@YUMI KO

西羽咲 花月

第1話

梅雨の開けた空は高く、昼間の気温はどんどん上昇していた。



それでも夏休みが来るにはまだ早い7月上旬。



あたしは妹のエマと一緒に河原へ来ていた。



今年4歳で幼稚園の年中さんのエマはゴロゴロとした丸っこい石を積み上げて遊んでいる。



川の水位は低く、穏やかな流れの中に小魚の群れを見つけた。



エマと一緒なら自分も川に入って遊んでもいいかもしれないと思っていたのだけれど、エマはせっせと石を積み上げていく作業が楽しいらしく、もう10分も同じ動作を繰り返している。



そんなエマを見ていると、あたしはふと《さいの河原》という言葉を思い出した。



《さいの河原》は両親より先に死んだ子が行きつく地獄で、河原で小石の塔を積み上げて行くのだ。



最後まで石を積み上げることができればこの世に生まれ変わることができるが、鬼が来ては小石の塔を崩して行ってしまうらしい。



もう少しで完成するはずの塔は簡単に崩れ去り、子供はまた1から石を積み直して行くのだ。



そんなことを考えていたせいだろうか、不意にゾクリと背中が冷たくなった気がして振り向いた。



後ろには誰もいない河原が続いていくばかりだ。



あたしはかるく身震いをしてエマの横に座り込んだ。



「エマ、そろそろ帰ろうか」



あたしがそう声をかけてみても、一心不乱に石を積むエマは真剣な表情を崩さない。



普段は遊んでいてもすぐに色々なものへ興味を持っていかれているエマが、ここまで熱心になったのは初めてかもしれない。



そう考えると、途中で止めるのも忍びなく思ってしまってあたしはそれ以上声をかけることができなかった。



エマの隣に直接座り、川へ視線を向ける。



流れる川は透明度が強くて、見ていると顔を突っ込んでみたくなってくる。



さっき指先で触れてみた水はほどよく冷たく、心地よかった。



エマはまだしばらく石積みを繰り返していそうなので、あたしは1人で河原へ近づいた。



靴とソックスを脱ぎ、足を放り出すようにして水につけた。



ヒヤリとした冷たさが足に絡み付いてくる。



その頃にはもう、先ほど感じた寒気のことなんてすっかり忘れていたのだった。



だから、突然エマの泣き声が聞こえた時は電気に打たれたように驚いた。



「エマ!?」



あたしは弾かれたように立ち上がり、エマへ振り向く。



先ほどまで熱心に石積をしていたエマが立ち上がり、1人で泣きじゃくっている。



「エマ、どうしたの?」



聞きながら駆け寄るとエマは更に大きな声で泣き出した。



エマの足元には石が積み上げられたままになっている。



当たり前だけど、鬼がきて石の塔を崩したりしたわけじゃなさそうだ。



「どこか怪我でもした?」



家族が目を離している間にエマが怪我をすることは今までも何度もあった。



突然体をよろめかせてこけたり、何かを見つけた瞬間追いかけて転んだり。



しかしエマの体を確認してみても、目立った怪我は見当たらなかった。



服も汚れていないから、こけたりしたワケじゃなさそうだ。



じゃあ、一体なにが……?



そう思った時だった。



エマは右手をスッと持ち上げて、指を指したのだ。



「え?」



あたしはエマの指先を辿って視線を向ける。



そこにはなにも変わらない、河原が存在しているだけだった。



あたしたち以外に人の姿もない。



それなのに……。



妹はハッキリとした声で言った。



「ユミコさん」



と……。


☆☆☆


自宅に戻ったあたしはエマと共に手を洗い、用意されていたドーナッツを手に取った。



リビングのソファの隣に座るエマはさっきまで泣いていたことなんて忘れてしまったかのように、砂糖がたっぷりかかったドーナッツにかぶりついている。



「川は冷たかった?」



コーヒーをひと口飲んで、お母さんがそう聞いて来た。



「うん。気持ち良かったよ」



返事をしながら、今日の妙な出来事を思い出す。



なにもないのにエマが突然泣き出すなんて珍しいことだった。



エマはカンシャクもなく、落ち着いた性格をしている子だ。



わけもなく大泣きしていたのは、赤ん坊の頃までだった。



「でもなんか、ちょっと変だったかな」



あたしは隣で口の周りを砂糖で真っ白にしながらドーナッツを食べるエマへ視線を向けて言った。



「変って、なにが?」



「エマが急に泣き出したの」



「急に?」



お母さんがエマを見て眉を寄せる。



今はどう見ても普段通りのエマだった。



「そう。原因が全然わからなかったんだけど、河原から出たら泣き止んだんだよね」



あたしはそう言いながらエマの頬をツンッとつついた。



今ではすっかり涙は引っ込んでいるが、まだ目元が少しだけ赤い。



「エマ。河原になにかいたの?」



お母さんにそう聞かれても、エマはまた一心不乱にドーナッツを食べていて答えない。



夢中になるとすぐに周りの声が聞こえなくなるみたいだ。



それなのに、あの時は石積みをやめて泣いていた。



「まぁ、ケガとかじゃなければ大丈夫よ」



さすが、2人目を育てている親は肝が据わっている。



コーヒーを飲み終えたお母さんは楽観的にそう言い、カップを洗うためにキッチンへと向かったのだった。

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