第47話

床下から無事に救出されたあたしは、お母さんの車でそのまま病院に運ばれた。



幸い骨に異常はなかったが、痛々しい青あざだけはクッキリと刻まれることになった。



貴久たち3人は光弘のお父さんが土の中へ引きずり込まれた時、廃墟の外で目が覚めたらしい。



自分たちが由美子さんに連れていかれた後どうなったのかは、全く覚えていなかった。



ただ暗くて、冷たくて、悲しい。



そんな感情がどんどん流れ込んできていたという。



きっとそれが由美子さんの気持ちだったのだろう。



スマホの中に引きずり込まれる時は本当に骨が砕ける痛みと肉が裂かれる痛みを感じたようだが、3人とも無傷のままだった。



その後、由美子さんの骨はちゃんと遺族の元へ返され、供養された。



しかし、光弘のお父さんの体だけはどれだけ探しても出てこなかったようだ。



「今日も光弘は休みだな」



B組の教室内で、誰も座っていない机を見て貴久が言う。



「そうだね……」



あたしは頷いて、すぐに視線を逸らせた。



光弘はショックが大きかったようで、あれから学校に来なくなった。



噂では家に引きこもっているらしい。



泣きながらあたしのことを殺そうとした光弘の顔を、あたしは絶対に忘れないだろう。



でも、いつか許せる日がきたとしたら、その時は会いに行ってもいいかもしれない。

223 / 225


「最近エマちゃんの様子はどうだ?」



「エマなら元気だよ。自分が変な事を言ったり、貴久の足を蹴とばしたことなんて、全部忘れてる」



あたしはそう言って苦笑いを浮かべた。



由美子さんが無事に成仏したからだろうか、エマは幼稚園に復帰することができていた。



なにもかも、元通りだ。



「ナナカ~、今日の放課後遊びに行かない? っていうか、良い男紹介して!」



穂香は相変わらずの調子だ。



「ごめん、今日はエマを迎えに行くの。それに、いい男は自分で探さないと」



あたしはそう言って笑った。



「はいはい。みんな席について! ホームルーム始めるよ!」



理香先生が教室に入ってきたところで、あたしたちの会話は途切れたのだった。


☆☆☆


園庭ではお迎え待ちの園児たちが遊具で遊んでいる。



「こんにちは先生」



「エマちゃんのお姉さんこんにちは」



「今日のエマ、どんな調子でした?」



「とってもいい子でしたよ。お友達とも仲良く遊んでいました」



その返答にホッと胸をなで下ろす。



本当に日常が戻って来たのだと痛感する。



もうすぐ夏休みだ。



そうしたら毎日一杯エマと遊んであげよう。



「お姉ちゃん!」



幼稚園鞄をかけたエマがあたしに駆け寄って来る。



「良い子にしてたね。帰ろうか」



あたしはエマの手を握りしめて歩き出す。


その時……。



ピリリリリッピリリリリッ!



風に乗って、どこからか着信音が聞こえて来た気がして立ち止まった。



「どうしたの?」



エマが首をかしげている。



あたしは音が聞こえて来た園庭へと視線を向けた。



砂場で遊んでいる数人の園児たちが見える。



白くサラサラとした砂の中から、微かに聞こえる音……。



あたしはエマの手をきつく握りしめて、視線を逸らした。



そして、大股で歩き出す。



もうあたしたちには関係ないはずだ。



なにもかも、終わったはずだ。



後方から「お砂場から電話がでてきたよ!」そんな、園児の無邪気な声が聞こえて来たのだった……。




END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

@YUMI KO 西羽咲 花月 @katsuki03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ