050 指導2

「おおーキミが柳水流の指導だったかな?よく来てくれた!」


 他人行儀にそう言うマサルの目は笑ってはいない。おそらくこの場の緊張感はこの男が原因の一端なのだろうとタイカは理解する。だがなぜこうまで周囲が緊張しているのかまでは分からなかった。はたして酒宴時に会った時には気さくな様子ではあったが単に酔っていたのか公私を使い分けるタイプだったのか。ともあれ初対面ではないはずのマサルからこの対応に意図は掴めなかったものの、これがマサル流の指導なのだろうと割り切った。


「お招きありがとう御座います。柳水流のタイカです。自分は師範代ではないですから門下生以外に奥義は教えられませんので基本のみの指導となります。本日指導するのはここにおられる方々で合っていますか?」


 だが特に緊張した様子を見せないタイカは普通に聞き返す。


「おう合ってるぜ。それだけの実力があるんならなあ」


 なるほど。たしかにタイカはマサルの前で戦闘した事は一度もない。実力もわからない相手が指導員として自分の土俵に上がってきては良い気はしないのだろう。特にここには黄海ヰ家の寄り親である赤森の子弟も多くいるはずで下手な指導員など邪魔でしかないはずだ。


 タイカとしても月模領で柳水流を習っていた時に下手な奴が妹アヤの指導員になっていたら当然同じような感情をもっていただろうと思うとおのずと共感できてしまう。うんうんと頷きながら提案をする。


「確かにそうですね。まずはその辺の確認があるならお受け致します」


 これでもタイカは柳水流に八年以上も心血注いで鍛錬してきた。オメガオに才能はないと言われていたタイカだが、これからだとも言われていた。そうなる様に努力してきたつもりだった。ならばそれが試される時なのだろうと思うとワクワクもしてくる。決して月模家から追放された当時の師範代に比べて技量が劣っている訳ではなかったタイカだ。


 もっとも身体強化を必須とする奥義は習っていないし、それを前提にした応用技もまったく駄目なタイカだったが基本を教える分には申し分ないはずだ。


 もっともここに居る門下生は全員が貴族の子弟である為その程度で本当に十分であるのかは判断出来なかったがそれでも今回の依頼料はでるはずだ。それ以降の指導依頼が取り消しになるだけでタイカが何かを失うわけではない、ただ縁がなかっただけの事だ。ならば何も恐れるものなどなかった。


 そんな様子のタイカにマサルはニヤッと笑う。酒宴時にある程度はタイカの人となりを把握していた。だがこの状況でも特に物怖じした様子もなければ、自身の実力を軽んじるような発言に対してもイキりちらす様子も見せないタイカに内心関心する。


「ハッ!随分と物分かりがいいじゃねえか!なら俺と身体強化は無しで一本勝負しな。それから別に勝たなきゃ認めねえなんて言わねえさ」


 マサルの発言に敵意の様なものをタイカは一切感じなかったことから周囲に実力を示すことが目的なのではないか、と当たりをつける。……しかしタイカは試合形式の勝負が不得意だった。柳水流の道場ではオメガオやアヤは勿論だが師範代や門下生にも勝利したことはなかった。もちろんオメガオとアヤ以外の相手は身体強化を意図的に使っていたので<鳥瞰>ちょうかん《ちょうかん》を使えなかった当時のタイカでは勝てるはずはなかったのだが。


 それでも試合形式の方が使いやすい技はある。柳水流の象徴ともいえる受け流しだ。それを披露して周囲を納得させろという意図をなんとなくタイカは察っした。


「分かりました。お受けします」


「よーしっ!てめえどけっ!これから柳水流の指導員からありがたいご指導を賜るぞっ!」


 ざわつきながらも一斉に脇に避けていく門下生を尻目に執事はとっとと道場から退出していった。そんな中で興味本位の視線を多く集める中でモエハだけは申し訳なさそうな表情をしていた。


 モエハはタイカが二度にわたり巨人相手から生還しているのを知っていた。一度目は偵察任務中に気を失った自分を救いながら巨人から逃げおおせている。二度目は巨人討伐時に復活した巨人からの攻撃を見事に捌いていたのを父トドロキが目撃しており帰還後にトドロキから聞いてた。だからこそ、その技を学びたくて指名依頼という形でタイカを呼び出していたのだが周囲の人間はそれを快く思わなかった。現状のタイカは一介の冒険者であり柳水流からも免許皆伝を受けた訳ではない一門下生であったのでわざわざ招く必要性を認めなかったのだ。モエハとしても周囲からの反感を買いながらも自身の意地を押し通してタイカを呼び出せば迷惑をかけてしまうだろうと悩んでいたが、そこに丁度居合わせたマサルから一つ提案があった。この茶番はその結果である。


「何時でも初めていいぜえっ!」


 マサルが正眼に構えると周囲の門下生達は一挙手一投足を見逃さないように注目する。そこに一切の隙は無く気迫が十分に伝わってくる。


「え?」


 だがタイカは素っ頓狂な声を上げた。


 どうやら先手を譲ってくれるようだが出来れば受け流しをする為にむしろ攻めて来てほしいタイカである。もちろん柳水流のもう一つの象徴である飛び違いによる斬撃も得手としているタイカだが身体強化を使えない以上は不意打ちや体勢を崩した上でなければ決められない為、試合向きではなかった。


 そんなタイカの様子に周囲からは嘲りを押し殺したようなざわつきが起きる。声に出さないのは圧倒的実力者であるマサルがいるからだ。そんな中でタイカから挑発的な発言が飛び出した。


「先手はお譲りしますよ」


 先手を譲るという上から目線の発言に対して、今度こそ周囲からは感情を隠さない声があがる。


「おいっ!失礼にもほどがあるだろうッ!」


「何様であるかっ!」


 正眼に構えながらマサルに向き合うタイカには既に周囲からの雑音は聞こえていない。元々周囲からの雑音に常に晒されていたので今更であった。そんなどこか余裕を感じさせる態度にマサルは関心する。


(へえ。なかなか肝が据わってるじゃねえか。おもしれえな!)


 だが、暴言に晒されながら試合するというのもフェアではないし気分も悪かった。


「おい、黙って見れないのか?」


 マサルは赤森領で現在四名しかいない魔力測定で上級認定を受けている一人だ。その上万象理合流の免許皆伝を受けておりトドロキを除けば赤森領で一番の実力者と目されている。そんなマサルから威圧を受けた門下生達は一瞬で萎縮した。


「も、申し訳ありませんっ!」


 静まり返った道場の中で改めてマサルはタイカに集中する。マサルの目から見ても隙の少ない良い構えだった。あくまで構えを見た限りだが。


(動きはどうかな)


 マサルは二つフェイントを入れた。目線で面打ち、切っ先で首元と上方への攻撃を示唆するように踏み込んでいく。--だがタイカはそれらに一切の反応を示すことなくマサルの全身を眺めている。焦点が定まっているのか定かではないその視線に不気味さを感じつつも銅に突きを入れる。


ガッ


 一瞬で二人の立ち位置は入れ替わる。タイカは銅への突きを払い……だが反撃には至らなかった。マサルは即座にバックステップで距離を詰めながら向き直り横薙ぎに一閃する。


ジャリッ


 だが、またしてもタイカは下から上に力を加えて斬撃を頭上へとやり過ごす。


 タイカはかつて柳水流の師範代や門下生に全敗していたとはいえ、相手に身体強化を使わざるを得ないほどに追い詰めていた。その技のキレは尋常ではなかった。先日の巨人相手には圧倒的な質量差にも関わらず受け流しを成功させて生き延びて見せたのは伊達ではない事を証明するかのように受け流していく。


 マサルは流れるよう横薙ぎからの袈裟斬りに持っていくも読んでいたタイカはそれを鍔迫り合いに持ち込んだ。


(やるねぇ!)


 ニヤリと笑いながら払いのけようとするもタイカは押せば引き、引けば押して手押し相撲のようにピッタリとマサルに引っ付いてくる。幾度かの攻防を経てもその間合いは変わらずに膠着をみせ始めた。


 タイカは二回にわたる攻防で悟っていた。身体強化していないにも関わらずあまりに鋭いマサルの攻撃にいずれ受け流しが失敗して敗北することを。ならば長身のマサルと10センチ以上はあるだろうその身長差を利用してマサルの間合いの内側、そしてその中にあるわずかな自身の間合いにべったりと張り付いてやろうと。


(糞っこの人やっぱり強い……!<鳥瞰>ちょうかんでも初動を掴むのがやっとだ……!自分の間合いに入っても反撃する隙がないッ!)


 だがやはり自力に差があり多少の善戦は出来ても勝利に繋げる道が見えない。勝たなくてもいいと言われている。だからといって負けたいとも思っていない。その状況にタイカは顔を顰めるがマサルは相変わらず余裕のある表情だった。


(さーてどうしてやろうか。無手ならいくらでも攻撃できるが……それは無粋だなあ)


 ならばと、マサルは上から一気にタイカを押し込んだ。その凄まじい圧力に膝を突きそうになるも、そうなればもう間合いを制することは出来ない。タイカは受け流すしかなかった。


ガ ゴ ッ ッ


 マサルの竹刀が床を叩き、タイカは横に流されるように体勢を崩した。バランスを崩したのは一瞬だったがマサルにはそれで十分だった。そのままマサルは下段から斬り上げ、二人の竹刀が交差するも受けきれずにタイカの竹刀が中を舞った。


「つぅ……」


 痛みを訴えながら尻もちをついたままマサルに竹刀を向けられ降参といわんばかりに両手を上げた。


「……参りました。はぁもうちょい行けると思ったんだけどなあ」


「カッカッカッ!そんだけ出来りゃ十分だろっ!」


 右手を差し出してタイカを引き起こすとそのまま中央に戻りマサルは周囲を見回した。


「こいつは十分に実力を示した!俺相手にここまでやれるってヤツは名乗りを上げろッ…………いねえな?なら指導員として受け入れろ」


「はいっ!」


 その言葉にまっさきに反応したのはモエハだった。周りの門下生達も視線を交わしてしぶしぶとだが了承していく。


「はい」


「……畏まりました」


 中には明らかに納得していない態度の門下生も数名いる様子だったがマサルはそれ以上は何も言わなかった。訓練にかこつけて仕掛けるならそれも良しと思い、ニタリと笑った。


(まぁ、タイカの実力なら大丈夫だろ。多少は波乱があった方がおもしれえしな!)


 その後は教えを請いたい者に限定してタイカは柳水流の指導を行った。三時間ほどの指導が終わった後にマサルから帰り支度をしているタイカに声がかかった。


「おーい!タイカ!来月からも月一で頼むぜぇ!」


 タイカは今回、一回限りの指導として依頼を受けていた。だが、依頼料の多い指名依頼が定期的にあるならばタイカにも旨味は十分にあった。


「はい。是非お願いします!」


「マサル叔父様!本当ですか!?」


 だが、タイカ以上にモエハの方が乗り気らしく身を乗り出して割り込んできた。そもそも定期的な指導はモエハからの提案でトドロキが保留にしていた。そしてマサルに見極めるよう指示が出されていた。今回の指導はそれが有益かどうかを見極める為のものだった。


 マサルは改めて周囲を見渡すと息を上げて倒れ込んでいる門下生が数名いた。彼等はいずれも訓練中にヒートアップしていき全力で襲い掛かっていくもタイカに良いようにあしらわれてしまった結果であり、怪我なども一切負わされていないので実力の違いを見せつけられた格好だ。


 だが、そんな門下生達をみて情けないとは思わない。明らかにタイカの動きは尋常ではなかった。見えていない死角からの攻撃にも一切の迷いなく受け流しをキメ続けていた様子から何かあるのだろうとは思ったがそれが何かまではマサルにも分からなかった。恐らくそれで巨人の襲撃からも生還を果たしたのだろう。マサルはそれを見極める為にもタイカにはしばらく指導員として赤森邸へ来てもらおうとの算段だ。


「ああ、構わねえよ」


「よかったです!では契約書を直ぐに用意しますのでタイカさんはこのまま応接室まで来てもらえませんか?」


「ん、分かった。じゃあマサルさん本日はありがとうございました」


「おう」


「はい!では行きましょうか!」


 マサルに礼を言って荷物をまとめたタイカはモエハに案内を促した。タイカの方でも詐欺の件について赤森家の方に動いてもらえるように頼むつもりでいたので好都合だった。

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