012 魔力検査4

 日波領都の大きな城門を潜ると良く発展した街並みが見えタイカは軽く驚く。月模領では大体二階建てだったのに木製ながらも三階建てや四階建ての建物が多く見られるし、道路は脇道にまでコンクリートで綺麗に舗装されておりその発展ぶりが見て取れた。


 道行く人々も多様でこの世界では人語を解する人種を亜人といい、現在では概ね友好的な関係を結んでおり大きな町では割と見かける。その為か日波の領都ではエルフやドワーフ、獣人にゴブリンといった亜人がそれなりに見られたためタイカは好奇の視線を向けている。


「月模領とは違って結構亜人がおられるんですね」


「ああ、領主のノヴァ様が開放的なお方だからね。いろんな施策をして大分交流が進んできたんですよ」


「ちょっと前までは結構いざこざも起きてて大変だったんだよー!」


「そうですね。でも亜人はそれぞれ人間より優れた長所を持っていますので長い目で見れば発展に欠かせないい存在になりますよ」


 そんな会話をしながら繁華街へ歩いていくと既に辺りはすでに暗くなっていた。


「それでは我々は支店のほうに商品届けてきますのでこれで。明後日の昼前にこちらで合流しましょう。ああそうだ、宿をとるならそこの繁華街を抜けた先にあるヒロシ亭が料理もおいしいのでおすすめですよ。といっても従弟がやっている店なんですがね。こちらの名刺を持っていけば割引されますのでぜひご利用ください」


「はい!帰りもまたよろしくお願いします」


 さらりと業務提携している宿をおすすめされてからシゲオ達と別れた。他に宿のあてもないので利用させてもらう予定だ。


 そんなタイカの足取りは軽かった。いよいよ迫ってきた魔力検査ではあるが魔力回路を持たないタイカとしては既に結果は分かり切っていたし、実家でも自分を日波領へ送り出すのに一人の供も付けていないことからも期待されていない事は明白であった。ならば検査結果など気にするまでもないとの判断である。


 問題なのは結果を報告した後の身の振り方であるが、こちらも既に打てる手はなく後は報告をして泣きつくだけであった。その事だけがタイカの気持ちを落ち込ませていた。


 お勧めされた山田亭までやってくると店内は明るく外から見通しもよく賑わっているのがわかる。いい雰囲気だった。懐も温かい。先日に倒した獣の売却額からほんの少し分け前を頂いていたからだ。


「飲んじゃおうかな」


 未成年だからと言って禁酒するような文化はないため金さえ払えば酒を飲める世界だ。もちろん推奨されてはいないが、景気づけに一杯頂いても罰はあたるまい。また、生前の現代知識をひっぱりだせば、酒は人類の友だという。友は人生を豊かで幸福に彩るものだ。ならばその知識を確認するためにも実戦するしかあるまい。まっとうに生きたいと願って転生した人生だ。その人生を彩るのに躊躇う理由はなかった。


「すいません、本日のおすすめとビールお願いします!」


「あいよー」


 店の中に店員の姿が見えなかったので奥にいるだろう店員に向かって注文すると返事が返ってきた。しばらくするとサラダに焼き鳥、玄米に味噌汁といった料理が運ばれてきた。焼き鳥から漂ってくるタレの甘じょっぱくて香ばしい匂いがたまらない。おもわずかぶりと食いつくとじゅわっと甘い脂が口中に広がりタレの塩味と相まって最高だった。ぐびっとビールを飲めば口内の余計な脂がながされ二口目からも最高の味わいを堪能できた。


(うまいっ!お勧めするだけあるなぁ!)


 料理を楽しんでいると正面の席に冒険者風の若い男が座ってきた。


「なんだよガキが一人で晩酌かよ言い御身分だなーおい!」


「ん?」


 ずいぶんと荒れている様子だった。周りを見ると他にも席は空いているのにわざわざ自分のような子供に相席して絡んでくるとはよっぽどであろう。


「ええ、お酒を飲めば嫌な事も忘れて幸せになれると聞いたことがありまして」


「はーん?なんだおめえも何かあったのか」


 男は何か共感できることがあったのだろう、若干怒気をおさえて同調してくる。


「あったというか、これからあうんですよ。ちょっと気の重い報告をしないといけないんです」


「お、おうそうか・・・。おめえも大変なんだな」


 タイカの心底いやそうな返答に毒気を抜かれた男は、さすがに子供相手に大人げなかったかと思い直した。それでも席を移動するわけではなく自身も注文を済ませて話しかけてくる。


「いやあ悪かったな。俺はブンギってんだ。丁度よ、おめえさんぐらいのガキ相手に鬱憤ためてたんで絡んじまったのさ。これが相手は生意気な貴族のガキでよー。こっちはへいへいと我慢して相手するしかねえ」


「タイカです。……貴族ですか?ひょっとして日波家の関係者ですか?」


 日波家の当主ノヴァは既に高齢で自分と同じくらいの年齢の子供がいるとは聞いていなかった。もしかしたら分家とかのほうだろうかと考えていたがどうやら違うようだ。


「いやーちがう青川あおかわのガキだ」


「青川、ですか?」


 聞いたことのない家名が出てきた。


「俺らは帝都から赤森あかもり領へ帰るとこなんだよ。そこの子爵だよ。なんでも魔力検査を受けるついでに帝都でお披露目ってらしい。ふんっ、さんざん鼻にかけた自慢話を聞かされたうえに俺らを見下してくんだよ!チッ思い出しただけで気分わりい!」


 五家老ほど大きな領都ならば魔力検査は受けられる。にも関わらず帝都で魔力検査とはその自信の程が伺えた。いや自信があったとしてもわざわざ帝都で魔力検査を受けるものなのだろうか?だがそんな所で話を広げても自分が悲しくなるだけなので別の事を聞くことにした。


「大変ですね……。青川領ってどの位の日程になるんです?」


「いや、帰りは青川領じゃねえ。クレタ……いや迷宮都市ラビリンスって言った方が分かりやすいか?あんなのとあと一週間以上も一緒なんてよお」


 その迷宮都市ラビリンスは赤森直営の都市である。自領に直接戻らないは恐らく領主へ報告する義務があるのだろう。


「えっ迷宮都市ラビリンスってそんな遠いんですか?そんな離れてないですよね?」


 以前にピジャン国を知ろうといろいろ調べていた時に地図も見ていたので知っていた。月模領から日波領の大体倍程度の距離だったはずだ。貴族の子弟が乗る馬車だ。まさか移動が遅い商品抱えた商人の馬車ではあるまい。


「でっかい山脈があるからなー。馬車で通れる道なんてねえから迂回すると時間かかるんだよ」


「……なるほど。それはご愁傷様です!」


 もしタイカに魔力があったなら同世代という事もあり今後付き合いがあったかもしれない、そんな相手であったが今の自分には関係ないだろうと完全に他人事だ。


 うまい食事をしながら飲むビールは最高だった。そこに他人の苦労話という肴が提供されればそれも一入だろう。初めてのお酒で気分もよくなりそのまま一時間ほどブンギと会話をしていた。タイカにとっては生前から今生でもこんなに人と会話をするのは初めての経験だったので全てが楽しかった。


 それからしばらくしてだいぶ酔いが回ってきた自覚のあったタイカはブンギと別れて会計を済ませ、寝室へと帰っていった。



 翌日昼近くまで眠っていたタイカはのそりと布団から出てきた。幸いにも二日酔いにはならなかったが、それでも少し頭が重かった。魔力検査は夕方までに役場へ行けば受けられるので時間は余裕があった。


「水浴びしてくるか……。さすがに魔力検査受けに来た奴が、酒臭かったら第一印象最悪だろうからなー」


 検査結果がどういった内容なのか分からなかった。数値だけが記載されるのか、あるいは検査員からの印象なり所感なども含めた評価が記載されるのか。もし後者であるならば、検査員からの第一印象を稼ぐ事で多少なりとも評価の底上げすることは可能であろうとタイカの処世術である。


 タイカはこの数年間で信頼関係は損得の利害関係と好悪の感情、この二つの積み重ねで出来上がっていると感じていた。他人とはお互いにメリットを享受しあえる間でなければ繋がりを保てないのだと。魔力がない事で月模家内で立場を失った自分には分家にメリットを与える力はない。だからこそ分家の子息は自分に対して距離をおいているのだろう。逆にいじめにまで発展しなかったは発覚した際にタイカの父親である当主トウジの勘気に触れることを恐れていたからだ。たとえ嫡子からはずした息子であったとしても、他人にいじめられていたら良い気はしないだろう。その結果がタイカとは関わらない、であったのだ。


 身支度を整えて役場まで来たタイカは受付で魔力検査票を提出した。しばらくすると呼び出されて奥の魔力検査室に案内される。


「失礼します。本日はよろしくお願いします」


「ん?ああ、こちらこそ。直ぐに済むからちょっと待っててください」


 部屋には大型機械が置かれており、メンテナンスをしているき職員の声が裏から聞こえてきた。


「はい。その、機械の調子がわるいんですか?」


「昨日ちょっとありましてね……。まあ大したことじゃありませんから」


 詳細を語るつもりはないのだろう。蓋を閉める音が聞こえ裏から出てきた職員は最後に計器をチェックして満足げに頷いていた。


「おまたせしました。こちらへ座ってこのハンドルを両手で握りしめてください」


 職員に促されて座った椅子はこれまで座ったどの椅子よりもふかっとしていた。魔力検査をするのは貴族か裕福な家庭の子息に限られるため配慮がされているのだろう。そんな所に感心していたらすぐに検査は始まった


「……あれ?おかしいな」


 そんなセリフと共にボタンをいじる職員。そして再度同様のセリフが飛び出し同じようにボタンをいじる音が聞こえてきた。そんな様子になんとなく察しがついたタイカである。


「あの……。多分その結果は正しいと思いますよ。その、自分は魔力量が非常に少ないらしいので……」


 シュンとしながら申し訳なさそうに申告する。実際には少ないどころかゼロである。だが、それを知っているのは自分だけで教えるつもりもなかった。さすがにそこまで異常が発覚してしまうと異端扱いによる迫害や人体実験まで見えてきてしまうと危惧していた。


「いえ、言いにくいのですが魔力が一切検出されていないんですよね。こいつなら例えマウスでも魔力を検出できるんですが、絶対故障だと思うんですよ」


「すみません……本当に俺、魔力が少なくて、その、なんかマウス以下って言われても不思議はないんですよね……」


 せいぜい悲壮感を漂わせてタイカは答える。職員からの同情をかってこれ以上の追及を抑えるとともに検査に多少の色がつけばいいと期待しての作戦だ。前日に機械の調子が悪かったのならば、検査結果に備考欄があるならその事情をぜひ書いておいてもらいたいと切実に思う。


「うーん、そうなんですか。でもさすがにそれは卑下しすぎでしょう。とりあえず今回はこのような結果で書類を作らざるを得ませんが、魔力検査は受けようと思えば再度受けられますので不服ならば再度別の日、あるいは帝都などでも受けられるので考えておいてください」


「はい、ご配慮ありがとうございます」


「検査結果をまとめますので待合室で十分ほど待っていてください」


 検査室をでたタイカはため息をついた。嘘をついて騙しているような気がして心苦しかったのだ。自分にとって少しでも有利な結果になるように演技して印象を操作した。他者とのコミュニケーションに乏しいタイカは未だにそれに慣れていなかった。


「今日も飲んじゃおうかな」


 昨日飲んだビールと焼き鳥の味を思い出しながら待合室で検査結果を待っていた。

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