017 魔獣1
『でも魔法使えない俺じゃクンマーと契約するメリットないね』
『?!!』
別にタイカは意地悪で言っているのではない。今までの経験から信頼関係を築くためには利害関係か好悪感情のどちらか一つが互いに無ければいけないと思っている。いまタイカはクンマーに対して好悪の感情はどちらもない。ならばメリットが見出せなければ付き合うつもりはないタイカだった。
だからお前の存在意義を俺に示して見せろと暗に言う。
『そもそもおかしい話じゃないか?魔力があると見えない妖精とどうやって契約するんだよ。俺みたいに魔法を使えない奴しか捕まらないんじゃないか?』
『それはねー魔力溜りの地脈がある場所で人間が儀式をするんだよ。運が良ければ気の合いそうな妖精が契約してくれるよ』
どうやら人間の方が不特定多数の妖精にオファーを出しているだけらしい。そこで契約が成立すると『以心伝心』でなんとなく伝わるらしい。
『なら本当に、魔力がないと契約しても意味がない……?』
心底ガッカリしているタイカである。気付いたら契約が成立していてそれが何も益するところがないのである。詐欺もいいところだった。
『ま、まってよ、そんな目で僕を見ないでー!ちょっと考えるからー!』
クンマーが何かないかと悩むがそう簡単に解決策は出てこない。自身のレーゾンデートルに疑問を抱いてしまったクンマーはきぇええと叫びながらジタバタしている。風呂敷の上で暴れるのは勘弁してもらいたい。せっかくアヤから頂いた大事な符術の媒体が散らかってしまうのは避けたかった。クンマーを手の甲でペシッとはたいてどかすと風呂敷の中身を整理して結びなおす。
『…ッ!まって!タイカは符術の媒体をつくるんだ?!』
『……ああ、まだ魔力込めは習ってないし出来ないけどね』
そこが問題だった。タイカには魔力回路がないので当然ながら媒体に魔力込めすることは出来ない。符術を教えていたヒラノブもまさかタイカの魔力がゼロとは思っていなかった為に今まで確認することなく教えてきてしまっていた。なのでタイカとしては作図だけして他者に魔力込めをしてもらう、そんな分業制の未来を思い描いていた。
『その言葉が聞きたかった!!』
風呂敷を結ぶ手が止まる。その顔には青筋が立っているがそんな事はお構いなしにクンマーは自己アピールする。
『僕はエーテル体だからね!道具にも魔力を込められるもんね!それを使って媒体を作ればタイカでも魔力込めが出来ちゃうよ!』
「なにい!?ほうとうかっ!」
クワッと目を見開き声に出して叫ぶと地面に転がるクンマーを救い上げた。タイカの掌の上でよろよろと起き上がったクンマーは自らのレーゾンデートルを再構築したおかげもあり実に誇らしげだ。そのドヤ顔は見る者の劣等心をおおいに刺激して邪心をあたえる事は間違いなかったであろう。だが、日頃から劣等心に刺激を受け続けていたタイカはその程度で邪心を抱く事はなかった。まぁ、多少の不快感は避けられなかったが無事に信頼関係を結ぶことが出来たのである。
◆
翌日も相変わらず森の中を進んでいたがその足取りは軽い。符術の媒体を作れるかもしれないと判明したためだ。ここでは作業机も無いし何よりも悠長に媒体を作っていられる状況ではないため早く
『街から見るよりも随分と遠くにあったんだなぁ』
『ああ、タイカにはそう見えたかもねー。人間は知らないだろうけど僕ら妖精は空から見てるから知ってるんだ!僕らのいるこの大地は丸いんだよ!だから山の麓が地面の裏に隠れて見えなかったんじゃないかなー』
地球では紀元前には地球球体説は唱えられていたし、三角法を用いた影の測定で誤差数パーセントで地球の大きさを測定出来ていた事を知っている。現代の義務教育やコンピュータなんてなくてもよく学び高い知性をもっていれば紀元前でそこまで出来るのだ。この世界でもそういった学者達がいても不思議はない。
クンマーをちらりと見ると得意げに胸を反らしている。
しゃべり方に反してそこまで馬鹿ではない様子を見せるクンマーだ。自分の知らないこの世界の知識を色々持っているかもしれない。それをこの世界で発見されているかも分からない学説を持ち出して下手に指摘をしてもいい気はしないだろうし今後の関係に良い影響をだすとも思えなかった。
『……詳しいんだな、すごいぞ。それで、あとどの位の距離があるんだ?』
『んーーーわかんね』
『……』
クンマーは感覚派なので自分が飛んでいけばどの位かかるかは正確に分かっている。だが、人間の使う距離の単位でいくつかなんて分からないし、タイカの進む速度でどの程度かかるかも分からなかった。
『……なら、獣の類が近づいてたら教えてくれないか?』
『はーい!』
寝っ転がるクンマーを乗せた風呂敷を背に担ぎながらひたすら森を進んでいく。日が暮れた頃にようやくレアドゥリア山脈の麓までたどり着く。野生の獣は魔獣も含めて基本臆病であり、積極的に人間を襲いに来ることはない。だからだろうか、ここまで襲われることなくこれたのは僥倖だろう。
本日も道中にカエルを確保していた。保存食はレアドゥリア山脈越えのために温存しておく方針である。カエルを食材に変えていくタイカの手際は昨日より幾分かこなれた様子だ。クンマーも昨日、足を一本貰って食してからは気に入っていた。鳥を少し淡泊にした感じで味は申し分ない。タイカには骨が多く食べづらいと感じたが小さいクンマーならば可食部は十分にあったであろう。
焚火に辺りながら特製スープを堪能して温まったタイカは人心地つく。
『さけ?さけは飲まないの?』
ゴクリと喉を鳴らし--だが、ちらりと山の方を見る。レアドゥリア山脈越えも予定通り進めるとは思えない。ビバークする時のことを考えて買ったウイスキーである。タイカの生命線ともいえた。また、山頂から景色を眺めながらウイスキーを飲む自分を想像する。--なんとしても山に入る前に飲み切るわけにはいかなかった。
『クンマーは呑兵衛だな。これは山で温まる為に買った大事なお酒なんだ。今日は飲まないよ』
説得を試みる。しかし『以心伝心』によりそれとは別に伝わってくるイメージがあった。クンマーは宇宙の真理を考察するような表情でしばらく考える。天秤が傾いたのであろう。
『なら仕方ないね』
思いのほか素直なクンマーに訝しがりながらも、街についたらクンマーの活躍次第で符術媒体を売って生活費を確保できるだろう。そうしたら好きなお酒を買ってやるからと励ましながら半ば自分にも言い聞かせていた。
そんな時である。正面の森からなにか気配のようなものを感じた気がした。さっと腰を浮かせ刀に手を添える。ほぼ同時にクンマーも反応をみせた。
『なんか来てるねー』
タイカに注意を促しつつもクンマーは驚愕していた。妖精の感覚器官はエーテルで自由に拡張できたため、人間のそれよりもずっと高い精度を誇っていることを知っていた。目を閉じていても周囲の状況を的確に把握できるほどである。そんなクンマーとほぼ同時に反応をみせた理由を考察する。
(魔力を視てるのかな……?目だけじゃないねー。耳や鼻、五感全てで魔力を検知できてる、そんな気がするなー)
『ああ、なんかヤバイ気がする……。何が来てるか分かるか?』
『熊さんだよ』
『熊か……料理や食事の音は聞こえてるはずなのにわざわざ寄ってくるなんてな……よっぽど腹すかしてるのか?』
『んー。なんか怒ってるっぽいよ』
『なんかしたかな……』
熊の習性として自分の獲物を横取りされると異常な執着心をみせて襲い掛かって執拗に追いかけてくる事がある。だがカエルを捕まえただけのタイカに心当たりはなかった。
そこへ……。
グルルルルッ
30メートル先の木の陰からのっそりと出てくるその熊は体長3メートルほどもあった。体には羽毛が生えていて背中から頭頂部までは固そうな鱗で覆われていてワニの様な縦長の瞳孔が月明りを反射して光っている。姿かたちは熊なのだが、もしかしたら爬虫類から進化した生物なのかもしれない。--
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