016 クンマー2

「あっちいけっ!しっしっ!」


 タイカは羽虫を追い払うように手をはたく。だがそんなタイカを嘲笑うかのように妖精はクルクルと目の前を旋回している。


『おっ?おっ?ひょっとしてキミ視えてるの?ねえ!』


 御伽噺では人語を話すなんて書いていなかった。まさか人語まで解すとは思っていなかった為ぞんざいな扱いをしてしまう。失敗したなと思いフォローする。


「えっ?あ、ごめん……虫かとおもってビックリしたから……」


『へーーっ!本当に視えてるんだね。すごーい!』


 タイカは疑問に首を傾げる。普通は見えない存在だというのは察しがついた。だが、タイカには魔力回路がないので魔法的な素質は皆無である。一握りの天才が妖精の存在を見る事が出来るというならともかく、なぜ自分に見ることが出来ているか分からない。


「えっと、君は妖精……でいいんだよね?」


「そうさっ!僕はクンマーっていうんだ!よっろ!」


「あ、ああ、俺は……タイカです。よろしくお願いします」


 思わず月模姓を名乗ろうとしてしまい言い淀む。タイカにはもうそれを名乗る権利はなかった。


「ねぇこんな所でなにしてんの?」


 他者に見えない存在ならば目的を話しても仔細なかったであろうが逃避行中である為とっさに嘘をこいた。


「お酒を飲んでたんだ」


『さけーー!僕も飲みたい!!』


 予想外の返事に面食らう。まさか妖精が酒を欲しがるとは思わなかった。御伽噺ではエーテル的な存在なので物質面であれこれは出来ないようなニュアンスだったはずだ。


「えっ!だ、駄目だよっ!これは大切なお酒なんだ!」


『さけーーー!!』


 手元を隠すもクンマーは御猪口に突撃して来た。あまりの早さになすすべもなかく御猪口に顔面から侵入を果たしたクンマーはゴクゴクとウイスキーを飲み干す。そのまま御猪口をタイカから奪ってけらけら笑いながら飛び回っている。やはり害悪な存在だったと知識をアップデートする。


 しかしエーテル体であるはずの妖精が御猪口を持てているのはなぜなんだろうか。


「なっ?!エーテル体じゃなかったのか?」


『うへへーそれはねー!お神酒を分け合い契約が成されたからなんだー』


 なんらかの儀式が執り行われた結果、契約が成立してしまっていたらしい。契約によるメリット・デメリットが一切見えてこない。その結果が御猪口という物質を持つことに繋がっているのだろうが、それによって自分はどんなメリットを享受できるのだろうか。


「……ちょっと、まずは契約内容を確認したいんだけど」


『いいよー。でもそのスープ食べながらにしよーよ』


 魔導コンロから鍋が噴きこぼれていた。水は多めにいれていたのでスープは無くなってはいないだろう。きっちり火を通しておきたかったし丁度いい感じではないだろうか。コンロから地面に鍋を移して蓋を開けた。見た目はカエルがまるまる浮かんでいたこともありイマイチであったが匂いは素晴らしいと思う。朝以降は何も食べていなかったからか食欲を刺激され腹から盛大に音が鳴る。すごくおいしそう。


 タイカの肩にとまったクンマーがまじまじとスープを覗いている。おそらくは自分と同じ思いであろう。この小さな体ならばスープを分け合っても十分な量は確保できるだろう。ならば異論はない。


『なにこれ!まずそー!!』


 キャハハと腹を抱えて笑いはじめたクンマーに青筋を立てる。だが空腹が勝ったおかげか特に文句は言わず食事を優先する。


「……それで契約って?」


『そうそう。さっきお神酒を分け合ったでしょ?あれで僕達は『一心同体』で『以心伝心』になったんだー』


 今しがたスープで意見が別れていた二人である。何言ってんだこいつとタイカからの視線は厳しい。


『本当なんだー。試しに僕に伝われって念じながら考えてみてー!』


『うさんくさい』


『こんにゃろー!』


 肩にとまったまま顎にシュッシュッとジャブを打ち込んでくる。痛くはない。


『……これ考えた事全部伝わんの?』


『伝われって念じないと無理な!』


 なるほどこれが『以心伝心』という事だろう。ならば『一心同体』はなんであろうか。


『『一心同体』ってなに?』


『お前のものは僕のもの!』


『…………どうゆう事??』


『タイカの持ち物なら触れるし食べる!』


 自慢気に胸を張っているが、そこに何のメリットも見出せないタイカとしては困惑の方が大きい。


『……そう。それだけだと契約するメリットなさそうなんだけど……そんなものなの?』


『な、なんだとー!僕たち妖精と契約したらすっごい魔法だって使えるんだぞ!!』


 魔術士に有用なバフを掛けてくれるありがたい存在という事だろうか。


『俺、魔力回路がないから一切魔法を使えないんだけど?』


『……ま?』


 ふーん。なるほどと言いながらタイカの周囲を回って確認していく。


『たしかに魔力がまったくないねー!タイカすごいよ!だから僕の事も視えてるし声もきけていたんだね』


『……すごい?』


 魔力がないことをすごい事だと言う。今までになかった価値観を提示したクンマーに動揺する。もしかしたら魔力回路がない事で得られる何かしら芽里とがあったりするのだろうか。


『そう!生き物ならみんな魔力を持ってるでしょー?自分の魔力が邪魔しちゃうからよその魔力を視る事ができないんだよ!』


 生前の現代知識でも明るい場所ではスマホの輝度を調整して明るくしないと見えなかった。それと同じ理屈なのだろう。


『なら他の人ってその、魔力って全然見えてないの?』


『そうだねー。今まで僕を視れた人って一人もいないよ』


『じゃあなんで御伽噺での妖精の姿は俺が見てるまんまで伝わってるんだ?』


 素朴な疑問だが別段気になるわけでもない。ただ魔力がなくても得られるメリットに浮かれそうになる自分を抑えるために少し時間をあけたくてそう訊ねた。


『ん?しらなーい誰か『以心伝心』でそう伝えたんじゃない?』


『そう……まあそれはいいか』


 そういえば過去にもそう思わせる経験が確かにあった。夜空に飛び交う光をアヤは見えていないようだったし、剣術稽古の初日にアヤがみせた身体強化のオーラも話が噛み合っていなかった気がする。……そうか、みんな魔力見えてなかったのか。


 魔力がない事は今までデメリットにしかならないと思い込んでいた。でもそれは間違いだった。わずかではあるがメリットがあると分かりかすかに希望が見えた気がした。

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