047 黒ずくめの男達

 ドワーフは背が低くずんぐりとした体形をしているが傍目からも筋肉が隆起しているのが分かるものの武術の経験はないのか立ち振る舞いは素人のそれだった。ゴブリンはドワーフよりもさらに小型な体形でオドオドとした挙動は性格なのだろうか明らかに戦闘に向いていない。


『片方はおっさんじゃ無いじゃん……』


『ほんとだー。顔隠して怯えてたから見えなかったんだー』


『まあ体形は随分違うけど背丈は同じ位だしな』


 薄暗い上に人間への興味が薄いクンマーなら見間違えても不思議はなかった。迷宮都市ラビリンスでは多様な人種がおり亜人であるゴブリンもそれなりに見かける。特に魔道具作成ではゴブリンとしての種族特製が生かされるので質が良い事で有名だった。


 武具ならドワーフ、魔道具ならゴブリンと言われているがその組み合わせでなぜ迷宮に入っっているのだろうか。タイカは疑問に思いつつも目の前のドワーフは敵意がない事を示すためか両手を上げており、ゴブリンの方はドワーフの後ろに隠れてこちらを覗いて見ていた。


 これなら大丈夫かと警戒を解いた。


「なんで隠れていたんだ?」


「む!よくぞ聞いてくれたのう。ワシ等二人で魔石掘りに来とったんじゃがいきなり襲われたんじゃい!黒ずくめのローブ被った奴等じゃ。見んかった?」


 少なくともここまで通り過ぎてきた冒険者パーティにそれらしいのは居なかったはずだ。魔石掘りの場所はタイカも調べてきているので知っている。ここからなら分岐路は多少あるものの大きな通路はここ一本だ。


「いや、見かけなかったな。何人くらいのパーティだったんだ?」


「五人じゃったな」


 タイカはゴブリンの方に目をやると背中のバッグには荷物がいっぱい詰められている。恐らく掘ってきた魔石ではないかと辺りをつけて視線を2人が隠れていた岩陰の脇にある通路の奥に向ける。暗くて何も見えないがタイカには別に魔力が見えている。


『うーん。奥からこっちに走ってくる人達はいるけど……五人かな?』


『そんくらいだねー。結構魔力もおっきい人達だから気をつけるんだー』


『ああ……そうだな』


 そこでタイカはドワーフの方に向き直った。


「…………ふーん。ならちょっと隠れててくれない?」


 通路のずっと奥の方をジッと見つめながらタイカが告げる。ドワーフはなんじゃと同じように通路を見るも何も見えない。困惑するもタイカからの厳しい雰囲気を察して元の場所にゴブリンを引っ張って隠れた。それを見届けてからタイカは通路出口近くまでゆっくりと無警戒に歩いて行った。


 しばらくすると通路の奥から足音が聞こえ--


ヒュンッ


 タイカの目の前にナイフが飛んでくる。だが、全て見えていたタイカは余裕を持ってそのナイフを避ける。その瞬間に通路から来た黒ずくめの集団は容易くナイフを避けて見せたタイカを警戒して一様に足を止めた。


「いきなり酷くないですか?謝罪があるなら聞きますよ」


 タイカは黒ずくめの集団に声を掛けるも反応はない。どちらも既に武器に手をかけている。黒ずくめ集団は未だ通路にいるため密集している。その不利に気付いているのだろうジリジリと前に出てくるが襲い掛かってはこない。恐らくは広場まで出てタイカを囲んで襲いたいのだろう。その意図を把握しているタイカは未だ通路から出てないタイミングで更に声を掛ける。


「さっきの二人組といい何時から迷宮内はこんなに治安が悪くなったのやら」


 迷宮に入るのは都合三度目のタイカだ。その内二回は緊急依頼の時だった。集団移動なので迷宮内の治安状況などまったく知らないがベテランぶって語って見せる。


 だが、相手も思うことがあったのか先頭に立つ一人が足を止めて片手を上げて後方の四人を制した。それに従うように残りの黒ずくめの者達も足を止める。


「……すまないね。我々はまだここにきて日が浅くてね、怪異と誤認してしまったんだ。私達も許してもらえるかな?」


 武器から手を放して黒ずくめの先頭に立つ男はそれとなく探りを入れる。すれ違った者がどうなったのか。


「はぁ、あなた達も初心者ですか。……なら仕方ないですね」


 そのセリフに黒ずくめの男達は前を行く二人組も無事に通り過ぎていったのだろうと判断した。


『たぶんこの街で一番の初心者はタイカだけどなー!』


『うるさいな……』


 余計なちゃちゃが入るものの溜息を吐きつつ許してやると黒ずくめの集団はタイカに警戒しつつも距離を取りながら走り去っていった。



「よかったんですかい?さっきのヤツでも良かったんでは?」


 タイカをやり過ごして後、迷宮内を走っている黒ずくめの集団で最後方を走っている男が不満そうに訊ねた。


「いや。あれはかなり強いよ。勝てはするだろうけど今の段階でこちらに被害は出したくない。それにどうやらあの二人組とすれ違っていたようだからね、そっちに追いつく方が楽でいいだろう?」


「そうね。それに生贄は多い方が良いもの」


 別の女性らしき者が賛同する。


「それにしてもあの巨人のせいで計画が大幅にくるってしまったよ。せっかくの冒険者いけにえが外で大量に死んだり引退してしまいましたからね。もったいない……」


 心底から忌々しそうに吐き捨てる。予期せずに自分達の獲物をかっさらわれた怒りはこの場にいる全員の共通認識なのだろう。


「しかし悪い事ばかりじゃありませんよ。これから失った冒険者を補うために外部から多くの冒険者を呼び込むでしょう。そうしたら管理もザルになって我々も動きやすくなるでしょう」


「……遅れはもう仕方あるまい。怪しまれないように冒険者共の被害を抑えながら計画を進めていくしかなかろう」


「チッ。めんどくせえな」


 多少の口論はあったものの二人組を生贄にする事にみな異論はないようで、黒ずくめの集団はそのまま誰もいない通路の先へ駆けて行った。



「もう出てきていいですよ」


 タイカが声を掛けると岩陰からドワーフとゴブリンがひょっこりと出てきた。


「いやあ助かったわい」


 相変わらずドワーフの後ろに隠れている付いて来るゴブリンにタイカは若干の庇護欲をかき立てられてほっこりするもクンマーからの視線は冷たい。


「まさか助けてくれるとはのう。おぬしひょっとして結構強いのか?」


 ドワーフからの何気ない言葉に動揺してしまう。強くなるために現在奔走しているタイカだ。


「……強くないですよ。でも彼奴らが戦闘を回避するのは何となく分かってましたし」


「そうなのか?」


 なんでそんな事が分かるのかと不思議そうにする。絶対に戦闘になると踏んでいたドワーフだ。


「追われていたのはあなた達でしょう?この先に逃げて行ったことを匂わせれば無駄な戦闘は避けられると思ったんです。それに黒いローブを着ていたって言ってたじゃないですか。顔を隠している可能性が高いですし、それなら目撃者と闘ってまで殺すリスクは取らないと思ったんですよ」


 だが実は二割程は襲われることを想定していた。それでも行動に移したのは目の前の二人が荒事に慣れていない為か隠れていても気配がかなり漏れていたからだ。一緒に隠れてしまえば恐らくだが見つかっていた。そしてまとめて襲われるのは避けられなかっただろう。だからあえてタイカが矢面に立って黒ずくめ集団の気を引いた。それが一番安全だと思ったからこその行動だった。


「なんじゃ小賢しいんじゃのう」


 そういうも別に蔑んだ様子はない。もともと刹那的に生きる傾向のあるドワーフなので素直に関心しているだけだ。そんなドワーフの陰からゴブリンが顔を出す。


「あの、アリ……がとう」


 そういってドワーフの背中に隠れた。そんな可愛らしい姿にほっこりするタイカの頬にはクンマーがジャブを連打していた。


「いいんですよ。困った時はお互い様です。実は俺も魔石を掘りに来たんですけど少し分けてもらってもいいですか?」


「あん?構わんぞ。そうだ名乗ってなかったな。ワシはミド・ミラドルで鍛冶屋じゃ。そんでこっちのゴブリンが魔道具職人のスウィートワームじゃ」


「タイカです。……なんで職人が迷宮に?」


「ワシらは人間に騙されたんじゃッ!そんで店の商品全部取り上げられてしもうて仕方なく魔石を掘りに来たんじゃい!」


「さっきの黒ずくめの人達がそうなんですか?」


「……いや、違うじゃろう。相手は商人だからのう。わざわざ暗殺者を雇ってワシらを殺す理由が無いわい」


 ではあの集団は何だったのだろう。偶然居合わせた人間を襲ってどうしようとしていたのだろうか。ただでさえ先日の巨人事件で冒険者達が命を落としている。そこへ更に迷宮内での人殺しが横行しているとなれば問題だった。とり急ぎ戻って迷宮ギルドへ報告する必要があった。


「……そう。とりあえず戻りましょうか。出口まで送りますよ」

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