043 酒宴2

「お待たせしました!」


「おう、随分とギリギリだったな。楽しみすぎて前日寝れなかったくちか?」


 ニヤニヤとして揶揄からかってくるが、ブンギも随分と楽し気にしている。


「そんな訳ないじゃないですか!」


『!!』


 クンマーはそっぽ向いてソワソワしている。クンマーがまさにそれだったがタイカはその被害者だった。


「ほら。もう時間ないからいくよ」


 そう言ってタイカとブンギの腕を引っ張って入り口に向かっていくシオンも案外楽しみにしているのかもしれない。


 二人とも普段の冒険者の装いとは異なりある程度の正装をしている。ブンギはハンティングジャケットに灰色のスラックスだろうか、シオンは黒いシャツとズボンに白のジャケットを着ていた。


「そういや。お前もそんな上等な服持ってたんだなあ!」


「ああ、最初城門前で着替えてた服だね」


 やはりシオンは迷宮都市ラビリンスに到着した初日の騒動を最初から見ていたようだ。別段今更隠す必要はないだろうとカミングアウトしてくる。


「ええ、そうですね。流石にあの破けた服は処分しましたよ。あのあと冒険者用の服も別に買いましたし」


 流石にいつまでもボロボロの服を着てると思われては堪らないので補足した。


 入り口で招待状を提示して会場に入ってみると既に百五十名程だろうか人が多い。どうやら立食パーティらしく既に料理が並び始めていてどのテーブルにもそれなりに人が集まっていた。どうやらソウチョウも呼ばれていたらしく手前の席で幾人かの冒険者相手に談笑している姿が見える。


 奥のテーブルに行くほど服装が豪奢になっているのは貴族が集団を形成しているのだろう。その境目辺りのテーブルには人が少ない。


「あの貴族ゾーンの境目辺りですかね?」


「そうだね。そこしか空いてないねえ」


「かーー!タイカが遅れるからッ!」


「遅れてませんよ。時間通りです。あと無礼講なのであそこで問題ないじゃないですか」


 タイカの言うように無礼講であったし貴族の方でもわざわざ荒くれ者の冒険者集団に声を掛けてくることはないだろう。仮に問題がありそうなら運営側が対処するはずだ。何しろ本日の主役は冒険者であるはずだからだ。


「あ、あっち側にしようぜ」


 ブンギは隙間の空いているテーブルの中でもさらに奥の方に案内しながら小声で理由を説明する。


『青川の糞ガキがいた』


『ああ、なら仕方ないね』


 シオンは少し眉間にシワを寄せ、ブンギは心底うんざりした表情で一点を見た。そこには青川家のトレードマークである鮮やかな青い色の袴を着用した背の高い少年が見える。


(ふーん。あれが噂の青川家のお坊ちゃんか)


 だがそれ以上の興味はなく直ぐに意識をテーブルの上に移した。


『おおお!ねえ食べていい?いいよね?!』


『いやまだだぞ……もうちょい待つんだ』


『そんなー?!』


 テーブルまで到着するとクンマーが騒ぎ始めたようにその料理の質と量は五家老の面子を保つのに十分なものであった。タイカも飛びつきたい衝動を抑えながらクンマーを窘める。


「ひゅーっ!貴族様はいつもこんな豪華なもの食ってんのかねえ」


「へえ。アタシ達も貴族様と同じ料理なんだねえ」


 ブンギは食事の内容に、シオンは庶民と貴族が同じメニューだった事に驚いている。いずれにせよ予想外に豪勢な内容であることは共通認識であるようで、この場にいる全員が開演はまだかと焦れている。


 冒険者達はみな料理を注視していて気付かなかったが一番奥のテーブル辺りがざわつき始めていた。そこにはモエハがやはり赤森家のトレードマークである赤い色をベースに使った綺麗な着物を着て登場していた。傍らにいるメイドが鐘を鳴らして注目を集める。そこで冒険者達もようやく気付いた。


 タイカも当然気付いて注目しているがその少女がまさか冒険者のモエだとは思わない。可愛らしい女の子だなとは素直な感想だ。


「皆様、お集まりありがとう御座います。今回の騒乱ですが冒険者の皆様には大変なご苦労と成果を上げて頂き赤森家一同が感謝をしております。本日はその証として皆様をお呼びしてささやかでは御座いますが御馳走を振舞わせて頂きたく存じます。それではこれ以上お待たせするのは冒険者様方の意にも反するかと思いますので開演いたしましょう」


 そう言ってモエハは手に持っていたグラスを掲げた。それに倣って各所でも同様のやり取りが起こる。その瞬間にクンマーは料理に顔を突っ込んだ。


『はやいな、おい!バレないように取るから待ってろ……』


 いきなり大皿の料理が消えたら騒動になりそうなので小皿にどんどん取っていく。


「いやあ可愛いお嬢さんだったな!あれが赤森の秘蔵ッ子って噂のお嬢様かな?」


「そうだろうね。あんたじゃ釣り合わないから夢見るんじゃないよ」


 シオンはつんけんとして釘をさした。全く意識していなかったが頭にきたからだ。だが別にブンギを異性として意識している訳ではない。それでも年下の女の子にデレデレしている姿は何故か見たくなかった。


「って、タイカはそっちには全然興味なしかい?食事ばっかりじゃない」


 逆に同世代であろうタイカが料理にしか興味を示していない事には呆れている。だがタイカは興味が無かったわけではない。むしろ好ましい容姿であるのでもっと見ていたかった。だがそうすると人間に興味のないクンマーが大皿を荒らしまわっていくのは簡単に予想できたので仕方なくの行動だ。


「いえ、んぐ。興味はありますよ。んぐ、すごく可愛かったですし」


 行儀が悪いが食べながらの回答だ。飲み込んだらビールを煽る。濃い目の味付けなので凄くお酒に合ってついつい進んでしまう。


「そんなモグモグしながら言われてもねぇ……」


 次の料理に目星をつけていると隣の席にいるハバラキが貴族席にいるマサルと話をしている姿が見えた。ハバラキは庶民だが二級冒険者の試練を受けているだけあって貴族相手も慣れたものだった。服装もちゃんとしたものでタキシードを着ている。隣にいる黄海ヰマサルは黄緑色のディレクターズスーツだ。


 そんな視線を向けていたらマサルがこちらに気が付いたのかハバラキを引き連れてくる。ハバラキはやれやれといった表情でシオンは若干睨んでいるように見えた。


「いよお。坊主はそっち側の人間だったか!ハハハハッ」


「ん?俺ですか?」


 キョロキョロと周囲を確認した後に初対面のはずだが何を言ってるんだとマサルへ視線を向ける。


「あの時はお前気絶してからなあ。偵察中に怪我してぶっ倒れてただろ?その時に会ったんだよ」


「ああ、なるほど。その節はケレンケンを貸して頂きありがとう御座います」


 腑に落ちたタイカはお礼を言ってから更に食事を追加していく。目の前の二人は視線が鋭くクンマーの食事に気付かれそうで怖かったので小皿を食事で盛って隠す必要を感じた。


「随分と食べるんだなあ?その年ならもっと女っ気だせよ。任務で一緒にいたモエとかどうなんだ?」


「どうなんだって言われてもあの任務以降はまったく見かけませんねぇ……」


「なんだ友達とかじゃないのか?何処で知り合ったんだ」


「?何処って任務の前日の説明会ですかね。チーム分けが決まったのは当日です」


「ふーん」


(嘘はいってなさそうだなあ)


 マサルとしてはタイカとモエハがそれなりに信頼関係が築けている様に見えていた。ならば以前からの知り合いでタイカがそそのかして任務に連れて行ったのではないかと多少疑っていた。その確認だ。


「でも今日は来てないみたいですね」


「あーあーそうだなあー。どうしようかなあ」


 マサルはウイスキーを煽りながら悩んでいた。ここでモエハがモエであるとバラしてみても面白いんじゃないかと。酒の肴には丁度いい、そんな事を考えてニヤニヤし始めた。


『この人だいぶ酔っぱらってるな……話が要領を得なくなってるぞ……』


『タイカもよくあんな感じになるよー』


『……』


「マサルもう酔っぱらってんのか?」


 シオンやブンギと話していたハバラキだったがどうやらシオンに追い出されたようで、だが特に困った様子もなくタイカ達の方に話しかけてくる。


「そういうお前は振られちまったなあ?」


 相変わらずニヤニヤしているマサルを悪趣味だなと苦笑する。


「そうだな。ところでお前がインビジブルジャイアントの弱点見つけたんだってなあ。実際あれには助かったぜ、よくやったな」


「いえ、あれは相方だったモエのおかげですので」


「それでもだ。ちゃんと生きて帰って情報を伝えるのは至難だからな」


 事実、偵察本隊は壊滅した。それだけでも目の前の少年の成した事に素直に関心していた。


 そしてタイカは格上冒険者に褒められながら気持ちよさそうにビールを飲んでいる。おだてられて飲むお酒はとても美味しく感じ、こりゃ飲みニューケーションを強要する上司が大量に居た訳だと現代知識を引っ張り出して納得していた。



 開演の挨拶をして最前列のテーブルに戻ってきたモエハはさっそく貴族の子弟数人に囲まれていた。そんな様子をトドロキはイコマに愚痴っている。本日は冒険者メインの酒宴ではあるものの国防局員達は領外の人間であり冒険者同様に慰労対象となっていた。ちなみに冒険者協会職員も数名が慰労対象に選ばれておりダヴーも含まれていたが忙しい事を理由に断りを入れていた。


「まったく!ワシの娘に軽々に声を掛けおって!あ奴等の内の一人でも此度の戦闘に出向いた者がおるとでもいうのかっ!」


 主催者側は気を利かせて貴賓席にイコマを案内してくれたのだろうが前回の青川ユウトお披露目パーティですっかり懲りていた身としてはもう冒険者席の方がよかったと思っている。周囲に居る人達はトドロキの娘贔屓を熟知しているからだろうか生暖かい視線を送りながら近づいくる様子はない。


 だが、貴族でもないイコマが軽々にトドロキの発現に賛同すれば貴族の子弟達を侮辱する事にもなりかねず慎重に会話をしていた。


「なにも仕事は前線ばかりでは御座いませんよ。私もいつも裏方に支えられてばかりですのでそういった人達には感謝するばかりです」


 イコマは別段そんな事は思っていない。なんなら今の自分こそがその裏方だろと思っている。


「……ふんっ。そうだな」


 自分で空になった御猪口に酒を注ぎながら不機嫌にうなずく。トドロキもイコマも貴族の子弟達が裏方作業すらしていない事を知っていた。だがそれをこの場で言わない程度の分別はまだ持っていた。だがそこへ青川ユウトが貴族の子弟を掻き分けてモエハへ挨拶しにいく姿を見つけいよいよ危なくなってきた。


 ユウトは貴族の子弟達を躱して最前列までくると優雅に挨拶をする。


「やあモエハ。今日はお招きありがとう。僕も君に会える事を楽しみにしていたよ」


 ユウトはモエハからの好意を疑っていない。ユウトは非常に整った容姿をしている上に礼儀作法なども厳しく躾けられていたおかげで口を閉じてさえいればその所作は優雅で気品に溢れていた。さらには魔力測定でも赤森領で久々の上級判定を受けている俊英で女子が放っておくわけがない。実際に今も周囲からは黄色い声があがっている。


「え?あ、はい。お久しぶりです」


 ユウトの突然の来訪に一瞬見惚れていたのだろう、モエハは少しキョトンとした表情をしている。ユウトはそう解釈した。


「今日の晴れ着姿も美しいね。前回会った時よりもずっと大人びて見えるよ」


 モエハは顎に指を当てながら前回会ったのはいつだったかな?と考えていた。少なくとも今回の騒動中には一度も目にしていない。赤森家で何度も対策会議はあったし戦力も集めていた。そういった場で会っていないという事だけは思い出された。


「あの、ありがとう御座います」


「そういえばモエハは僕の勇士を見てくれていたかい?」


「えっと……何の事でしょうか?」


 モエハには何の心当たりがない。周囲からも別段話題に上がっていなかった。あるいは帝都で行ったという先日の魔力検査結果の話題を今更しているのだろうか。そんな懐疑の視線をユウトに向ける。


 そんなモエハからの視線を彼女が自分の気を引こうとしているのだろうと勘違いしてユウトは気を良くした。


「ハハハッ!仕方がないなあモエハは。なら教えてあげよう。今回の出陣前に僕が討伐隊に演説を行った話をね」


 勿論そのような客観的事実は存在しない。ただ、領軍の部隊長を集めた作戦会議の中でユウトも後学の為という理由で同席した。そこで最後にユウトは激励という名の自分語りをして同席者一同に白い目を向けられつつも、将来赤森領で要職に就く可能性を考慮して部隊長数名からいくらかのおべっか貰っただけだ。当然ながら一般兵には一切伝わっていない。


 にもかかわらず、ユウトは大仰に手を広げながらモエハに一歩近づくと周囲もわいわいと活気づいた。


「おお!ユウトさんからの演説なんて聞いたら士気もたぎってやばかったでしょうね!」


「えええ!私もユウト君の演説見たかったなぁ!」


「はっ……そういえばっ!討伐隊が城門から出発するとき凄い士気が高くて勢いよく出陣して行ったて聞きました!まさかそれも??」


「そうよう!絶対に間違いないわっ!」


「くっそー!親に止められてなければ俺も討伐隊に参加してたのにな!悔やしいぜ!」


 そんな周囲からの声もありユウトの話はいよいよエスケレートしていく。モエハはそんな話の全体像を把握出来ていたわけではなかったが、おおよその顛末について把握していたので誇張された与太話だという事は判別出来ていた。だが、いつの間にかモエハとユウトの周囲には人垣が出来ていてモエハは抜け出すタイミングを失っていた。


(……どうしましょう。タイカさんを探したかったんですけど、うーん……)


 出欠名簿からタイカ達が酒宴に参加する事は知っていたが人数が多くてまだ見つけられていなかった。だがモエハは社交辞令としていくつかの貴族グループに顔を出す必要もあったので逸る気持ちを抑えて聞き役に徹し始めた。そんな二人の様子を青川タクトは少し離れた位置で満足気に眺めていた。

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