018 魔獣2
『こいつ爬虫類だよな……。変温動物じゃないのか?それとも魔力で身体強化とかすれば夜でも活動できるのか?』
タイカは目の前に現れた熊の様なフォルムだが爬虫類にも見える魔獣を不思議そうに観察する。
『よく知ってるねーそれで合ってるよ』
『ならこいつ魔獣かっ!」
魔獣とは種族として固有の魔法を使える獣のことだ。獣との違いはそこだけである。つまりあの巨体と腕力を誇る熊が魔法まで使って襲ってくるのだ。
『どんな魔法を使うんだ?』
『んー音響魔法だったかな?でっかい音出して威圧するんだ』
かなり厄介なのではないだろうか。防ぐ手段が思い浮かばない。常時耳を抑えていては必要な音まで聞こえなくなる。だが、音響魔法が発動してからでは耳をふさぐのは間に合わないだろう。
『事前動作とかあるのかな?吠える時にしか使えないとか』
『それも正解ー!』
徐々に近づくにつれ魔獣の全貌がハッキリと見えてくる。腹の辺りに傷跡があり血が流れている。
『……手負いか』
おそらく縄張り争いに負けたのか手負いであった。だからこそ人間を避けずに向かってきたのだろう。気が立っているらしくもう戦闘を避けることは出来ないだろう。焚火を挟んで正面に熊が来るように立ち位置をかえる。その矢先、熊を取り巻くオーラが喉元に集まってくるのが見えた。とっさに耳をふさぐ。
カ” ア” ア” ア” ア” ア” ア” ア”
それでも完全には防げずにタイカは足元がふらついた。叫んでいる途中から既に突進の準備をしていた熊は、おそらく必殺のコンボなのだろう。猛然と突進してくる熊に恐怖しながらもタイミングを測る。
受け流しを得意とする柳水流ではあるが、体格差もありまともに受け流せないだろう。ならば焚火に突っ込むなり、避けた一瞬にしか勝機はない。そのはずであったがあっさりと当てが外れる。
熊魔獣の全身にオーラがめぐり、身体強化された瞬間、さらに加速した。まずいと思い横に飛びのいて回避するが、その振るった爪に左腕を裂かれてしまう。
「ぐあっあ”!」
左腕の服は避け、血がドクドクと流れている。動きはするが浅い傷でもない。その痛みと恐怖でパニックになりかける。熊は突進の勢いもあってか正面の木の幹に突っ込み体勢を崩していた。一撃で仕留めそこなった経験が今までなかったのだろう続く攻撃への意識は低かった。
『タイカ、大丈夫?』
クンマーの声が聞こえてはいたが『以心伝心』で会話するほどの余裕はない。荒い息をしながら刀を構える腕は震えていた。そんなタイカの目の前にクンマーは飛んできて真っすぐと見つめる。
『僕の見立てじゃ互角かなー。ちゃんと視てれば僕のようにいろいろ見えるよ。だから大丈夫だよ』
自信満々に笑いかける。『以心伝心』でクンマーの自信がそのまま伝わってくる。何かの暗示に掛ったようにスッとタイカの心は落ち着いていく。タイカはひとつ深呼吸した。さっきまでの恐怖は無くなっていた。冷えていく頭に次々と情報が巡っていく。全てが見えた気がした。
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タイカには今、鳥の目線から眺めるように360度すべての景色がはっきりと見えていた。あらゆる五感から周囲の獣、木、草などから発する魔力を情報として検知して目に見えない範囲まで正確に把握していた。またその情報を適切に処理して小さな未来まで予測出来る気がした。--今起き上がって、吠える。
タイカは刀を口で咥えて両手で耳をふさぎながらそのまま確認もせずに後ろに走った。叫び声が聞こえるが背を向けてきちんと耳を塞いだおかげで音響魔法の影響を受けていない。そのまま気によじ登っていく。
先ほどと同様に突進してきた熊は木を見上げて嗤った気がした。熊は木登りが非常に得意な生き物だ。この程度の木なら簡単に上ってしまうだろう。実際にひょいひょいとよじ登ってくる。タイカはそんな熊から逃れるように太い枝の先の方に移動していった。これ以上は逃げられない位置まできて熊が手を伸ばした瞬間、地面に飛び降りた。
今度はタイカが木を見上げて嗤う番だった。熊はけっして木から飛び降りない。野生下では怪我をして狩りが出来なければ死に直結するからだ。本能に従い、上るのとは打って変わって拙いのっそりとした降り方をする。タイカは刀を頭の横あたりまで持ち上げて陰の構えにとる。熊を見上げ、そいつのタイカがいる左腕が下がった瞬間--タイカは垂直方向に大きく跳んだ。それは柳水流が得意とする飛び違い斬撃だった。
--袈裟斬り
熊はひどく緩慢な動きであった為狙い通りの剣筋で、熊の羽毛に逆らわない角度から侵入した刃先は首の動脈を見事に斬り裂いた。
タイカは着地して直ぐに距離を取って下段に構えて残身をとる。熊は地面に落下して暴れていたが手負いだった事もあり体力は少なかったのだろう、しばらくしたら動かなくなった。
ガアァ……
ようやく動かなくなった熊を確認して気が抜けたのか倒れこむ。
「はぁああーー勝てたーっ!!」
『おおー!勝ったぞー!僕のアドバイス通りだー!』
クンマーも勝利を喜び倒れた熊の腹の上でポンポンと跳ねている。
勝利の余韻も引いていき冷えた頭で刀を見る。今まではただの武器としか思っていなかった刀だが今は不思議と自分の体の一部であるような感覚を覚えていた。今なら自在に刀を振れる、そう確信出来るのはこの刀がやはり名刀だからなのか自身が一つ上の領域に足を踏み入れたからなのか。
(どちらにせよ、俺は強くなってる……!)
これ以降からタイカは急速に力を伸ばしていく。今までどこか魔力がなく身体強化も出来ない事からる劣等感を持ち続けていた。それがたった今取り除かれ自分なりのやり方で強くなれるという確信を持てるようになったのだ。
それが嬉しくてこぶしを握り、小さくガッツポーズをする。
「……いやっ!痛い痛い!痛ってえええっ!」
だからだろう、裂かれた腕の痛みが急に思い出された。放置していたら化膿する危険もあったので直ぐに水であらい、風呂敷から薬を取り出して振りかけた。それから治癒の符術媒体を探す。たしかアヤに貰った媒体の中に入っていたはずだ。
お目当ての媒体を手によしっと思うも発動しない。
「あ、あれ、おかしいな……。媒体をこう……かざせば発動するんじゃないのか?」
媒体をもってあれこれするも一向に発動の気配を見せない。そんな様子を眺めていたクンマーから貴重な情報が伝わる。
『それ動かすには魔力ながさないと』
『えっ?符術って使うのにも魔力いるの?そうゆうのって媒体に詰まってるんじゃないの??』
符術の大家である月模家、そこから直接教えを受けたはずのタイカであるがまったく知らなかった。
『トリガーにするだけだからちっこい魔力だよ。ちっさ過ぎて使えない人なんていなかったんじゃないかなー!』
『……』
またしても新しい発見だ。どうやらタイカは符術を使うことも出来ないようだった。
『まーまー。魔力流すだけだから僕でもたぶん出来るさー』
『おお……!頼む!やって下さい!!』
素直に頭を下げて頼むとクンマーは熊の腹からジャンプして右腕にとまった。そこからちょいと右手で媒体をつつくと符術が発動する。出血が止まり傷口がはっきりと見えるようになる。うねうねと蠢いていて傷口はそのまま塞がっていきキレイに治っていた。
『どお?』
クンマーは傷が完治したのを確認し、それでもタイカに確認する。その顔は得意げだった。
『うおおおお。すごいな……!やぱり持つべきは思いやりのある妹だなあ』
しみじみと感じる。
『えっ?!僕だよ?!』
ガーンとでも書かれていそうな表情で訴える。
『わかってるよ。クンマーもありがとな』
わかればいいんですよと言わんばかりに嬉しそうにクンマーは飛び回り始めた。
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