010 魔力検査2

 翌日にタイカは正門前でアヤを待っていた。道場への道すがらトウジへ面会を取りなしてもらおうとの算段である。そのお目当ての人物が珍しく小走りで近寄ってくる。


「おはよう」


「兄様、おはよう御座います」


 いつもとは違い風呂敷に包んだ小荷物を抱えての登場だ。


「どうしたんだ、届け物か?」


「いえ、まあそうですね。兄様宛てです」


 どうやらタイカ宛ての荷物らしい。だがタイカには身に覚えのない荷物を訝しがりながらも表面上は笑顔で対応する。


「そうなんだ、なんだろう。この場で中身をあらためた方がいいのかな?」


「はい。なんでも日波領で魔力測定を受けるための書類と交通費などが入っているそうです」


「……そうなんだ」


 少し嫌な予感がした。魔力測定は既定路線のイベントであるがその荷物が道場へ行く直前に渡されるのはどうなのだろう。帰ってきてからでは駄目だったのだろうか。


 風呂敷を解いていく。中から書類が数枚と旅費が入った茶巾袋が出てきた。風呂敷と茶巾袋をアヤに持ってもらい書類のほうに目を通す。どうやら四日後に日波領の領都にある役場で魔力測定が開かれるようでそれに参加してこいとの事だ。また、移動ルートや役場への地図が添えられており、それを見て厳しい顔になる。今日の正午に街から日波領都へ出発する商隊へ合流して移動するように指示されていた。


「まじか……」


「兄様、もしかして何も聞いてなかったのですか?」


 アヤが驚いた顔で確認してくる。


「ああ、いつ……決まってたんだ?」


わたくしは昨日の朝に伺いました。兄様への言伝は既に頼んだいたと聞いています」


 あまり感情を出さないアヤにしては珍しく怒っている様子だ。


「……仕方ない。もう手違いの原因を探している時間もない、直ぐに準備しないと。届けてくれてありがとうな」


「……いえ。お急ぎ下さい」


 タイカは急いで風呂敷に荷物を詰めなおすと別れを告げて離れに戻っていった。



 タイカは商店街に向けて全力疾走していた。生前から旅をしたことがなく、何が必要なのかわからず準備に時間がかかってしまった。通りを抜けた先には馬車が十台ほど待機しており護衛と思しき冒険者が二人こちらを警戒して見ていた。その集団に手を振る。


「ずいぶんとギリギリでしたね。もう出発しようかと話していた所なんですよ」


 呆れ顔をした商人が嫌味の一つも言ってくる。またその横では商人の娘だろうか同年代の少女もぷりぷりしている。それはそうだろう。出発が遅れれば予定の町までたどり着けないかもしれない。遅れれば護衛二人に払う日当も増えていく。予定を狂わす訳にはいかないだろう。それでもギリギリまで待っていてくれたのは、おそらくこちらの魔力検査をしにいくという事情が伝わっていたからだろう。


「ほんっとうにすいませんでしたッ!」


 誠意を込めた射角九十度のお辞儀である。これには商人達もビックリした。何しろこの街を治める貴族家からの依頼で待っていた人物であったからこれほど素直な謝罪が出てくるとは思ってもみなかった。


「あ、ああ、今後は気をつけてくれればいいんだ」


 馬車はどれも荷物を大量に載せており空きスペースはない。その為、先程の商人シゲオが御者を務める横に相乗りさせていただく形での出発となった。商人を挟んで反対側には娘であるスンリも座っている。


「すごい荷物ですね。商品は米ですか」


 月模領での一番の特産品は符術の媒体だ。しかし、媒体ならこれほど荷物は嵩張らないので米ではないかとあたりをつけた。


「うちは米だけじゃなく味噌やら調味料も含めて食料全般ですね。もっとも少量なら符術の媒体も扱っていますよ。あれは売り手市場なのであればあるだけ高値でさばけますからなあ」


「へえ。そうなんですか?」


 スンリはシゲオの影からひょいと顔をだす。


「そうよー!媒体を作れる符術士はいつも不足しているんだから!」


「そうだね。その辺は君の方が詳しいんじゃないのかね?生産量とかは増やしたりしないのかい?」


 こちらへ探りをいれてくるシゲオである。


「みんな頑張って作ってますよ」


「ははは、やはり秘密ですか!」


「ふん、意外としっかりしているのね」


 秘密なのではなく秘密にされている側のタイカとしてはあいまいにそうですねとしか言えなかった。


 そもそも原本が一般公開されている符術の媒体ならば街で生産されている量の方が圧倒的に上だ。にもかかわらず月模家の生産を聞いてきたという事はやはり秘匿している符術の媒体の方が商人的には稼ぎがいいのだろう。思い返してみると街の魔道具店では一般的な符術の媒体は置かれていても、月模家が生産する符術の媒体は目につく所には置かれていなかった。


「月模家で作ってる媒体って街じゃ見たことないんですけど」


「ああ、威力もそうだけど値段もお高いからね。月模家としては稼ぎ頭の商品は他領に売って外貨を稼ぎたいんじゃないかな。ひょっとしたら窃盗対策で店頭には出してないだけかもしれないけどね」


 そんな話をしていると先頭車両の方から怒鳴り声が聞こえてきた。なんでも獣がでたとか。荷物を積んだ馬車で逃げ切ることは出来ないからか急いで馬車を止めて迎撃態勢をとるように護衛から指示が飛ぶ。


「獣は一匹だ馬車を密集させろッ!戦えねぇ奴は中央に集めておけ!」


 戦闘馬車のほうを伺うと体高1メートルはあろうかという巨大な犬がこちらへ向かっている。生前の記憶にある超大型犬よりもさらに一回り大きいのではないかと思える巨体に顔が引きつる。前衛の護衛はすでに武器を抜いており、弓持ちの護衛は獣に狙いを定めていた。


「タイカ君武器は?」


「大丈夫です」


 オメガオから貰った刀を持ってきていた。シゲオは頷き自身は短槍を準備してスンリを連れて密集した馬車の中央に向かう。最悪の場合は馬車を盾にしながら槍で応戦する構えのようだ。タイカは懐から手ぬぐいを取り出し手汗をぬぐってから刀を腰に差して辺りを見渡す。


(もし馬車の方へ獣が来たら刀じゃ狭くて応戦できないな)


 護衛達の戦闘を見ているとうまく連携が取れているようで、大した被害もなく獣へダメージを与えていた。前衛の男がシールドバッシュを喰らわすと獣は大きくのけぞり、そこへ間髪入れずに矢が飛来する。


ギャウッ


「よし!ナイスだ」


 後ろ足に矢が刺さった獣は唸り声をあげながら後退していくが体を覆う剛毛と分厚い筋肉に阻まれそこまで深く刺さってはなさそうだったが動きは鈍っていた。


 そんな様子にこれはいけるぞと全体の空気が弛緩した所へ横合いの雑木林から同型の二体目が突貫してきた。止めを刺そうと一人突出していた前衛の男はギョッとする。


「チッ!おい!あっちを牽制してくれッ!」


「わかってる!」


 弓持ちは射程外からも矢を射て獣の足を鈍らせていく。


 手負いとはいえ目の前の矢傷を負った獣もまだ油断ならない状況だ。どちらにも対応できるように盾を構えながら後退してみせる前衛に対して手負いの獣が二体目と連携するように襲い掛かかろうとする。いまだ少し距離のあいている二体目よりも手負いの方を先に処理すべきだろうと判断した弓士がとっさに矢を放つが、前衛も同じく手負いの方へ対処に動いてしまっていた。


「くっ!」


 とっさに射線が被さり弓士は狙いを外すもそれに動揺した前衛は防御に追われてしまった。遠目からも護衛二人の焦る様子が見てとれた為か馬車からいくつもの小さな悲鳴があがった。--そこえ。


--印地


 ブオンと空気を切り裂く音と共に打ち出された石ころが二体目の獣の腹を打ちぬく。そこには手ぬぐいの両端を持ち、石を挟んで投石しているタイカの姿があった。柳水流の多様な武器術の一つだ。さらに密集した馬車から体を出して二発目、三発目と投石を続ける。それを厄介に思ったのか二体目の獣がタイカに狙いを変えて突進してくる。


(来たッ!もうやるしかないぞッ!)


 護衛は手一杯であったし、商人達から援護を期待するのも酷であろう。タイカは覚悟を決めて抜刀する。柳水流の攻撃は主に二つ。飛び違いによ斬撃か、受け流しからのカウンターだ。魔力による身体強化を習っていない身としては、あの超大型犬然とした獣に飛びかかろうとは思わない。刀を下段に構え、少し悩んでから腰を落とした。足が居ついて動けなくなるリスクよりも的を小さくして狙いを読みやすくしたかったからだ。


 そして、いよいよ獣が目の前に迫ってきた。

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