第35話
「くそっ! そこにいるなら姿を見せてくれ!」
貴久は廃墟へ向けて叫ぶ、
しかし、中から返事はなかった。
昼間だというのに荒れ果てた建物内は薄暗くて気味が悪い。
そんな中に、貴久は足を踏み入れたのだ。
「ちょっと貴久!」
「ここまで来たんだ。行くしかないだろ」
ユミコさんはこの廃墟の中にいるというから、直接行ってみるつもりなのかもしれない。
足場の悪い廃墟の中を歩きながら、貴久は電話に出た。
「もしもし?」
エマにはここで待っているように伝え、貴久の後に続いてあたしも廃墟に足を踏み入れた。
2階の天井が落下してきていて少し歩くだけでも困難な状態だ。
「どこにいる!?」
貴久の声が建物の中にこだまする。
「電話からは何が聞こえてるの?」
「夜中の着信と全く同じだ」
貴久が振り向いてそう返事をした。
その時だった。
貴久の足元の瓦礫が崩れて、体のバランスが失われた。
「貴久!」
咄嗟に叫んで手を伸ばす。
しかし貴久は少しよろけた程度で、すぐに体勢を元に戻した。
それを見てホッと息を吐き出す。
でも、やっぱりここにいるのは危険だ。
貴久に外に出るように伝えようとしたとき、その顔が急速に青ざめていくのを見た。
「貴久、どうしたの?」
「おい……嘘だろ……」
あたしも声も聞こえていないように呟き、足元の瓦礫を見つめている。
「貴久?」
眉を寄せて名前呼んでから気が付いた。
ついさっきまで持っていたスマホがなくなっているのだ。
「スマホは!?」
「どこかに落としたんだ。クソッ! 瓦礫の隙間に入ったかもしれない!」
地面に這いつくばり、瓦礫の隙間を確認する貴久。
「嘘でしょ。電話は切ってないよね!?」
「うん。でも……」
スマホが落下した際に切れている可能性はあった。
「あ~あ」
そんな声が聞こえてきてあたしと貴久は同時に振り向いた。
そこには、崩れた壁の向こうからこちらを見つめるエマがいた。
エマは口元に笑みを浮かべ「残念だったね」と笑う。
あの、エマではない誰かの声で、笑う。
「あははははははははは!」
「エマ、やめて!」
不愉快に鼓膜を揺るがす笑い声にあたしは自分の両耳を塞いだ。
エマの笑い声はこだまし、幾重にもなって入り込んでくるようだった。
「もう遅い」
やがてエマはそう言い残してあたしたちに背を向けた。
「ちょっと待ってエマ!」
エマ1人で帰らせるわけにはいかない。
だいたい、道がわからないはずだ。
エマを追いかけようとすればするほど、足元の瓦礫が邪魔をして思うように動けなかった。
まるで蟻地獄に落とされた蟻になった気分だ。
エマの背中はどんどん遠ざかって行くのに、あたしはまだ廃墟から出ることもできない。
「ギャアアアア!」
必死にエマを追いかけていたとき、後方から聞いたことのない悲鳴が上がっていた。
あたしは勢いよく振り返る。
そこには瓦礫から伸びる細い腕があった。
病的に白い腕はツタのように伸びて貴久の胴体に絡み付いている。
「貴久!!」
「離せ! 離せよ!」
貴久は必死でもがいているが、両腕もろとも絡み付かれているので振り払う事ができない。
「やめて! 貴久を離して!」
あたしは元来た場所へと急ぐ。
歩くたびに足元の瓦礫が音を立てて崩れて、あちこちをすりむいた。
それでも痛みを感じる暇もなく立ち上がり貴久に手を伸ばす。
貴久に絡み付いている腕はズルッズルッと音を立てて瓦礫の中へ戻って行っている。
このままじゃ貴久は……!
「なにが目的でこんなことをするの!?」
手の届かないあたしは必死に叫んだ。
貴久の体は徐々に引きずれ、瓦礫の隙間へと入り込んでいく。
「やめろ……!」
青ざめた貴久はもう悲鳴も上げる事ができず、ただ小刻みに震えて小さな声で抵抗するはかり。
瓦礫の隙間はとても狭く人が入れるようなスペースはなかった。次の瞬間、バキッ!
と、大きな音が響き渡っていた。
同時に貴久の体がダランと垂れ下がるのを見た。
目は見開かれ、一瞬にして生気が消えた体。
貴久からの抵抗がなくなったことで、腕はスルスルと瓦礫の下に戻って行く。
「あ……嘘……嘘でしょ!?」
貴久の体がギチギチギチッと音を立てながら瓦礫の下へと入って行く。
「イヤアアアアアアア!!」
あたしの悲鳴が轟く中、貴久の体は完全に見えなくなっていたのだった。
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