052 詐欺の顛末2

 イコマが指紋調査を始めた二日後に赤森家へ結果が報告された。その結果、容疑を掛けられていた商会に所属する人達の指紋が偽の徴発通知書からも検出された事から有罪が確定となり財産は没収され被害者へと補填されることになった。


 ミド達の鍛冶屋にも補填が済んでいたようでタイカが鍛冶屋を訪れるとニコニコ顔のミドが迎えてくれた。


「おっ、よく来たの!上がってくれい!」


 以前訪れた時のガランとした店内と違って回収された武具や魔道具が陳列されていた。


「ちゃんとお店らしくなりましたねえ」


「ガハハッそうじゃろう!まだ休業中だがすぐに商売再開できそうじゃわい。それにしてもお主なかなかやりおるじゃないかッ!本当に解決するとは思わんかったぞい!おーいスウィートワーム、お茶を用意しといてくれい!」


 タイカはキョロキョロと商品を眺めるとその質の良さに感嘆する。


(良かった。腕は良さそうだ。これなら直接いろいろ作ってもらえそうかな)


「おーーーいっ!何しとるんじゃ、はやく来んかい!」


 ミドはとっとと店の奥に引っ込んでおり大きな声が響いてくる。タイカが商品に手を付けるとは思っていないのだろう、そういった性善説的な思考に付け込まれて詐欺にあった事に不安を感じた。


「はいはい。それにしても不用心ですよ。商品盗まれたらどうするんですか?」


 居間に上がったタイカはちゃぶ台を挟んでミドの正面に座ると注意を促した。


「なんじゃ、ワシじゃってちゃんと人を見とるわい!お主はそんな事せんじゃろう?」


「……俺は盗みませんが、店に鍵かけてないじゃないですか」


「ガハハ!そうじゃったッ!!」


 ドワーフは酒を好み陽気で細かい事は気にしない。ミドもそんなドワーフ像まんまであるらしく指摘を受けても施錠しに行く様子はみられずタイカは溜息をついた。そこにスウィートワームがお茶を運んできた。


「……どうゾ」


「ありがとうスウィー。ミドはこんなだから店の命運はスウィーに掛かっているぞ」


「うン……?おレ、がんばル」


 お茶を配るとスウィートワームはタイカとミドの間に着座してお茶をすすった。スウィートワームは人見知りが激しく客が来ても普段ならミドの隣か別室に引っ込んでしまうのでその様子をミドは意外そうに、だが好ましい変化にガハハと笑っていた。


「ところで何か用事があって来たんじゃろい?」


「ああ、そうでした。この前の条件通りに符術媒体を店で売って欲しいんですよ」


 そう言ってタイカは鞄の中から符術媒体を取り出した。先日作った分の半分ほどを売却して残りは自分用にとっていた。


「ふーん。なんか奇妙な模様じゃな。ちゃんと動くんか?」


「失礼な……。ちゃんと確認済みですよ」


 タイカの描く媒体は若干崩した書式になっているので一般的な媒体と比べると独特な特徴が出ていた。しかし回路的にはきちんと設計通りに組まれているので機能は問題なく、むしろ高品質な仕上がりになっていた。


 とはいえミドは符術媒体の専門家ではないので訝しんでいるとスウィートワームが媒体を手に取った。


「大丈夫……ちゃんと動ク」


「ならいいわい!」


 魔道具生成に長けたゴブリン族のスウィートワームには媒体が正しく機能している事が理解できた。ミドもスウィートワームの魔道具への目を信頼しているのか納得した。


「後は魔道具の作成についてなんですけど--」


「--失礼するよ!」


 そんな時に鍛冶屋の入り口から声が聞こえてきた。そのままズカズカと居間まで足音が近づいてくるとテロメアが姿を現した。


「え?テロメアさん、どうしてここに?」


「おや?タイカ君も来ていたのかい?」


「む?誰じゃい?」


「……?」


 その場にいる全員の理解が一瞬置いてけぼりになったがマイペースなテロメアが自身の用件を告げた。


「この前そこにいるタイカ君にこの店でも魔道具を開発しているって聞いてね。それでつい来てしまったよ!」


「ああ、なるほど。そういう事でしたか」


 タイカはテロメアは魔道具の研究をしていると言っていた事を思い出した。


「へえ!綺麗な媒体だねえ!」


 さっそく目の前にある符術媒体に興味を示したテロメアは家主の許可も得ずに居間に上がって空いてる席に座った。


「おい!何勝手に上がっとるんじゃい!」


「不思議な模様の付け方だねぇ。こんな特徴的な作品みたことないよ。でも回路はしっかりしてそうだね!」


 ミドからの怒声になんら構った様子のないテロメアは興味深そうに媒体を眺めまわしている。


「ま、まあまあ。彼女はテロメアさん。学者で先の詐欺を解決する際に色々と協力して頂いたんですよ」


「……ふむ?ならいいわい!」


「ああ、無事に解決したんだね。よかったね!」


 一応話を聞いていたのかテロメアが会話に反応するもその目は媒体に釘付けだった。


「うむ!感謝するぞ!」


「ありがト……」


「気にしないでいいよ!私はほとんど何もしてなかったからね。それにしても子の媒体もそうだけど店頭にあった魔道具もすごい品質が高いね!そこのゴブリン君が作ったのかい?」


「媒体は違ウ……魔道具はそウ……」


「優秀なんだね!今度作ってるところ見学させてよ!」


「ええい!駄目じゃ企業秘密じゃいッ!」


 目を輝かせてグイグイと来るテロメアだったがミドが鬱陶うっとうしそうにする。だが--


「……そんでさっきの話の続きはなんじゃい?」


 ミドはタイカに中断された話の続きを訪ねた。タイカは魔道具の作成について相談しようとしていたがそれは企業秘密には含まれないのかと胡乱うろんげな表情を向けるも……、チラリとテロメアの方に視線を向けて考える。秘密にしたいのは媒体の出所だけで魔道具の伝手という意味ではむしろテロメアを巻き込んだ方がメリットがあるかもしれない。そう考えてこのまま話すことにした。


「……ええ、符術を発動させる魔道具を作って欲しいんですよね。出来れば持ち歩ける大きさがいいんですけど、作れますか?」


 タイカはスウィートワームに確認する。


「……?符術ダレでもつかえルはず……。何に使ウ?」


「実は符術を使うときにも少量だけど魔力がいるみたいなんですよね。でも俺は魔力が少ないから使えない場合があるんです」


「へえ!そんな事もあるんだね。面白そうだし私も協力するよ!」


 予想通りにテロメアが喰い付いてきたのを確認してタイカは内心にんまりとする。


 テロメアはエルフにしては珍しく亜人に忌避感を持っている様子も無かったので大丈夫だろうとスウィートワームにも意思を確認する。


「本当ですか!?ぜひお願いします!スウィーはそれでも大丈夫ですか?」


「うン」


「よかった!それなら協力お願いしますね!」


 それからしばらく魔道具の詳細について要求をまとめて仕様をまとめていった。どうやら簡単な構造で作れるようで直ぐに試作品が出来上がり、無事にタイカでも符術の発動が出来るようになった。



「よし!今日からはオリジナルの符術を開発するぞ!」


 ミド達に符術を発動させる魔道具を開発してもらい機嫌の良いタイカは次の目標を定めた。


『んー。どんな符術をつくるのー?』


 タイカにはあるアイデアがあり、にんまりと笑顔を浮かべた。


 クンマーに魔力を注がれて夜に吠えるもの黒い男の化身を召喚してしまった時の事だが、実はその際に符術媒体に使えそうな回路の知識がわずかだが流れ込んできていたのだ。そこには使用者の精神に影響を及ぼす類の知識が含まれていた。


『いいかい?符術には世の理を捻じ曲げる強力な魔法が多くある。だけど……どれも身体強化や物理現象を伴うものばかりだ。だけどまったく新しい符術を作るための知識が俺にはある』


 タイカは手をクンマーの方に向けた。そして人差し指から薬指までの3本を1つづつ立てて行きながら語って見せる


『精神……脳内物質……心肺強化。--これら三つをコントロールする回路を組み合わせる事でまったく新しい符術を完成させる事が出来るんだ』


『ふむー?』


『つまり……、<酩酊>ドランカーとでも言うべき新機軸の符術を作る事が出来るかもしれないんだ!」


『……?!』


 アルコールには様々な効能がある。例えば理性の座とも言うべき大脳皮質の働きを鈍らせ精神をリラックスさせる効果もあれば、ドーパミンという脳内物質を生成させ幸福感を得ることも可能だ。また、血流を促し体温を上げる効果もある。これらを符術でコントロールする事で酔っぱらった状態を作りだせるのではないかとタイカは考えていた。


『今は何処の国も食料に余剰は少なく嗜好品までは大量に作れる状況じゃあない。完成すれば商機は十分にある……!それに……なによりも思いついてしまったからには試してみたいじゃないか……!』


『……それでこそ一端の符術士なんだ!僕も微力ながら協力するんだー!』


『ああ……!やってやろうぜっ!』


 それからしばらくタイカ達は符術の研究をする日々を送った。だが、いくら研究を重ねても残念な事にこの研究が成功する事なかった。


 --だが、その副産物として似たような効能を持った別の符術が完成する事になる。タイカはしばらく悩んだ末にこの新しい符術の研究成果を危険だと判断して世に出す事はしなかった。


 それからは身体強化や治癒などの一般的な符術媒体を作成してはミドの店で売ったり、迷宮に籠って符術の練度を上げたりしていた。


 たまにブンギやシオンと一緒に冒険に出ることもあったし、赤森家での剣術指導などをする日々を過ごしていった。


 そうしてあっという間に二年の月日が流れていた。

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這い寄る神の異世界転生観察 がくひ @gakuhi-h

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