第二章 迷宮

045 研究

 まだ日も明るい内からタイカは室内に籠って作業をしている。その部屋の中には様々な道具が乱雑に散らばっていた。片づけていないのは道具の取りやすさを考慮しての事、などでは当然ない。単に片づけてくれる人がいないからだ。


 この部屋は宿屋の一室ではない。秘匿性の高い符術媒体の原本や作業内容を隠すためにまたこれから売りさばく予定の媒体の出所を掴まれないように拠点を宿から貸し小屋に移していた。その為、片づけや洗濯もすべて自分でやる必要があっただけだ。


『よし!とりあえず準備は出来た。お試しに一枚媒体を書いて魔力込め出来るかやってみるか』


『おまかせあれっ!』


 そういうとクンマーはインクに魔力を注ぎ込んだ。インクが青白く明滅しているようにタイカには見えている。


『おおお。これで媒体を描けば符術が発動できるようになるのか?』


『たぶんそうなんじゃないかなー?』


「……えっ?」


 思わずに素で声に出して聞き返してしまう。不穏な言動にクンマーに視線を向けるも既に自分の仕事はやり切ったと言わんばかりにタイカの肩の上で寝そべっている。


「たぶんってどうゆう事?」


『おん?だって僕は媒体作ったことないからなー。前にこっそり覗いてみた時にはインクに魔力が注がれてたよ。それをどうするのかは知らねー!』


『……そうか。その辺は自分で研究するしかないのか。まあ手段は手に入ったんだし後はトライアンドエラーで試していくしかないか』


 幸いタイカは魔力が見えるので試してみる中で視覚的に失敗作と成功作を判別する事が出来る。大きなアドバンテージではあるがそもそもやり方を知っていれば不要な作業でもあった。


 媒体一枚作って失敗したとしてもその原因が熟練不足によるミスなのかやり方自体が謝っているのかを判別出来ないのでとりあえずは書けるだけ書こうとペンと作図用の道具を手に取って書き始めた。


 だが媒体を書き始めて1時間も経過するとインクの魔力が減っているのに気が付く。既に二枚目の媒体作成に取り掛かっていた所だ。


『あれ?クンマー、もう一回インクに魔力入れてくれないか』


『んー?もう使い切ったの?』


 クンマーは目を擦りながら周囲を見渡す。インクを使い切ったのならもう日が暮れていてもおかしくないはずだ。ならば食事時なのではないかと思っての行動だ。


 だが、まだ日が昇っている事を確認してからインクに視線を送る。


『いや、魔力が漏れてるのかな……?』


 タイカなりの推測を口にする。


『……ほんとだ。やっぱり魔力の定着率が悪い素材だとこんなもんなんだ』


『定着率?それなら符術士みんなずっと魔力注ぎながら書いてるってことか?』


『んーそれでも書いた後に媒体から魔力抜けちゃうんじゃないかなー。知らんけど』


『……その辺から確認が必要か』


 ならば確認するかと最初に作成した媒体を取り出すと既に魔力は薄っすらとか視認できなかった。アヤに貰った最後の一枚の火波は今でも媒体から魔力を視認出来ている。これは明らかに魔力込めに失敗しているのだろうと思い、ため息が漏れた。


『……そんなに上手くいくとは思ってなかったがやっぱり厳しいな』


 これはもう媒体を書く技量以前の問題だろうと一旦作業を中止にした。思えばヒラノブに符術媒体の書き方を習っていた時の道具はあれで全てだったのかも怪しい。魔力を込めないならばその為の材料も必要ないので持ってきていなかったのではないだろうか。ならインクの材料が不完全な可能性があった。


(うーん。インビジブルジャイアント絡みの依頼で金銭にまだ余裕はある。しばらくは生活に困る事はないけど……いつ成功するか分からないし足りない材料代がいくらかかるかも分からない。あんまり時間掛けたくないなあ。……まずは図書館で調べるか)


 五家老である赤森家の領都でもある迷宮都市ラビリンスは当然だが大きい。図書館なども有料だが備わっていた。


『よしっ!今日は作業はやめて図書館に行くぞ!』


『そっかー。なら寝てるね』


 そのまま肩の上でまたイビキをかき始めたがタイカはそんなものには目もくれずに家から出ていく。既に図書館の位置は把握していた。街の中央にあるイチョウ並木の広場までいくと冒険者協会ほどではないが4階建ての大きな建物が見えてくる。そこが図書館だった。


 さっそく入場料を払って入館すると人はまばらで少ない。やはり紙がそこそこ高価であるし印刷技術はあるものの活版印刷なので性能は高くない。そうした背景もあり入場料がそこそこ高いので利用者は多くないのだろう。しかしそれだけの価値はあり多くの本が整然と並んでいる。


 そんな中からタイカは符術関連を探すが種類や利用方法ばかりで媒体を作る為の技術書は見当たらなかった。


(やっぱり秘匿されているのかなあ……)


 ならばと今度は魔道具関連に足を向ける。もちろん魔道具自体も興味はあったし調査する必要性を感じてはいた。だが、今は符術だ。魔道具にも符術の様な模様を書くし魔力を通す回路も備わっている。ならば同じような技術でインクに魔力を保持させられないかと考えての事だった。


 いくつか見繕って近くの机にまとめて持っていくと斜め読みしながら関係ありそうな記述を探していく。さも当然のように大量の本に目を向けていくタイカだが、これは生前にインターネットで多くのサイトから情報を探すために自然と身についた技術だった。この時代では本を読むのにも金銭を取られるし、大量の本に接する機会がそもそも少ない。だからだろう、そんなタイカの姿に目を向ける人物がいた。


「やあ。すごい読み方をしているね。いったい何をしているんだい?」


「えっ?」


 本を漁る事に集中していたタイカは声を掛けられるまで人の接近に気付かずにすっとんきょうな声を上げると後ろから覗き込んでくる人物を振り返った。そこには綺麗なエルフの女性がいた。目が悪いのか丸い大きな眼鏡をかけているがエルフらしいスレンダーな体形をしている。またエルフは長命なためか見た目から歳は想像しずらいが二十歳前後だろうか。


「……えっと、すみません。ひょっとして読みたい本がこの中にありましたか?それなら直ぐに戻してきますが……」


「ああ、違うよ。ただ凄い勢いで魔道具関連の本を読んでいただろう。君も技術者なのかと思って声を掛けさせてもらったんだよ」


 そういうエルフの女性は相変わらず本の方へ視線を向けているが無防備なのか背後から覗き込んでいる顔は息がかかる程近い。そんな状況にタイカはドキドキしていた。


 だが、どうやらエルフの女性は魔道具関係の技術者らしいのでもしかしたら有益な情報を聞きだせるかもしれないと気を引き締める。


「……自分は技術者では、ないですね。でも気になる事があって調べていたんですよ。今の所は全て空振りでしたけど」


「へえ!技術者でもないのにこんなに調べるんだねえ!何が知りたかったんだい?こう見えても私は魔道具には少し詳しいんだよ。ああ、そういえば自己紹介もしていなかったね、私はテロメア。魔道具が好きでエルフの里を抜け出してきてこっちで研究しているのさ」


 意外にも魔道具の研究者だった。この手のものは人間やゴブリンが得意としている領域だったので意外に思うも、だからこそ里を飛び出してきたのかもしれない。しかし思ってもみない所で魔道具の研究者と知り合えたので当たり障りないように尋ねる事にした。


「タイカです。自分は冒険者……ですかね。仕事柄か符術や魔道具はよく使うんですけど稀に壊れて動かなくることがあって……それで調べると模様に欠けている部分があったんですよね。それを自分で直せないかなって思ったんです」


 符術媒体を作ろうとしている事は秘密にしている。なので修理を目的にしている事でお目当ての情報を引き出そうとした。


「こういっては失礼かもしれないけど冒険者がそんな事を考えて図書館にくるなんて意外だね!でも、それについてなら私から教えられる事もありそうだよ」


 そういってタイカの横の椅子を引いて座る。どうやら机の上に散らばった本は全て把握しているのだろう、その中から一冊の本を引っ張り出してページをめくり始めた。


「あったあった。この本は魔道具のノウハウについて記載されているんだがね、故障時の対処方法についてもいくつか書かれているのだよ。タイカ君もさらっと目を通していたようだけど手記をまとめただけの本だから分かりずらかったんだね」


「へえ!見せてもらっていいですか!?」


「もちろんさ!」


 まさか即座に回答があるとは思っていなかったので驚いて身を乗り出してしまうがテロメアは特に気を悪くした様子もなく本を差し出す。


 テロメアから受け取った本を読み始めると確かに記載されている。ページとページの間に差し込まれるように記載されたそれは非常に見つけづらい。おそらく元は製本化する予定のない技術者の手記だったからなのだろう。現代の本と異なり、書式や構成もバラバラで文字も汚いものが多いためタイカにとっては読みづらく斜め読み程度では見逃していたようだ。


 じっくりと読み進めると叩いたら直ったというものから魔力の導線となる回路の修復方法などが記載されていた。


「ふーん。砕いた魔石を鉛に溶かして溶接するのか……」


「おお。叩いたら直るに飛びつかないのは流石だね。経験済みだったのかい?」


 たしかにいくつかある対処法の最初にそう書かれてあった。タイカの現代知識に照らし合わせればそれが正しい処置だとわかるも媒体作成には役立ちそうにないと判断してスルーした結果だ。


「…………そんな感じです。魔石ってどこで売っているんでしょう?」


「魔道具屋にいけばあるよ。でも冒険者ならヨグス迷宮から取ってきた方が安上がりだろうね」


 迷宮産の資源なら安い事はないだろう。限りある予算を無駄に使うわけにもいかないタイカは判断に迫られる。


「迷宮からもとれるのか。……よし!取りに行ってみるか!テロメアさんありがとう御座いました」


 そういって席を立つタイカをみてテロメアは驚いた。


「どう致しまして。でも今から行くのかい?」


「ええ、迷宮内は時間の流れが違いますからね。夜に行っても問題はないですよ。早く魔石取って試したいですからね!」


「そうかい!それなら気を付けていくんだよ!」


「はい。色々教えてくれてありがとう御座いました!」


「じゃあね」


 テロメアは終始ニコニコしていた。テロメアは元々閉鎖的で自然のままを良しとするエルフの里で生まれ育った。そんな中で旅の行商人がたまたま持ってきた魔道具に心奪われた。それはなんてことのない照明の魔道具だったが夜暗くなったら眠るだけの生活が一変した。それ以来魔道具は手あたり次第に見て触って可能ならば分解して遊ぶ毎日だった。


 いつしかテロメアにとっての魔道具は生活を便利にするだけではない、今まで不可能だった事を可能にし、これからの文明の発展に欠かせない存在だと確信するに至り、勉強を続けて学者になった。だがまだまだ極一部の人達しか扱えない高度な道具であり、開発や研究する事に興味を示すものは少ない。


 だからだろう冒険者でありながら魔道具に強い興味を示して積極的に調べているタイカの事を好意的な目で見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る