044 酒宴3

 酒宴が始まってそろそろ二時間経とうかという頃、会場内のテーブルは随分と人が入れ替わり特定のグループが出きあがってきていた。傍から見ればモエハとユウトもそんなグループの1つであり、未だにこのグループから抜け出せていないモエハだった。既に話題は移り変わっておりユウトの魔力検査に話題が戻っていた。大部分の人は前回のお披露目パーティで聞いた話であったがその場にいなかったモエハの為に特別に再度披露している形だ。


 だが魔力検査など所詮魔道具の前に立って測ったら終わりである。その魔道具こそ国の専売品で数は少ないが帝都まで行く必要は本来ない。そんな話をアドバイスと称して聞かされているモエハは流石に辟易としておりそろそろ席を立つ理由を本格的に探し始めていた。


 その頃タイカはブンギ、シオン、ハバラキ、マサルといった面子でグループを形成していた。マサルは貴族だったがざっくばらんとした性格でブンギ達もそこまで畏まらずに話せたが、周囲からは赤森領でも屈指の実力者であるマサルにハバラキといった面子は威圧感を与えているらしく誰もタイカ達のいるテーブルに来なかった。


 一通りの料理と酒を堪能したタイカは一息つくもののクンマーからもたらされた報告に視線を鋭くする。


『うぉおおお!タイカーあっちに高そうなお酒があるよ!』


『ほう?』


 クンマーが指さす方向を見ると確かに緑色のガラスボトルに入ったウイスキーがあった。共有スペースに置かれているウイスキーとは銘柄が違っており誰かの私物なのかもしれない。


『あれ飲もーぜ!』


『……うーん、あれ貴族の誰かが持参してきたヤツじゃないか?問題にならないかな』


 酔っぱらっているとはいえまだ理性のあるタイカは迷う。


『でもアレおいしーやつだよ!煙くて潮臭くって癖になるヤツ!ソーダで割るとすっごくおいしいんだー!!』


『なんでそんな事知ってるんだよ……でも、そうか。……ふーん?』


 多少の疑問はあったがその味と香りを想像してしまう。ウイスキーの傍にはアイスバケットで冷やされたソーダボトルも見える。それらをタイカの<鳥瞰>ちょうかんが無駄に的確に教えてくれた。


『……でもそうだな。飲んじゃおうかな』


 今日は無礼講である。ちょっと他人のお酒を拝借したところで大事にはならないだろう。酔っぱらっているとはいえその程度の判断を下せる理性は残っているタイカだ。


 ふらふらと覚束ない足取りでウイスキーのあるテーブルまで一人抜け出して歩いていく。そのテーブルの少し先にはトドロキとイコマが座っていた。


 だがそんな事には目もくれずにテーブルに着いたタイカはさっそくウイスキーをグラスに注いでいく。氷は不要、直ぐに飲み干すからだ。そしてソーダを注ぎ込むとウイスキーと混じりあい炭酸の泡が弾ける。泥炭由来のスモーキーな香りやヨード臭が立ち昇ってきて不思議と爽やかさを感じさせる香りが鼻を刺激する。たしかにこれはソーダ割が合うかもしれないとタイカは感じた。クンマーは既にグラスに頭から突っ込んでいる。タイカはそれを取り除いて一口飲む。


『う、うまいっ!ビールとはまた違ったうまさだな!』


『そうでしょう?!』


 クンマーも得意顔である。そこへ--


「……タイカさん!?」


 父に挨拶をすると言ってユウト達のグループから抜け出してきたモエハがいきなりの再開に驚いた顔をする。これから探そうと考えていたがまだ心の準備が出来ていなかった。


「……ん?」


 モエハの素顔を知らないタイカはなぜ赤森家のご令嬢に名前を呼ばれたのか分からない。


『クンマー、俺この子と知り合いだったっけ?』


『しらね!』


 グラスに頭を突っ込んだクンマーは見もせずに答える。


 そんな様子にいくつかの視線が集まる。トドロキはむくれた表情で値踏みするような視線を、マサルとブンギは好奇の視線を、そしてユウトは怒りと嫉妬の視線を向けていた。そしてイコマはどちらかというとトドロキとタイカの間を交互に視線を向けているし、ハバラキとシオンは悪趣味だと言わんばかりの視線をマサル達に向けていた。


「えっと、赤森家のお嬢様……ですよね?」


「えっ!?」


「えっ?」


 驚きの返事を返されてしまい困惑の表情を浮かべるタイカだ。


「あ、ああ!そうです!そうでした」


「ああ、よかった。まだこちらに来て日が浅いもので何か御無礼がありましたらすみません」


 安堵するものの、何処か懐かしい感じに違和感を覚えた。モエハがいくら冒険者モエの時に顔を隠していたといっても目元は隠せていないし、声も同じだ。なんなら体形や姿勢などでも判別出来ただろう。酔っぱらってさえいなければ……。


「い、いえ!そんな事はありません。むしろお世話になったので感謝をと!」


「あー!もしかして偵察任務で赤森家へ報告した時ですかね?そこで会っていたのかな?」


 それならば納得がいく。赤森家にいる人間ならその時に顔を見られていても不思議はなく弱点発見の報告なので感謝の念も抱くだろう。


 だがモエハの顔は優れない。確かに顔を隠していた自覚はあるし目の前のタイカが酔っぱらっているのも見てわかるがそれでも気付いてほしいと思ってしまった。


 そんな様子をマサルはウイスキーを舐めながらニチャアと気持ちの悪い笑みを浮かべていたが反対側からタイカ達の方へ向かってくるユウトの姿を見つける。ユウトとしては分不相応に酔っぱらった冒険者の一人がモエハに絡み始めたと解釈して善意の行動である。


『おい!ハバラキいけっ!ユウトを止めてこい!』


 小声でハバラキに指示をだすがハバラキの反応は冷たい。


「は?めんどくせえ。自分でやれよ……」


『俺はこっちを見てんの!だから止めてこい!赤森領の未来かかってんだよッ!』


 タイカ達を指さしながらハバラキをの肩を揺するも反応は冷たい。


「知るか。そんな重たいモンを一介の冒険者にゆだねんな」


 我関せずといったハバラキの態度にマサルはいよいよと焦っていく。


「はぁ!?お、お前赤森領があんなクソガキに乗っ取られたらどうすんだ?俺の死活問題だろう!?」


 黄海ヰ家が青川家の下につく事になるならマサルの危機であろうがハバラキには何の関係もなかった。マサルは仕方ないとハバラキの腕を掴んでユウトの元へ向かう。そもそもマサルが出ていくならハバラキを連れる必要がない事に酔ったマサルは気付かなかった。そんな二人の様子を見てブンギはどっちを覗こうかと本気で悩みだすもシオンからの視線は冷たかった。


「え、えーと。あの私です。その……先日まで冒険者として一緒にいた、モエです」


「…………えっ!?モエなの?いや確かに声は同じか。いやでも赤森家のお嬢様が偵察任務に来てるとは思わないからさ……!」


 タイカはアルコールの為か判断が遅れるが、トドロキとしてはモエが変装していた姿とはいえ愛娘に気づかないタイカに理不尽な怒りを覚えて眉間のシワを増やしていた。だがそれでも二人の間に口を挟む事は無かった。


「……んもうっ!それでも、もっと早く気付いてくれてもいいじゃないですか!」


 ようやくいつもの調子に戻った様子にモエハはほっとするのも、タイカは赤森家へ報告しに行った時のモエハの異変に得心した。


「ははは、ごめんな。それで赤森家へ報告しに行く時に様子がおかしかったんだな」


「あはは……そうですね。親には黙って出ていきましたので、さすがにドキドキしました……」


 モエハとしてはさすがに蟄居の原因となった話を父トドロキがすぐ脇にいる中で話すのははなかられたが、タイカの意識は目の前の酒とモエハに向いておりトドロキの存在に気付いていなかった。モエハは若干顔を赤くしながらそっぽ向いて答える姿を不審に思うも酔いが回ってるんだろうと納得した。


「それよりも俺に高い治療薬を使ってくれてたんだろう?ありがとうな!」


 偵察任務で大怪我をしてそれでも今こうして生きているのは間違いなくモエハのおかげだ。未だにお礼を言えていなかったのがずっと引っかかっていた為かすんなり感謝の言葉が出てくる。


「いえっ!助けてもらったのは私の方ですからっ……!」


 モエハは治療薬を持っていただけだ。その治療薬も家から持ち出したに過ぎずモエハ自身の力ではない。それが自覚出来ている為か少ししょんぼりとしてしまう。


「……で、その治療薬の……?アレなんだけど……?弁償が必要ならちょっと時間を下さい!」


 モエハは一瞬理解が追い付かずキョトンとした。モジモジしているから何だろうと思えば弁償出来ないのが言いずらかったらしい事が分かって噴き出した。


「ふふふ。いりませんよ。先ほども言った様に助けてもらったのは私なんです。お互いさまですね?」


 タイカも火波の符術を使っている。その事を何となく察していたモエハだった。


 そんな仲良さげに話しているモエハの姿にイコマは戦々恐々とするが意外にもトドロキはそこまで怒っている様子はなかった。理由は知れないが機嫌が悪くないのなら面倒にならずに済むので黙っていた。そしてこの平和を守る為にもモエハ達の奥で怒り心頭のユウト相手にごちゃごちゃとやり取りしているマサルとハバラキに期待の視線を向けた。



 帰り道、既に日は完全に落ちており闇に包まれていた。


 モエハと再開してしばらく会話していると酒宴が終りモエハ達を含む貴族達は帰路についた。その後は場所だけは開放されていたので余った酒でブンギ達と飲んでいた為すっかり遅くなってしまった。どうやらブンギとシオンはパーティを組んで明日からヨグス迷宮を探索するようだ。タイカも誘われたが断った。身体強化が使えないタイカは体力面での実力不足をこれまでの闘いで痛感していた。


 同じ頃モエハも同様に力不足を痛感していた。その為に高等魔術学院に進む決意をする。高等魔術学院は15才から30才までなら入学資格がある為、来年十五で魔力測定を受けたら受験する事は可能だった。


 だが、今年は領内復興のためにやるべき事が多くその経験は得難いものだろう。ならば再来年の入学を目指して受験の準備を進めていこうと計画を立てていく。それによって奇しくも月模アヤと同じ年での受験となる。


(まずはクンマーに手伝ってもらって符術媒体を作れるか試さないとな。それから……魔道具ももっと知らないと)


 一つずつ課題を洗い出していって対策を考えていく。やる事は沢山あった。だがそれはやろうと思えば出来る事でもあったので苦痛ではなかった。その為にタイカは転生したのだから。


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第一章 了

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