011 魔力検査3
十メートル、五メートルと猛スピードで獣が迫り--二メートル手前で獣はタイカの喉元めがけて飛びかかった。下段に構えた刀を獣の前足に添え、自身は斜め後ろに倒れこむようにかち上げる。体重差からか思うように受け流せず、ずしりとした重みが腕に伝わる。歯を食いしばって渾身の力を込めるも完全には上手く受け流せずに地面に叩きつけられた。
本来ならここから刀を返し相手の腹を切り裂く想定だったが、刀を振れなかった。たったの一撃に予期せず全力を込める羽目になったおかげか既に腕は限界を越え痺れて動かなかった。
獣も前足を斬られたせいか上手く着地出来ずに地面に激突しており即座の反撃には至っていなかった。互いに素早く立ち上がり向き合ったところ。
ギャウッ
獣から悲鳴が上がった。獣の背後、馬車の影にいたシゲオから見舞われた槍の一突きが獣の尻の穴へ突き刺さっていた。特に狙ったわけではないのだろうその一突きは的確に急所を貫き内臓までダメージが達していた。即死しなくとも致命傷であることは明らかだった。
「えっ!?」
「フーフーっ!」
恐怖からか呼吸は荒く手も震えてる。それでも商隊や背後で震えている娘のスンリのためか男の意地を見せたシゲオである。
「シゲオさん、助かりました!」
「ああ……ッ!グっ」
獣は槍に刺されたまま暴れており、シゲオは槍を掴んだまま振り回されていた。そんな獣にタイカもシゲオも止めを刺せないでいると最初の獣を仕留めた護衛が突っ込んできた。遠距離武器でないのは近くに護衛対象がいた為か、あるいは獣の状態から一秒を争うような状況ではないと判断しての対応だろう。
護衛の一撃は獣の心臓に突き刺さり、直ぐに動きを止めた。
「大丈夫でしたか!?」
シゲオは槍を手放してへたり込んでいたが怪我はなさそうである。
「は、はい。なんとか無事なようです」
「ああ、よかった!二匹目が出てきたときには絶望しましたよっ!そっちの少年も助かったぜ!」
「……ええ、ち、力になれたならよかったです!」
「私も見直したよ!やるじゃん!」
スンリはニカッと笑いながらいいね!のポーズをしている。
助かったとはいえ実力で窮地を脱したとはいえず、実戦の怖さを思い知る結果となった。そもそも闘うときの立ち位置が悪かった。馬車の荷台を背にしていれば獣もあそこまで速度を出して突っ込んでこなかったかもしれないし下段から勝ちあげた時も荷台にぶつけていればもっと効果的にダメージを与えられたかもしれない。未だに恐怖で震えているも勝ちは勝ちだと、次回につなげていけばいい。そう自らを奮い立たせた。
「あの石礫は見事だったぜ。柳水流かい?」
「そうですね。どこでも使える遠距離攻撃が欲しくて、結構がんばったんですよ」
一転して表情が曇り、特に誇らしげでもなく淡々と答えるものだから護衛もそれ以上は聞けずに話を締める。
「まあはっきりとした目的がある方が腕は伸びるはな!がははは!ところで旦那、あの獣ですが売れる素材は剥いじゃっていいですかね?」
「はい。事前の契約通りにそちらの取り分になりますが、なるべく早くお願いします」
「あいよ」
「あ、解体するところ見ててもいいですか?」
貴族の子弟が獣の解体などするだろうかと疑問には思ったが特に邪魔になる事もないだろう。
「ああ、構わないけど時間もないし説明なんかはしないぜ。それでも良けりゃ勝手にしな」
「はい!ありがとう御座います」
解体中になかなかな褒め上手な一面を見せるタイカに気分よく護衛隊長は解体を進めていった。そんな様子をなにがそんなに楽しいのかスンリは不思議そうに見ていた。解体が終わる頃、丁度馬車のほうも出発出来る準備が整っていた。この獣の襲撃以降、シゲオや護衛達とは気心が知れそれなりに気安く話ができるようになっていたのは幸いだろう。その後は問題もなく三日後に日波領都へ到着した。
◆
タイカが魔力測定に出かけた翌日、不在となったヒラノブの代わり教師役を仰せつかった符術士による勉強会が開かれている。いつもは二台ある作業机の一つをタイカとアヤの二人で利用していたが本日はタイカ不在のため一つの作業机に六人が集合している。これには少年達も満足気である。
「アヤ様もそろそろ勉強が追い付いてこられたでしょう!今後はお互いの為にこちらの席で我々と一緒に学んではいかがですか?」
アヤの隣から嬉々としてそう提案するのはアキトである。既にタイカも含めて全員勉強の進度は変わらず同じ授業内容になっていた。しかし作業机は席が六人分しかなくタイカも含めれば総勢七人の面子である。
「いえ。兄様に教わる事も多いですから」
「我々の方がきちんと教えられますよ。ねえリュウヤ様もそう思いませんか?」
軽やかに躱された事もあり今度はリュウヤを巻き込んでのお誘いだ。だがリュウヤは知っている。タイカはなかなかに地頭が良いらしく符術の勉強もそうだが計算や法律に歴史などあらゆる勉強事において優秀な成績を出し始めていることを。それは転生者であるタイカが座学においてかなりのアドバンテージを持っていた結果である。そんな事もありアヤがタイカから教わる事があるというのはおそらく事実なのだろう、そして目の前の少年がアヤに教えられる事があるのか疑問だった。
もっともアキトの本音は別にあり、そんな理由で提案したのでは無い事を察しているリュウヤである。だがある懸念から別の事に話を逸らす。
「好きにすればいい。それよりもアキト、後で確認したい事がある。勉強が終わった後でいい」
「え……?はい、わかりました」
またしても肩透かしを喰らった格好であった。望んでいた方向に話が進まずに焦れるアキトだったが直ぐに授業が始まったのでおしゃべりタイムは終了した。そして勉強会が終わった後周囲に誰もいない場所にきてアキトに詰問する。
「お前兄上の魔力検査について連絡を止めていたな?」
「い、いえっ!あれはリュウヤ様のためを思って……」
「なぜそれが俺のためになるのだ」
そう言うリュウヤの態度は酷く冷たい。
「……えっと、それはあの、以前よりリュウヤ様が……あの男と影で比べられておりましたので、そう、そんな事は烏滸がましいにも程がありましょう!ですからその意趣がえしですよ!」
どうやらアキトの中でしゃべっている間に点と点が線でつながったようで勢いよく捲し立てる。だが結局は後付けの理由に過ぎない。
「それではお前は俺が兄上に比べられて同等もしくは劣ると考えているのか?そうでなければ優越感に浸ることはあれど危機感など芽生えるはずもないのではないか?」
「そんな事は!私は……ただリュウヤ様の為を思って……」
アキトはなおも食い下がろうとするも手足は震え声もかすれていく。
「ならそんな事は辞めよ。他者を下げるだけの行為など俺のためにならん」
そう言って返事も待たずにリュウヤは歩き出していった。
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