014 追放2

 しかし本日中とは急であった。昨日日波領から帰ったばかりであるから当然着替えなどは本日洗濯する予定であったので持っていく服がないのである。支度金を受け取っているので途中で買ってもいいがあまり無駄遣いはしたくなかった。


 そこへリュウヤが一人、荷物を持ってやってきた。


「家を出るそうですね」


「ああ……そうだね。今までもそうだったけど、今後も月模家をたのむよ」


「こちらを」


 持っていた荷物を渡してきたので受け取った。中身は着替えのようだ。


「数は少ないですが、大荷物を持っていくのも大変でしょう。……最後に選別です」


 これにはぐっと来てしまった。少し距離を置かれているなと感じていただけにこのような気遣いを見せられると自然と涙腺も緩くなってしまう。


「ありがとうなッ……」


 涙をこらえているとリュウヤは更に語る。


「……俺は嫡子となってからいつも兄上と比較されていました。なんでもそうです。お前はもっと月模家にふさわし男でなければならないと。なぜ魔力のない兄上より勉強で後れを取っているのかと。剣術は流派は異なりますが、交流試合などもしたことがありません。止められていたからです。万が一にも負けることがあってはならないからと。そう思われていたんです。……符術でもそうでした。兄上の描く符術は原本とは異なるものも多いですが、どこか見ていてゾッとするようなものも多かった。ヒラノブさんなどはそういったところに目をかけていた気がします」


 えっそうだったのとは素直な思いだ。そんな話は聞いたこともなかったし目に見える範囲でそんな様子も見られなかった。


「兄上は稽古事に着手するのが二年も遅れていたのに、いつの間にか追いつかれ、また引き離したと思ってもすぐ後ろにせまっていた。ずっとそのプレッシャーに耐えてきました。今日それから開放されます」


「……なんていうか、うん……そう」


 しょんぼりしているタイカに向かってふっと笑いかける。


「兄上は周りが言うほど、魔力がなかろうとも無能でないのは俺がよく知っています。……今後張り合いがなくなりますが、どうかご壮健で」


「ああ!この程度なんてことはないさ!……それよりも気を抜いていたらアヤに追い越されちまうぞ。張り合いがなくなるのは早いんじゃないかな?」


「そうですね。でも負けませんよ」


 微笑みながらリュウヤは来た通路を戻っていった。



 正午前には準備が整ったタイカは昼食前に出発するつもりでいた。トウジからカヨの事を聞いていた為、なるべく早くに領外へ出る必要性を感じたからだ。また、街道を通れば追跡も容易であろうし、どこへどうやって行くかと思案する。


コンコン


 離れの扉を叩く音に振り返りどうぞと声をかけた。そこには俯いたアヤが立っていた。目元が少し赤く腫れている気もする。


「……兄様、もう出発されるのですか?」


「……ああ、急にきまってさ、ごめんな碌に話す時間もとれなくて」


 アヤも状況を把握しているのだろう。止めようとはしなかった。


「必要になるかと思い、いくつか符術の媒体をご用意しましたのでお持ちください」


 そういって懐から封に入った媒体を取り出した。受け取ったそれは結構なボリュームがあった。媒体の価値についてはつい先日学んだばかりであるため、これが結構な額になることを知っていた。


 自分のお小遣いから買ったのだろうか?あるいは身体強化も自然と出来ていた妹であるから符術の媒体作成でいまだ習っていない最後の仕上げの魔力込めも出来るのかもしれない。自分で作ったんだろうか。また、符術の媒体を書くために必要な道具一式もそろっていた。


「こんなに……助かるよ」


「いえ、不要なものは道中の路銀に変えてください」


 少しの沈黙の後、アヤから予期しない確認が飛んできた。


「兄様、はじめてお会いした時のことを憶えているでしょうか?」


 妹が生まれるころには既に離れに隔離されていた。その時期は本邸に足を運ぶことを許されていなかったタイカである。必然的に評定のある日しか会う機会はなかった。


「ああ、憶えているよ。評定の後父上にわがままを言った日だろう」


「その前の年、お庭でのことです」


「……」


 少し違ったようだ。これはあれか、散歩中に見かけた時に少し話をしてみようと自分が一方的に話し掛けていた時の事だろう。特に表情を崩さずにリアクション一つ取ってもらえなかったのでまさか憶えているとは思わなかった。


「……もちろん憶えているよ」


「あの時の私は誰も信頼していませんでした。嫉妬や追従、それに独善的な正義心ばかりを目にしていました。そんな時です。兄様は私に他人を信用できないのか……と。でも人はそうゆうものだから自分から関係を改善しようとしなければずっと変わらない、それどころかもっと酷い悪意や無関心に晒されてしまうよと、そう教えてくれました」


 たしかにそういった内容の会話をした記憶はあった。自分が兄だと言ってもアヤからの反応はなく警戒されているのだと思った。だから妹からの信頼と関心を得たくてそのようなことを話していた。


「その時には何も思いませんでしたが、翌年父様にお稽古のお願いをしに行く兄様を見たのです。ご自身を取り巻く環境を変えようとしている様子をみて、その時から兄様は信頼してもいいのだと、今でもそれは変わっておりません。月模の名を名乗れなくても兄様はずっとわたくしの兄様です」


「そうだったのか……。ありがとう、すごくうれしいよ」


 家族や周囲の人間との関係を改善しようと必死になっていた、その結果が今回の追放であった。もしかしたら最悪の結末を回避出来ていたのかもしれないが、それはそれとして目に見えた結果に結びついてはいなかった。だが、確かに実を結んでいたことを知って胸が熱くなる。


 そっとタイカの手を握り宣言する。


わたくしは母のようになりたくはありません。上級魔術士をめざしとう御座います」


 上級魔術士になるためには高等魔術学院に通い上位の成績を残す必要があった。多くとも年に数人しかなることは出来ないがその分権利についても破格であった。いろいろあるが、貴族の制限を受ける必要がなくなる事がある。国でも重要な戦力となる上級魔術士が貴族の利害関係に縛られることを防ぐ目的だ。


 だとするならアヤは月模家を決別する道を歩むのだろうか。あるいは言葉通りに母のように姫として他家に嫁ぐだけの人生はいやだという事だろうか。いずれにしろ、決意の表明であることは間違いない。アヤも変えていこうとしているのだろう。最後にその姿を自分に見せたかったのかもしれない。


「ああ、アヤならなんでも出来るさ!」


 アヤの手を握り返す。

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