009 魔力検査1

 十五才になったタイカは気付いてしまった。そろそろ正式な魔力検査を受ける日が近づいている事実に。これまで剣術や符術の稽古が楽しくて熱中するあまり完全に失念していた。朝食時に符術について語っていたら乳母殿に指摘されて気付いた恰好だ。


「そろそろ魔力検査ですね。そしたら符術に魔力を込めて完成させられますよ」


「あ、ああ、そろそろでしたか……」


 魔力検査への対策を一切していない事を思い出し先程まで符術を語っていた時の勢いはもうない。といっても魔力検査事体はどうにもならないのでその事後対策が主となるのだが。


 高精度な魔力検査器は国の専売品で厳重に管理しているため、貴族といえども所持している家は少ない。そもそもそこまで精度の高い結果を求める必要性もないので月模家でも低品質な魔力検査器でこっそり検査するに留まっていた。そのおかげで幸いにもタイカは下級の魔力回路持ちなのだろうという勘違いを受けていた。


 ところが十五才になると貴族の子弟は義務として国からの正式な魔力測定を受ける事になる。これは高精度の魔力測定器が使われているのでタイカが実は下級どころか魔力回路自体を持ち合わせていない事がバレてしまう可能性があった。


 そうなると今ですら肩身の狭い思いをしているタイカであるが、より待遇が悪化する懸念があった。なにしろ魔力回路は昆虫や植物ですら全ての生命が所有しているものである。そんなものであるから下手をすると異端扱いされて命の危機すらあるのだからたまらない。そうならない為にも基礎知識や剣術、符術などあらゆる技術について必死に学んでアピールできる材料をそろえてきたタイカであるが、正直なところ剣術、符術のどちらも弟妹であるリュウヤとアヤに一歩劣る結果となっている。唯一の救いは基礎知識や算術に関して生前のアドバンテージを生かす事が叶いリード出来ている状況だ。もっとも貴族として期待されているのは獣やモンスターへの備えである為、それらはあまり重要視されていない。教育を受けた庶民から優秀な人材を登用すればいいからだ。


「やっかいなのは母上だろうな……」


 当主トウジとの関係はある程度の改善しているが、母親のカヨとはこじれたままだ。何しろ昼食を本邸でとるようになった翌日から顔を合わせないように別室で昼食をとるようになっていた。当然話す機会もないので改善しようもなかったというのもあるが、そもそもタイカにはなぜカヨがあそこまで自分を毛嫌いするに至ったのかが分からない。


 トウジに話を通しておくべきだろうか?魔力がなくとも裏で月模家を支えたいのだと涙ながらに事前に訴えておけば最悪の結果に対して予防することが出来るのではないか?


「よしっ!やれる事は全部やっておくか」


 朝食を食べ終えたタイカは符術の作業部屋に足を運んだ。まずはヒラノブに相談してみよう。そう考えて何時ものように作業部屋に向かっていると幾人かが忙しなくしていた。軽く会釈して通りすぎると目の前からヒラノブが一人で歩いてきた。


「すまんが今日は中止だ。俺が急遽帝都に出向く事になった。明日以降は別の人に任せるが今日は間に合わない」


「帝都ですか?どうして突然……」


「わからんが帝都にある高等魔術学院の特別講師に推薦されたらしい。そこで来月から半年ほど授業を受け持つことになってしまった。まるで準備なんて出来てないんだがな。なので準備出来次第帝都に向かうから今日は中止だ。好きな事でもしてろ」


「……そうでしたか。ヒラノブ先生なら教え方も上手なので適任かもしれませんね。大変でしょうが準備がんばってください」


 タイミングが悪かった。かなり急いでる様子だったのでわざわざ時間を取ってもらうのも憚られたのでそのまま見送ることにした。別の人に頼むかと考えるが頼れる人がいないのが問題だった。当主のトウジと直接つながりがあり、ある程度の親交をもっている人物といえば弟妹の二人だろうか。いささか寂しいタイカの交流事情である。また話の内容が情に訴え泣きつくことだ。それを二人にさらけ出す事を思うと兄としてはいささか気が重くなる。


「うーん……」


「何をしているんですか、兄上」


 リュウヤがお供を従えて歩いてくる。お供をしているのはアキトだ。


「ああ……、ヒラノブ先生から今日の稽古は中止だと聞いてね。どうしたものかと考えてたんだ」


 お供の少年達、特にアキトとは相性が悪いらしく未だに距離を置かれている。ひょっとしたら後を継げない長男と仲良くすることで出世コースから外されたり、なんらかの不利な立場になることを警戒しているのかもしれない。彼らの親とは何度か顔を合わせたことがあるタイカは親からの影響もあるかもなと思いめぐらす。


「おいお前……」


 アキトが何か言おうとして言い澱む。その表情は何かを思いついたようにニヤリとしていた。


「……リュウヤ様はやく行きましょう」


 お供の相変わらずの態度であるが、リュウヤは不審そうにしてはいたが特に咎めるでもなくつまらなそうに肯定して去っていった。


 取り付く島もなかった。数年前まではもう少し話せていたのだがいつからか態度が硬化させていった。ひょっとしたら嫡子としてプレッシャーがあるのかもしれない。だとしたら申し訳ない限りだった。


 それならアヤに頼むかと考えるも居場所が分からない。


「明日道場行く時でもいいか。今日は仕方ない、一人で柳水流の道場に行くか」


 その足取りはあまり軽快ではなかった。オメガオからは三年ほど教えを受けたがまた世界をみるぞと言って旅立ってしまった。その後は師範代から手ほどきを受ける事になったが、一部の親族同様に自分への態度が他と異なるのだった。


 五年前にオメガオと分かれた日のことを思い出す。



「嬢ちゃんは問題ねえ。何かあっても自分の中で解決できるだろう。このまま進んでいけ!」


 オメガオは自信満々にアヤを褒める。自慢の弟子なのだろうその表情は得意げだ。


「兄貴の方はあんま才能ねえからなあ。特に周りの雑音を気にしすぎるんだよ。だがまあ、嬢ちゃんに喰らいついていけば下手な事にはなんねえだろ」


 くつくつと笑いながらオメガオはタイカの頭をガシガシとなでる。力強い腕に頭ごと振り回されながらタイカはしょっぱい表情を向けていた。


「……そりゃどうも」


「くくっ。しょげるんじゃねえよ。才能ねえとは言ったがよ、成長してからものをいうのは努力と経験だ。おめえはこれからなんだよ」


 タイカは停滞していると感じていた。アヤと比べて、いや自分が期待する成長速度にすら達していない自分に思い悩んでいた。魔力回路を持っていない分、十五才で魔力を使った身体強化の訓練が始まれば今後さらに差は広がっていくだろう。間違った努力を積んで時間を無駄にするわけにはいかなかった。


「もっとオメガオ師匠に教わりたかった。俺にはどんな努力が必要でしょうか」


「好きにすりゃあいい。おめえみたい奴が最短距離で目標に向かっても最低限のものしか得らんねえぞ」


 黒い男が聞いていたら無駄な努力だと冷笑しそうな事をいうオメガオに、だけどそっちの方が自分には合っていそうだとタイカは無理やり笑った。希望もなく剣を振っていたらそれこそ無駄な努力になりそうだった。きっとオメガオもそう思ってのアドバイスだろう。


「わかったよ!すぐにアヤにも、師匠にも追いついてやるさっ」


 コクリと頷くアヤとは反対にオメガオはムリムリと首を横に振る。


「期待しちゃいねえが選別にくれてやる。多少は助けになんだろ」


 荷物と一緒に地面に置いていた一本の小汚い刀をタイカに渡した。受け取るタイカは再度のしょっぱい表情だ。


「そんな顔してんじゃねえっ!こんなんでも割と名刀なんだぞお!」


 オメガオからもこんなん呼ばわりされた刀に銘は無かった。忘れたのかもともと無いのか、どちらもありそうなオメガオだ。そんな刀はかなり厚重ねに作られており如何にも頑丈そうである。仮に名刀でなくても受け流しを得意とする柳水流の実戦で役立つ事に疑いはなかった。また実家ではたとえ元服しても刀を貰えなかっただろうタイカはその気遣いがうれしく貰った刀を握りしめる。


「ありがとう御座いますッ!」


 深く頭を下げたタイカを見てオメガオは照れくさそうにじゃあなといって街を出ていった。

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