021 冒険者登録1
「
「そうだ」
その場しのぎで都市内に入ったところでいずれは見つかるし職を探すことも出来ないだろう。また、都市外に出てしまったらまた不法侵入しなければならない。そんな面倒をしたいわけではなかった。今ならば都市側から避難民に対する救済処置がだされるはずだ。そこには炊き出し以外にも雑用やらの働き口が含まれていると期待している。それに申請することが出来れば合法的に都市内にも入れるのではないかと考えていた。
「私達の伝手を使えば紹介してあげる事も可能だよ。でも
「そうだろうね。どんな条件か聞かせて欲しい」
「いいよ。その前にこのあたりの状況は把握出来てるかい?」
「いや、今日赤森領に入ったばかりでまったく知らない。城門前でモンスターが出たってのを聞いただけだ」
「一週間前の事だ。この北東にある青川領の浅葱村に突然モンスターが現れたんだ。体長は30メートル程もある化け物さ。村は壊滅。村人は散り散りになって逃げた。ここはそんな避難民が集まったキャンプ地ってわけさ。アタシは浅葱村出身だったからね、ここで地元民の助けをしているんだ。そんで手伝ってもらいたい事はアタシの冒険者がらみの仕事さ」
青川、たしか日波領都の宿屋で聞いた家名だった。そして襲われた浅葱村はどうやら青川領のようだ。そうすると別の疑問が浮かんでくる。
「ふーん、なんで青川領じゃなくて赤森領の
シオンは苦々しげに吐き捨てる。
「頼りにならないのさ!」
赤森としてはいい迷惑であろう。だが、赤森家としては寄子である青川で起きた問題を放置することは出来ない。避難民達はそこをついての行動であったらしい。領主の面子を立てるより自分達の生活を優先するのは当然だろう。特にここ数日間の逃避行でまともな生活が出来ていないタイカとしてはひもじい生活の辛さが身に染みている。
「それなら仕方ないですね。それで仕事っていうのは?」
「ああ、モンスターの討伐隊が組まれたんだけど人数が多いからね。補給とかも必要なんだけどモンスターの居場所を見失ったらしいんだ。だから討伐隊を動かす前に偵察を放ってモンスターの位置を特定したいらしい。その仕事が冒険者協会に依頼されたんだよ。戦闘はないけど危険な仕事さ。でもあんたのさっきの動きなら大丈夫だろ?」
「体長30メートルって……。その大きさだと足跡も残るだろう?見失うなんてあるんですか」
「そう思うんだけどね、実際に消えたんだよ」
30メートルだと大体ビルの十階くらいだろう。居ればすぐに見つかるはずだ。
「その仕事が成功すれば伝手を紹介してくれるのか?」
「そうだ。と言いたいが、依頼を受けるには冒険者協会に登録する必要がある。それが身分証の代わりになるよ」
なるほど。成功報酬ではないらしい。タイカとしては約束を反故にされるリスクがないので願ってもない条件だろう。だが、その分危険なのではないだろうか。身分証を手に入れたはいいが分不相応な依頼で死ぬのは避けたい。
「危険度がどの程度か知りたい」
「さっきも言ったように戦闘はないよ。遠くからでも見つかるようなデカ物を発見して戻るだけ。調査範囲も四級冒険者が入れるような場所だよ」
そもそも冒険者協会に登録すると身分証になるのは近隣諸国が参加している対魔獣・モンスター連盟が設立した組織で国が後ろ盾になっているからだ。その為、冒険者協会に所属していれば連盟参加国では身分証として利用することも可能になっている。その分、訳ありな者達が手っ取り早く身分証を用意するのに広く使われていた過去があり今はある程度制限がかかっている。だからこそ協会への伝手が報酬になるのだが……。その冒険者協会の定めるランクは五級から一級までの五段階である。五級は初心者であり、四級は一般的なランクでもっとも人数が多い。三級はベテラン扱いとなり、二級からは他者への指導や冒険者チームの指揮まで含まれるエリートの扱いである。一級はそんな冒険者達の頂点で突出した実績がなければ到達できない。
その四級冒険者が活動可能なエリアならば危険は少ないだろう。たしかレアドゥリア山脈も四級指定ではなかっただろうか。だが、街に甚大な被害が出ると判断された場合には協会側から強制依頼が掛けられる場合があった。今回の場合でいえばモンスターに村が壊滅させられている。
「その偵察任務の後にモンスター討伐の強制依頼が出るんじゃないか?」
「そこまでは知らないよ。私が保証できるのは任務を受けるなら避難民の雇用対策枠から協会に紹介できるってところまでだよ」
月模家から追放されたタイカにとって身分証を得られる手段は限られていた。現状で手持ちの現金が少なく稼ぐ手段も無いのである。クンマーの協力があれば符術媒体を作れるようになる可能性はあったが確証はない。しかし今を逃せば偵察任務は流れて冒険者協会への伝手を失うだろう。そう考えると軽々には決められない。
『ねー話ながいよー。はやくお酒買いにいこー』
「わかった。引き受けよう」
しばらく
◆
赤森家の屋敷では立食パーティが開かれていた。青川家の嫡男ユウトが帝都での魔力検査から帰還したのだ。そのユウトは上級、その中でも中位に属する魔力量をもつと判定された。五家老である赤森領内の子弟から久々の上級判定のためお披露目となったのである。壇上の方では青川家の当主タクトが今回の主役であるユウトの肩を抱きながら周囲へ自慢している姿がある。
そんな姿を遠くから眺める壮年の男がいた。赤森家の当主トドロキである。ゆったりとした和服の上からでも分かる程筋肉が隆起している。トドロキはつまらなそうに酒を煽っていたが隣にいる男に話しかけられた。
「声をかけてあげないのですか?」
「ふんっ、なんでワシから話しかけねばならないんじゃ?」
そもそもモンスターの襲撃により壊滅した村は青川領にある浅葱村だ。それなのにパーティを開く余裕がなぜあるのか。そんなだから
不機嫌な様子であるトドロキを困った顔で応対しているのはイコマだった。国防局も今回のモンスターには注目していた。なにしろ巨体を誇るモンスターは魔力量も当然多いのだが今回は広域警報装置が反応しなかったのだ。またその被害の大きさからもかなり力を入れて調査に乗り出していた。そこでイコマを含めて十名ほどの調査員が派遣されてきた形である。国防局の調査員ともなれば最低でも三級冒険者相当であるためトドロキの方でも貴重な戦力としてカウントしておりその為パーティへも招待されていた。
「おや、お気に召しませんか?聞くところによると青川家はユウト君の婚約相手にモエハ嬢を望んでいるとか」
さらに不機嫌さが増していくトドロキを見て地雷だったかと後悔した。一般的には優秀な魔力を持つ子弟と婚姻関係を結ぶことが貴族の常識であった。その為、大抵のケースでは良縁とされ喜ばれていたはずだ。そのために放ったおべっかである。
「あ、いえ、モエハ嬢の才能を考えればまだまだ足りないでしょうけど。ええ」
打って変わって機嫌を良くしていくトドロキに今度は当たりだと胸をなでおろす。
「ふん、当たり前じゃ。どんなに魔力量があろうと何も成していないガキにモエハを渡せるものか!」
「器量良し、人格良し、魔力良しと聞いています。先の楽しみなお嬢様ですね」
「ああ、この前もワシの執務中に気を利かせてくれてお茶を入れてくれなどしてな--」
適当に相槌を打って機嫌よくトドロキに話をさせている。大分つかんできたイコマである。このまま適当に食事や酒を楽しみながら時間を潰そうとしていた。
そんな二人に近づいてくる者達がいた。当パーティの主役とされる青川親子である。イコマ的には完全にアウトな状況だ。既にトドロキの顔からは先程までモエハ嬢についての嬉々として語っていたあの笑顔はない。
青川親子がトドロキから不興を買ったとしてもイコマにはどうでもいい話だったが、その後にトドロキと二人でおしゃべりするのは面倒以外の何物でもない。
「長々とトドロキ様を独占しすぎた様です。楽しいお時間でしたが私はこれで席を外させて頂きましょう」
席を立ちあがったイコマだったが呼び止められてしまう。
「おや、こちらのお方は?よければご一緒に息子を紹介させて下さい。我が息子が魔力測定で上級認定を受けましてな!きっとあなたにとっても良きご縁となるでしょう」
「ははは!父上は大袈裟ですよ。たしかに魔力測定では近年稀な好成績を出しましたよ?ですが僕はまだまだこれからの身で御座います。あまりプレッシャーを掛けないでやってください」
「ハハハハ!何を言っとる!これから青川領、いやピジャン国を代表する魔術士になるかもしれんのだ。今の内から慣れておきなさい」
タクトは真面目な顔をしてユウトを窘める。
勘弁してほしいと切に思う。そこまで自信があるなら自分など歯牙にもかけなくていいではないか。なぜ呼び止めたのか、離席するタイミングを逃したイコマである。
「まずはおめでとうと言っておこう。大儀であった。浮かれるも無理はなかろうが今は緊急事態でもある。他ならぬお主の領地の問題であろう。今宵は構わんが明日の早朝から対策会議がある故ほどほどにしておくのだぞ」
さっそく締めにかかるトドロキであるが青川親子は止まらない。
「分かっておりますとも!ですが皆様がぜひ息子を紹介してくれとせがまれましてなあ。無碍にも出来ずについつい話し込んでしまっておりました。息子にとっても良家が集まるこのような場での一時はこの上のない価値あるものになるでしょう。ならば青川家……いや赤森領全体の発展の為にも有効に活用しようと思った次第で御座います。ところでトドロキ様のご息女は来られておられないのですかな?是非お嬢様にも今のユウトを見て頂きたいと思っておりましてなあ!」
「はい。今日は久々にモエハにお会えると楽しみにしていたのですが……残念です」
娘を気安く呼び捨てにされたトドロキの表情はいよいよ危険になってきている。
「ははははは!お嬢様は息子とも年も近いですからな。同じく才あふれる者同士、共通の話題も多く話がはずんだことでしょう」
「モエハが来年受ける魔力検査に良いアドバイスをしてあげられると思っていたんですよ」
心底残念そうにしているが、魔力検査は生まれ持った才能の測定であり努力で結果が変わったりはしない。トドロキはアドバイスではなく単に自慢をしたかったのだろうと決めつけ眉間のシワを深めた。
「それはいい。今度機会を作っていただこうか。それで今日はお風邪をひかれていたのですかな」
今朝モエハからトドロキへ突然の提案があった。こんな状況でモンスター相手に力になれ無い事は分かっている、でも、だからこそ現場を知って成長の機会がほしい。だからせめて冒険者協会への見学を許してほしいと。トドロキは少し悩んだがコイツラが主役のパーティに参加させるくらいならと冒険者協会内のみという条件で許可を与えていた。
「後学の為に冒険者協会との交渉を直接見ておきたいと申してな。現場でのノウハウを記録するのだと張り切っておったので機会をあたえたのじゃ」
「そんな事で……」
誰にも聞かれない小さな声でユウトから本音が漏れた。この大事な自分のお披露目パーティにそんな理由でモエハは来ていないのかと、それがユウトには理解出来なくて不服そうな顔をしている。
「なるほどそれは残念でございます。是非次の機会に期待いたしましょう!はははは!」
父親のタクトはまさか魔力測定で上級判定を受けた息子に対してトドロキやモエハが不満を持つとは思っていない。爆発寸前のトドロキを前に一向に止まる気配を見せない。
子供を持つと親は皆こうなるのであろうか。そろそろ本格的に胃が痛くなってきたイコマに、だが手が差し伸べられることは遂になかった。
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