第34話

☆☆☆


3人で歌を歌いながら河川敷へ向かっていると、なんとなく照れ臭かった。



周囲からとても若い夫婦として見られているのではないかと、勝手に妄想してしまう。



「どこにいくのー?」



あたしと貴久に挟まれて歩くエマが聞いてくる。



「今日もとっても暑いから、河原で遊ぼうか」



「エマ、河原好きー! 石を積んで遊ぶの!」



「そうだね。今日はどのくらい高く積めるかな?」



「たーっくさんだよ!」



エマは両手を目一杯高く上げて答える。



「まるで別人だな」



そんなエマを見ていた貴久が呟いた。



きっと、昨日のことを言っているのだろう。



エマは普段自分のことを名前で呼ぶが、昨日は『私』と呼んでいた。



それに、幼児が使わないような言葉を次々と発していたのだ。



「こっちのエマが本物だから」



「うん。わかってる」



それから歩いて河原に到着すると、エマは一目散に石積を始めた。



あたしもエマの隣に座り、同じように石を積み始める。



貴久は用心深く周囲を確認し、あたしたちを守るように立つ。



今日も川の流れは穏やかで、足くらいつけてみてもいいかもしれない。



「エマ。暑くなったら川に入ろうか」



「ヤダ」



「え?」



あたしは首を傾げてエマを見つめる。



エマは幼稚園でのプールが大好きだし、家でもビニールプールを毎日のようにお母さんいせがんでいる。



「どうして川は嫌なの?」



水の流れが怖いんだろうか?



そう思っていたが……「だって、真っ赤なんだもん」と、答えたのだ。



「真っ赤?」



貴久が眉を寄せて聞き返す。



「うん」



「真っ赤って、あの川が?」



貴久はしゃがみ込み、更に質問を重ねた。



エマは石から顔を上げずに頷いた。



「そうだよ。真っ赤だよ」



あたしは視線を川へ向けた。



そこには透明度の高い、綺麗な水が流れているばかり。



真っ赤なんて表現は適切ではない光景だった。



「どうして、川は真っ赤なの?」



あたしはエマへ視線を戻してきいた。



「だってね……」



なにか言い掛けた時、不意にエマは顔を上げた。



視線をジッと廃墟へ向ける。



あたしと貴久は咄嗟に廃墟へと振り向いた。



しかし、そこには不気味な建物があるだけでなにもない。



「エマ?」



声をかけてもそれが聞こえないかのように、エマは立ち上がって歩き出した。



「ちょっとエマ」



慌てて止めようとしたが「ついて行ってみよう」と、貴久に言われ、あたしたちはエマの後ろを歩き出した。



エマは真っ直ぐに廃墟を見つめ、なんの躊躇もなく近づいて行く。



近づけば近づくほど建物の荒れっぷりが鮮明になてきて、思わず顔をしかめてしまう。



見た目もそうだが、廃墟が作りだしている恐ろしい雰囲気に足が止まってしまいそうになる。



「エマ、それ以上は危ないよ」



崩れた壁の間から廃墟の中に足を踏み入れようとするエマを、あたしは止めた。



さすがにこれ以上先に行かせるわけにはいかない。



危ないし、不法侵入になってしまう。



「でも……いるよ?」



あたしの前で立ちどまったエマが廃墟の中を指さした。



その言葉に全身が冷たくなるのを感じた。



外はとても暑いのに、体温は急速に下降していく。



「いるって……?」



そう聞く声が知らず知らずに震えていた。



「ユミコさん」



エマが答えた瞬間だった。



ピリリリリッピリリリリッと、あの着信音が聞こえて来たのだ。



あたしは息を飲んで貴久を見つめる。



貴久は青ざめた顔でスボンのポケットを探った。



そして、出て来たのは……使われていないあのスマホだったのだ。



「なんで、ここに……」



貴久は手の中で震えるスマホを見つめて動けなくなってしまった。



「電話に出ないと、何度もかかってくるよ!」



あたしは穂香の時を思い出し、そう叫んでいた。



本当は電話になんか出たくないけれど、出なければ感覚を短くしながら何度も何度もかかってくる。



最初は1台だけだったのに、3台とも同時に鳴り始めた時のことを思い出した。

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