048 ミド鍛冶屋
迷宮出口で手続きを済ませると規定に従って最低五割の採掘量を納品する。その後に職員へ迷宮内で起きた襲撃事件についての顛末を報告を済ませた。おそらく背格好や人数などの情報がその内に冒険者達へ共有されることになるだろう。その後にタイカ達はミドの経営する武具屋へ移動する運びとなった。大通りからかなり細い道に入り目立たない場所にひっそりとある建物にやってくる。
「さあ遠慮しないで上がってくれ!なんもないがのお!」
ガハハと笑いながら案内する。確かに商品などは置かれておらずガランとした店内だった。奥には鍛冶設備などが見えるが店舗のバックヤードの方にある居間に案内された。
「この店はのう。ワシとスウィートワームの二人で経営しとったんじゃ。武器や防具、それに魔道具の部品などをワシが、魔道具の回路はコヤツが作っておった。それがこの前の巨人騒ぎで商人の騙されてしまっての……」
「何があったんですか?」
「なんでも領主が武具の徴発を行うとかんとかで契約を交わされての。だが内容は普通の売買契約にいつのまにかなっとったんじゃ……」
「その契約書とかありますか?」
「これじゃわい!」
背後の棚から乱雑に取り出した数枚の用紙を受け取って目を通した。
(たしかに普通の売買契約書だな。拇印も押されているから覆せないか……?。でもそれ以前の徴発と書かれた通達書にはサインや拇印なんかは一切ないな……)
「……これお借りしてもいいですか?ちょっと自分でも調べてみたいので」
タイカには少し当てがあった。先日行われた酒宴の際にモエハと定期的に柳水流剣術の指南役としての指名依頼を受ける約束をしていた。そこで領主側で問題を把握しているのか確認してみようとしていた。
「ふん!勝手に持っていけっ!」
ミドは不快で見たくもないからか二つ返事で了承した。
「お茶……イれてきた」
「ありがとう。スウィー」
「む?なんじゃ?」
『……おぉぉん?』
なんでいりなり愛称つけてんだと胡乱な視線をミドとクンマーが送ってくるがタイカは気にした素振りはない。
「だってスウィートワームって長いじゃないですか。だから愛称付けた方が良いかなって」
タイカはニコニコしながらいいでしょうとスウィートワームに了承を迫っていく。
「……イイ」
少し迷った挙句スウィートワームは受け入れた。その表情は分かりずらかったが微笑んでいるようにも見えた。ゴブリンは成人すると親に貰った名前に自分の好きなものを付け足して名前にする風習を持っていた。その為人種からは一般的に名前が長くなる傾向にある。さりとて愛称をつけて読んでもらえるほどゴブリンと仲よくしようとする人種は稀であり今までそのように呼ばれたことはなかった。だから少しスウィートワームは嬉しかった。
「決まりですね!」
「何を決めとったんじゃい……」
ミドは呆れた表情で二人のやり取りを眺めていたし、クンマーはタイカの肩の上でプンスカしている。
「ああ、魔石の分配をしにきたんでしたっけ?とりあえず均等に三分の一でいんじゃないですか?」
適当にいう。どの程度の量が必要になるのかは分からない。だが足りなくなったらまた掘りに行けばいいだけだった。また助けたと言っても黒ずくめの集団との戦闘も避けられている。そこに相場なんてあって無い様なものだったのでお互いに納得できる分配を提示した。
「……お主がそれでいいんならかまわんぞ」
若干の呆れ顔をみせつつも自分達に不利な条件ではない事から了承した。
「構いません。その代わりに条件が二つあります」
やはり裏があったかと警戒する。場合によっては剣呑な雰囲気になるだろう。相手は冒険者なので暴力に訴えられたらミド達に勝ち目はなかった。だがこれまでのやり取りからそこまで警戒している訳ではないものの詐欺にあったばかりという事もあり厳しい視線を送る。
「二つか、結構あるんじゃな……」
「一つ目は魔道具に関して入手や製造の伝手を提供すること。二つ目は符術媒体で仕入れ先を秘匿した状態での販売を行ってもらう。これを約束してもらいたいです」
符術の媒体は売り手市場だ。それを商品として扱えるならば願ってもない条件である。だからこそミドは困惑する。
「一つ目は問題ない。だが二つ目がよく分からんな。どこで仕入れができるんじゃ?」
「それは内緒です。もしかしたら俺の方でそのルートが開拓出来るかもしれない。それが成功したらこちらで販売して欲しいんですけど仕入れ先は黙っていてほしいんです。まだこちらは未定ですけどね」
「ふーん……。符術媒体を販売できるなら願ってもない。約束しよう」
「販売する事になったら一応の口裏は併せておきましょうか。不定期に黒い男が商品を流してくるが正体はわからない……そんな感じでいきましょう」
割と適当であるが複雑にしてもきちんと理解されるとも思えないのでこの程度でいい。そもそもタイカは自分が媒体を作っていると知られなければ問題はなかった。
「わかった」
「ハイ」
一通りの決め事を相談し終えたタイカは魔石を受け取り一旦解散として家路についた。
◆
帰宅した時にはもう夜遅かったので魔石を削る音は響いて騒音被害を出す可能性があった為タイカは作業に必要な道具を机に広げてそのまま布団に入っていった。
翌朝から早速作業に取り掛かかる。ひたすら魔石を削っていき粉にしたものを集める。地味な上に結構な重労働だったためか正午までかかってしまった。
(しんど……。とりあえずインクに混ぜたから大丈夫か?)
『クンマー、魔力おねがい』
『ほーい』
目に見えて前日とは異なるインクの具合に目を見張る。
『おおお!なんかそれっぽくなったな』
『おおお!ほんとだー!』
とりあえず身体強化の媒体を書いてみるが--あっさりと成功した。
あまりに順調で拍子抜けするがこれまでの八年間の積み重ねがあればこその成功だと気を良くするもまだ発動が成功しただけだ。何か不具合はないか、効果はどの程度かをじっくりと検証していく。徒歩から始め小走り、それから素振りを繰り返し行うも問題は無さそうであった。
『上手くいくもんだな!これなら売り捌けるしお金の心配はしなくても良さそうだ。……あとはやっぱり自力で符術を発動させたいんだよなー』
タイカは似たような構造の魔道具を思い出す。照明の魔道具はタイカでも作動させられるので似たような機構を備えれば上手く出来るんじゃないかと当たりをつけていた。そして、その協力者としてミドとスウィーを考えていたタイカだ。
だからこそ迷宮出口まで引率しミドの言う詐欺まがいの行為に首を突っ込もうとしていた。丁度明日、赤森邸で柳水流指導の依頼を受けているのでそこで聞く予定でいる。
『おー。なんか山で使ってたヤツより効果が高そうなんだ!さすが僕!』
『そういわれるとそんな気もするな……時間も三十分くらい続いてたし。さすが俺!』
『?!』
愕然とした表情をタイカに向けながらプルプルと震える。
『冗談だよ。流石クンマーだな』
『……へへっ』
符術の確認を済ませると再度媒体の作成に戻った。未だに十分な魔力が感じられるインクを確認して日が暮れるまで書き続けていった。
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