しい身なので食べ歩きは今後の楽しみに取っておくことにした。


『なに頼む?ねえ?』


『そうだなー。迷宮牛の串焼きと大根サラダでいいかな』


『おー!』


 まだ日が高い時間だからだろうか他の冒険者達は出払っていて閑散としており食堂も席は十分に空いている。その中の端っこの方へ陣取り料理を待つことにした。


『ねえ、ずっとこっちを見てる人いるけど大丈夫?』


『ん?反対側の端にいる人?』


『うむー。気付いてたのかー』


『たぶん赤森家からずっとつけられてたよ。でも殺気っていうよりかは観察してる感じだ。俺たちの周辺も気にしてたし動きが護衛っぽかったんだよな。……まぁモエと別れてからは観察する視線だけになったのは気になるけど、たぶん大丈夫だろ』


 ここ数日、<鳥瞰>ちょうかんを実戦で使う事が多かったせいだろうか、普段からの利用にも慣れてきて使いこなし始めていた。特に赤森家への出頭では気を張っていたからか自然と周囲に注意を払っていた為に気がついていた。


『ふーん。料理まだかなー』


 やはり人間事情にはあまり興味がないのか既に意識は料理へ移っていた。タイカも腹から催促の音を立てているので大分興味が料理にいっていた。疲労もあってか食事の後に宿取ったらたぶん寝ちゃうなと感じる。ならば打てる手がもう一つあった。


『ビール飲んじゃおうかな』


『おビール!!』


 任務中は食事も貧相だった事もありぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。その内に御御御付けおみおつけのようにビールの前に御が三つ位付きそうな勢いの敬称に思わず苦笑する。さっそく席を立ってビールを嬉しそうに注文しているタイカを赤森家の忍びは観察しながら苦笑していた。



 モエハは再度赤森家の前まで来ていた。既に頭巾は脱いで手に持っている。冒険者協会ではモエと偽名を使って冒険者登録を果たして黙って偵察任務に出かけてしまったからだ。家族に迷惑と心配をかけたという自覚があった為、この後に起こるだろうイベントを考えると自然と足が重くなっていた。


 しかし自分から始めた事なので最後までやり通そうと気持ちを切り替えて門に手をかける。


「やっと戻ってきたか」


「きゃっ!」


 門のすぐ内側で待機していたトドロキから声がかかる。まさかそこで待っているとは思わないモエハは驚きの声をあげてしまう。


「……随分と冒険してきたようだな」


 いかめしい顔をしている。そうしていないと娘の無事な姿に、そして数日ぶりの会話に自然と気が緩んでしまいそうだったからだ。


「は、はい……。ご心配おかけしました」


 珍しくシュンと落ち込んだ娘の姿に内心慌てながら一つ咳払いをしてフォローを出してしまう。


「今回お前は未熟な身ゆえ手順を間違えてしまった。だがそれほど赤森領を大切に思う気持ちを私は誇らしく思う。この経験を生かして次は間違えないようにしなさい。それから当分は蟄居を命ずる」


 父としての威厳を保ったまま語る。


「……はい。ですが、よろしいのですか?今回私の取った行動はもっとお叱りを受けると思っておりました」


「そう思っておったが、成長した姿を見せられてはな。任務ご苦労だった。母も心配しているゆえ、風呂を用意してあるからまずは汚れを落として顔を見せてきなさい」


「は、はい!お父様ありがとう御座います!」


 花が咲いたように笑いながら感謝を述べる。この頃にはトドロキの目じりは大分下がっていた。



 三日ぶりに中継地へ戻ってきたブンギとシオンは困惑の表情を浮かべていた。キャンプ内のテントや物資はそのまま残されていたがぬけの殻となっており誰もいない。争った形跡もなく馬車もない事から移動したのだろうとは予測できたが状況がまったくわからない二人である。


「こりゃあどうなってるんだ?」


「さあね。何か残されてないか手分けして探そう」


 先日からいささか険悪な雰囲気は取れておらずブンギは頭を掻きながらため息をつく。


「……そうだな。俺はあっちのテントから見ていくよ……ん?」


 そんな時に奥のテントからハバラキが険しい表情を浮かべて歩いてくる。なにやら良くない状況が予想され二人は顔を見合わせてた。


「ハバラキさん何かあったんですか?」


「ああ、メモが残されていた。どうやらインビジブルジャイアントは二日前に発見されてたようだな。だが急行した偵察本隊は今朝方に壊滅したようだ……。どうやら飛べる個体らしい。逆に見つかってこっちに逃げ込もうとした奴がいたらしく念のために避難したんだと」


 実はインビジブルジャイアントは偵察本隊のキャンプ地へ逃げようとしていた一人を殺害した時にはキャンプ地を見つけていた。だが既に避難済みだったキャンプ地は一切の人はおらずモンスターは興味を示さなかった。おかげで無事にすんだキャンプ地だった。


「か、壊滅ですか!?それではまた偵察もやり直しですか?」


 一刻も早くインビジブルジャイアントを討伐して浅葱村を復興したいシオンはまた討伐が遅れてしまう事を一番に懸念していた。


「わからん。壊滅と言ったが、全滅したとは思えん。恐らく残った人員で体制を再構築しているだろう。俺は岩山方面にこのまま向かう。合流できるかもしれんし、最悪は倒された偵察隊のもっている通信機が手に入れば十分動けるはずだからな」


 そう言って細かい状況は勝手に確認しろとメモの書かれた紙をブンギに渡して立ち去ろうとする。


「ならアタシもいくよ!このまま黙ってる訳にはいかないからね!いいだろっ?」


 ハバラキは余り乗り気はではない。当然だが偵察本隊が壊滅したのはインビジブルジャイアントに見つかって逃げ切れなかったからだ。隠密性が最重要で余計に人を連れていくのは悪手だった。特に実力もわからない相手ならなおさらだろう。


「あー。あれだ、仮に通信機が手に入っても一個くらいだろう。人数連れて行っても見つかるリスクが上がるだけだ。今回は俺一人でいく」


「はあ!?黙って見てろっていうのかい!」


「いやいや、そうじゃあないだろう?お前に出来る事は偵察だけか?都市の方では討伐隊も組まれてるんだ。そっちに合流すりゃあいい」


 ブンギはメモに目を通していた。ハバラキが伝えていない情報があった事に気が付く。メモにはインビジブルジャイアントは赤い色が見えないという弱点を抱えているらしい。ただし検証が必要だとも但し書きがあり、だからこそハバラキは伝えなかったのだろう。またタイカが重症を負ったとも書かれており表情は険しくなる。


「いや、シオン。俺達は都市に戻ろう」


「なにいッ!」


 激昂するシオンを宥めながらメモを手渡して理由を説明する。


「赤い色が見えない可能性があるらしい。だとしたら討伐隊はそれを利用すんだろ。迷宮内で取れる辰砂が大量に必要になるかもしれねぇ。俺達はそっちを手伝った方がいい」


 メモを見ながらシオンは唸っており、そこへ情報を追加して畳かけに行く。


「それに偵察を引き継ぐ人員は追加で送ってるだろ。そいつらにはその対策を持たせてるはずだ。それで効果があるのか検証もするはずだ。だから戻って迷宮で辰砂を取りに行くか討伐隊に合流した方が力になれる!」


 シオンも頭では理解出来ているものの感情が今すぐに出来る事をしたいと訴えていた。そんな様子を察してハバラキは別方向からの説得に切り替えることにした。


「俺のランクは今三級でな。二級の試験を受けるために三国巡礼の義務をしてるとこなんだが、それでいろんな国を見て回った」


 突然なんだと胡乱な視線を向ける。三国巡礼は二級冒険者になるために必要な試練の一つだ。各国の冒険者協会支部に足を運んでいろんな国や文化にふれ、そこで問題なく任務を実行できる事を示す必要があった。だからそんな自分にとっては足手まといだとでも言いたいのだろうか。


「その中でも十年前の四帝会戦で敗れたロートリー帝国は酷かった。貧困は当たり前でどいつもこいつも死んだような目をしてたぜ。いま都市に押し寄せてる難民なんてまだほっといても大丈夫だ」


 なにもハバラキは避難民の現状だけを見て評したわけではなく、領内の蓄えや規律など環境まで含めての判断だ。ハバラキの見てきた中で特にひどい地域では民がその日食べるのにも苦労していた。そんな状況で生き抜くために民達は騙し奪い、あらゆる法の抜け道をついて糧を得ようとした。取り締まる側はそれらに対しての規制を強化して取り締まっていく。その結果、もっとも割を食ったのはまじめに働いていた民だった。生きていくために最低限必要な娯楽や仕事まで法律に触れるようになり、いよいよ貧しく生きる気力すら奪われていった。その結果、その土地には何もなくなった。


 赤森領の領主は幸い聡明だ。今のところ強い規制もなく支援も施しをするのでなく簡単な仕事に対価を支払う様にしており、ロートリー帝国の同じ轍を踏む可能性は低いだろう。それだけでも避難民達は恵まれていると感じるハバラキだ。


 だが、シオンにはそこまで分からない。頭に血が上って思わず殴りかかろうとするも直前に気付いたブンギが腕を押さえて止めに入った。


「待て待てっ!ちょっと待て!」


「おい!離せよっ!」


 シオンは振りほどこうとして暴れるが、ハバラキはそんな様子になんら構う事なく淡々と続けていく。


「けどよ、この状況が長引けばそんな事も言ってられねえ。だからここで絶対にヤツを仕留めなきゃならねえんだ。私情は抑えてお前達も歯車になれよ」


 ある意味では自己満足の為に偵察に付いて行こうとしている自覚があったシオンはそれを明確に指摘されて狼狽える。自分のやろうとしている事はやはり足を引っ張るだけの行為なのだろうかと頭をよぎってしまった。そのせいだろうか随分と気勢がそがれている。


 ハバラキはそんなシオンの様子をしっかりと確認し、これで一人で向かっても最悪付いて来ることはないだろうほくそ笑む。


「そういう訳だ。じゃあ俺はいくぜ。お前らは別の方法で貢献しろ」


 そのまま片手をあげて別れの挨拶をしながら振り返ることもなく岩山の方へ走っていった。取り残されたブンギはたまったものじゃなかった。これでは火山に無理やり蓋をしただけでいつ爆発するかも分からない、その上より盛大に爆発するのは目に見えていた。


「ほ、ほらっ!ここで突っ立ててもインビジブルジャイアントは倒せねえ。まずは都市に戻って出来る事をこなそう!」


 シオンは歯を食いしばっておりブンギに掴まれている腕も未だに怒りか自己嫌悪によって震えていた。

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