013 追放1
月模領へ帰還する当日の朝、今度こそは遅れまいと朝食後には宿を出て正門近くで時間をつぶしていたタイカは日波領都の正門前で商隊を待っていた。そこへ向かって五台ほどの馬車が近づいていた。先頭馬車にシゲオと護衛二人がそろって乗っている。
「おはようございます」
「ああ、おはようございます。山田亭をご利用されたようでありがとう御座います」
「ええ、本当に料理がおいしかったですね。ぜひまた利用してみたいです」
ビールと焼き鳥が本当に最高だった。嘘偽りのない感想である。
「そう言っていただけると紹介した甲斐がありますね」
気をよくしたシゲオは笑顔でどうぞと御者をしている隣の席に招く。さっそく馬車に乗り込み日波領から月模領に向けて出発した。
「そういえば今回スンリは来ないんですね」
「ええ、前回獣に襲われたので念のために留守番にしましたよ……」
目頭を押さえながら疲れた表情でそういう。もしかしたらトラウマを抱えておびえているのか、あるいは逆に留守番を嫌がり説得に苦労したのかひと悶着が予想された。
「なるほど。でも滅多に襲われることはないんですよね?」
「もちろんですよ。そうじゃなければ商売できませんよ」
護衛が二人しかいない事からも実際に襲われる事は少ないのだろう。その通りに復路は平和そのもので月模領に無事到着した。
だが、たとえ復路が平和そのものであっても月模家到着後こそが波乱の幕開けであることを知るタイカとしてはいささかも気分は高揚しなかった。既に日は傾いていたが重い足取りで離れにいき、汚れを落として着替えてから本邸へ向かう。
溜息をつきながら本邸の扉を開く。
「只今戻りました。つきましては結果のご報告にあがりたいので当主殿への面会を取りなしていただきたく」
玄関に待機していたメイドさんにそう告げるが、事前に対応を聞かされていたのだろう。
「魔力検査結果をこちらに提出くださいませ。後は私が責任をもって届けさせていただきます」
できれば直接手渡したいタイカであったが有無を言わさない態度のメイドさんである。こちらが一方的に我を通そうとしても迷惑にしかならない上にトウジの心象も悪くするだろうと予想された。
「わかりました……。ではこちらを届けて頂くようお願いします」
◆
トウジは非常に厳しい表情でタイカの魔力検査結果に目を通していた。私室ということもあり既に寝巻に着替え晩酌している。
(魔力の測定値はゼロだと……。だが、前日に魔力測定器は故障していてタイカが検査を行う直前までメンテナンスをしていた、か。この結果では内部的にはなにも変わらんだろうな。だが、事情が伝わっていない外部には一定の説得力には成りうるか……?)
だが、備考欄には機械の故障の懸念があるため再度検査を受ける事を推奨していた。こっそりと自前の魔力測定器である程度の魔力値は予想出来ていたため、再度受けても事態は改善しない事は明白だった。おもむろ二回にわたって最悪な魔力測定結果を披露する羽目になるだけだろう。どうしたものかと悩んでいた寝所から声がかかる。
「結果は出たご様子ですが、いかがでしたか?」
結果はほぼ予想出来ているためか、問いただすカヨの表情は実ににこやかであった。
「想像通りだ。だが、魔力測定器が直前まで故障していたらしい」
「なら納得いくまでやりなおしますか?」
「……いや。不要だ」
少し悩んだ挙句、再度の魔力検査はしない方針とした。
「月模家の名を落としまする。早々に処分いたすべきでしょう」
お前が気にしているのは自分の名声であろうとはトウジの思いだ。だが、その責任の一旦はトウジにもあった。タイカが生まれた直後に魔力検査をした結果、姑を含め幾人かが産後の不安定なカヨに対して
「早まるな。対応はこちらで決める」
難しい状況であった。放っておけばカヨは独自に動くだろう。一時言い聞かせたとしてもすでに抑えがきかなくなっているカヨはいずれタイカに対して害意を向けるはずだ。今までは魔力検査を受けるまではと抑えていたが、今の様子では家にタイカを置いておくと取り返しのつかない事態になる予感がした。また、分家の人間や家臣にも動揺が広がっていてなんらかの対処をする必要に迫られているトウジだった。
(他家へ養子に出すか……?いやダメだ。この魔力測定値では受け入れてくれないだろう。最低でも再度の検査は要求される。検査結果が変わらない以上は大きすぎる貸しを作ってしまう。ならば蟄居させるか……?しかしそれではカヨが害意を抑えるとは思えん。ならばいっそ追放してタイカ自身の才覚に委ねるか…………)
「……月模家の名を取り上げ追放とする。異論は許さん」
暗にカヨに勝手に動くなと釘をさす。
「ええ、ええようございます!」
カヨは喜びを表す。追放後の足取りさえ掴めれば暗殺者を送ることなど容易な事だった。
◆
早朝タイカの寝泊りする離れにメイドが一人やってきた。なんでも朝食後に当主の執務室に来るようにとの事である。何かしらの沙汰がある事は予想できていたので務めて平静に対応する。
「分かりました。直ぐに向かいます」
こうして呼ばれたという事は最悪の暗殺という手段は回避できたのであろう。裏で動くやつはいるかもしれないが月模家が支援しての行動はなくなったのでまずは一安心である。
あとはいくつか予想される沙汰の内容について思考をめぐらすが内情を把握できていない以上は限度があるなと思い直す。まずはトウジからの話を聞いてからでなければいかんともしがたかった。
そうこうしている内にトウジの執務室にたどり着いたタイカはノックしてドアを開ける。部屋の奥にある執務机にトウジ一人だけがいた。
「……来たか。魔力検査結果の件についてだ。決定事項を伝える」
「はい。覚悟はできております。お聞かせ下さい」
覚悟については嘘である。内容次第では逃げ出すだろう。恐らく今の物言いでは現状維持の沙汰はないであろう。ならば追放だろうか?そうであれば良いなと思う。伊達にオメガオの影響は受けていない。自由に出奔できるならそれを楽しむのもいいだろうと考えていた。だが、それ以外だと暗殺や自害、幽閉など耐えがたい予想しか出てこなかった。さすがにそれを受け入れるつもりはない。
「只今より月模の家名を名乗る事は許さん。すぐに準備をはじめ本日中に当家を出ていくように」
ほっ、と安堵する。
「……かしこまりました」
そして辛いですと言わんばかりの鎮痛な面持ちで受諾する。
「一つ確認をさせてください。皆はこの決定に納得しておられるでしょうか?」
トウジも馬鹿ではない。この質問の意図が追放では温いと感じ、さらなる行動におこす人物はいないかを確認している事に察しがついた。
「おおむね納得しておる。だが、カヨは辛いようだ」
やはりかと思いはするが、どうしてもその動機に思いあたる節がない。おそらく面子やプライドといった類に起因するのだろう。それを事前に話し合い解決できなかった事を悲しく思う。
「……そうですか。早急に準備に取り掛かりますので、これで失礼いたします。……それからこれまで育てていただき、ありがとう御座いました」
軽く頭を下げる。
「……これを持って行け」
茶巾袋を机におく。中には旅費が入っておりしばらくの生活には困らない額であった。
「お気遣い感謝いたします」
選別を受け取り部屋を出ていく。それを見送ったトウジは頭を抱え本当にこれでよかったのか自問自答していた。
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