020 迷宮都市

「はあ、でかいな……」


 タイカは城壁を見上げながら感心していた。やはりこの街が迷宮都市ラビリンスであるようで街を囲うような城壁はコンクリート製で今まで見たどの城壁よりも高い。過去には迷宮から産出される素材目当てに他国からの侵略もあったようだ。また魔獣の被害が多い事もある。なにしろ赤森領の北には人跡未踏の魔の森が広がっている。この大陸の一割を締めようかという広さで今回タイカが通ってきたレアドゥリア山脈など比べるべくもない危険度だ。


 街へ入るため城門から続く列にならんでいると身分証明書がない事に気付いた。以前に日波領都に入った際は月模家から証明書が発行されていた。だが今は追放された身の上なので当然そんなものはない。


 金さえ払えば入れるというわけでもない。どうしたものかと思っていると城壁のの城壁にずらっとテントが立っている。その奥の方には木造のあばら家が建てられており住民の様子からもスラム然とした雰囲気を感じる。


 前に並んでいる商人に訊ねてみた。


「ここに来るのは初めてなのですが、あちらの人達はどうしたんでしょうか?」


「ん?ああ、浅葱村から来た避難民だな。この前モンスターに襲われたらしくってなぁ。村は壊滅だってよ」


「モンスターですか!?討伐はされたんでしょうか?」


「いんやまだだ。これから討伐隊が出すらしいがなぁ」


「そうでしたか。大変な時期にきちゃいましたねぇ」


「まぁトドロキ様がいれば大丈夫だろう!」


 かなり大変な状況になっているようで避難民などの対処もあり門番たちもピリピリしている様子であり、まさかすんなり通れるとは思えない。だが、逆にチャンスは広がりそうだ。避難民に紛れて食料や仕事を求める形で侵入を果たしてもいいし、スラム街から通るルートを探してもいいだろう。


『よし!避難民キャンプに行こう』


『それなら昨日までの汚いタイカの方がよかったねー』


『……まぁそうだな。ボロボロの服は持ってるから着替えてから行ってみよう』


 事前に汚れを落として来たとはいえ、レアドゥリア山脈越えの疲労や少ない食事で体は痩せこけており、ボロボロの服と相まって見事に避難民に化けていた。いや、家を追放され流れてきたのでまさしく純度100%の避難民であった。


『よーし!これでタイカも避難民だー!』


『いや、避難民だけどさ。なんで良しなんだよ……』


 苦笑しながら避難民キャンプの方へ歩いていくと囲まれている気配に気付く。


『あれ、もう気付かれてる。同じ村の住人同士って話だったから顔でバレたのか?』


『かもねーあとは荷物背負ってるのもあるよー』


『ああ、そうだったな。……後ろに五人、前から二人かな』


『うむー』


 キャンプ地の奥へと入り衛兵からも見えない位置だ。もういいと思ったのか隠す気が無くなった連中はあからさまに囲んでくる。各々が棒やらナイフで武装していた。まさか話だけで済むような雰囲気ではない。


「あの、通してもらえませんか?」


「駄目だね。兄ちゃん何者だい?さっき変装してから来ただろう』


『ひょーー着替え見られてただけだったー!』


 ケラケラとクンマーに笑われてしまう。まさかの初歩的なミスだった。距離があるからいいやと思っていたが、あちらからも見られていたようだ。そりゃ変装してからやってきたら友好的とは思われまい。その結果が今であるなら完全に自業自得だ。


「あー、すいません。一張羅だったので汚したくなかったんです。旅をしていて身分証も持っていないのでこちらから入れないかなーと」


「そんな話を信用しろってのかい」


 既に<鳥瞰>ちょうかんで周囲を伺っていたタイカには後ろにいる二人が棒を振り上げているのが見えていた。振り下ろすまで待ってタイミングを測って躱す。攻撃の意思はないのでひたすら回避に専念する。素人の攻撃ならすでに問題にならない程に腕を上げていた。対人ではいつも師範代やアヤなど格上を相手にすることが多く翻弄される側であった為か少し楽しくなってきてしまう。


『ほーん。まあまあやるじゃん』


『なんでお前が上から目線なんだよ……』


 ナイフを所持していた男が振りかぶる。このまま躱すと後ろにいる男にもあたりそうだ。


「こいつちょこまかと!馬鹿にしやがって!」


 どう対処しようかと迷っていると外から声がかかった。


「止めな!みんな何やってんだい!」


 その声に男達はピタリと手を止めた。振り向くと二十才くらいだろうか、髪をポニーテールにしており冒険者が好む活動しやすそうな服を着ていた女性がいた。どうやら声の主のほうが上位者であるらしい。とはいえ、男達は警戒心はといておらず油断なく構えていた。


「姐さん!でもこいつは!」


「口答えするんじゃないよ!こいつは手を出してこなかっただろう!すまなかったね。攻撃するつもりが無さそうだったんで止めさせてもらったよ。ところで今更だけど事情を聞いてもいいかい?ああ、そうだ名乗ってなかったね。アタシはシオンだよ」


「タイカだ。ええと、俺はここら辺の人間じゃなくて旅をしてきたんだけど身分証もないし街に入れる雰囲気じゃなくってね。それでこっちから入れないものかと考えてたんだ。こっちも怪しい行動をしていたみたいですまなかった」


『ほんとにねー!』


『……』


 クンマーが茶々をいれてくるが黙殺して目の前にいるシオンに注意を向ける。非常に協力的な態度であるが、まさか本当にそうだとは思わない。こちらに攻撃の意思がない事を理解していたことからも結構前から見ていたんだろう。なんならタイカの真意を測るためにこいつ等を仕掛けた黒幕まであり得ると考えていた。


「こっちもピリピリしていてね。お互いに誤解があったんだろうね。矛を収めて話をしないかい?もしかしたら手を貸せるかもしれないよ」


 そういって付いて来いと一軒の木造家に先導していった。

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