第39話
「どうして光弘のお父さんが由美子さんの写真を持ってるの?」
「そこまではわからないよ」
光弘は左右に首をふる。
でも、これは大きな進歩だった。
光弘のお父さんと由美子さんは、知り合いかもしれないのだから。
「お父さんの書斎に入ることはできる?」
「もちろん。親は夜まで帰ってこないから、大丈夫だよ」
光弘はそう答えて、すぐに立ち上がったのだった。
光弘のお父さんの書斎は一階の奥の部屋だった。
ココア色の重たそうなドアを開けると、ズラリと本棚が並ぶ部屋が現れる。
四方の壁は天井まである本棚に囲まれ、中央に小さなテーブルが置かれているだけの部屋だった。
テーブルの上には外国語の難しそうな本が置かれている。
「お父さんも勉強熱心な人なんだね」
あたしは本棚を見上げてそう言った。
一体何年かけてこの部屋の本を読んだんだろう。
こうして見上げているだけで気が遠くなりそうだった。
「結婚前までは随分貧乏な暮らしをしてたみたいだよ。その頃からずっと企業の夢を見て努力してたみたい」
光弘がそう言いながら本棚から一冊の辞書を取り出した。
表紙が色あせていて、ところどころ破れている。
年期の入った本みたいだ。
「これだよ」
光弘が辞書を開いて見せると、写真が挟まっている部分がすぐに開いた。
「本当だ」
あたしは写真を手に取り、食い入るように見つめた。
光弘が言っていた通りそれはネット上にも公開されていた由美子の写真で間違いなかった。
スマホを取り出して見比べ、確認する。
しかし、写真の方には由美子の隣に立っている男性がいた。
「これって誰?」
写真の男子を指さして聞く。
「俺のお父さんだよ。撮影されたのは27年前」
写真の下に印字されている日付を確認して光弘が言った。
「27年前……」
それは由美子が行方不明になった年だった。
「由美子さんが行方不明になる前にこの写真を撮影したってことだよね?」
「そうなるね」
「光弘のお父さんと由美子さんの関係は?」
「さすがに、そこまではわからないよ。もしかしたら、俺のお母さんと結婚する前に付き合ていたのかもしれないけどさ」
光弘はそう言いながら写真を辞書の間に戻した。
あたしはエマがお絵かき帳に描いた絵を思い出していた。
白い服の女と、隣に立つ男。
それはこの写真とよく似ていた。
「光弘のお父さんに話を聞く事ができれば、なにかわかるかもしれない!」
こんなに近くに由美子さんと近しい人がいるなんて、思ってもいない収穫だった。
「そうだけど、勝手に嗅ぎまわって大丈夫かどうか……」
光弘がそう言った次の瞬間だった。
閉じていた書斎のドアが突然開いたのだ。
ギィ…ときしむ音を響かせながら開かれたその先には、白髪交じりの男性が立っていた。
「お父さん!」
光弘が声を上げ、持っていた辞書を落としてしまった。
辞書の間から写真がヒラリと舞い落ちていく。
「なんだ光弘、友達か?」
光弘のお父さんは目を丸くしてあたしを見つめている。
「は、はじめまして。クラスメートの橘です」
あたしは驚きと緊張で上ずった声になって挨拶をした。
「女の子と遊ぶ暇があれば勉強をしなさい」
光弘のお父さんはあたしの挨拶を無視し、光弘へ向けてそう言った。
「してるよ。ちょっと、辞書が必要だっただけだから」
光弘もぎこちなく返事をして落としてしまった辞書を慌てて本棚へ戻した。
ここは早く出て行ったほうがよさそうだ。
そう思ったのに……。
ピリリリリッピリリリリッ!
と、あの着信音が書斎に響き始めたのだ。
その瞬間あたしの背中はスッと冷たくなっていく。
呼吸をすることも忘れて書斎の中を見回した。
光弘の古いスマホは全部部屋に置いて来たはずだ。
それに、由美子からの着信は毎回夜中だった。
だから、これは違うはずだ……。
そう、思っていたのに……。
青ざめた顔の光弘がポケットからスマホを取り出したのだ。
それは小学校5年生の頃に買ってもらったと言っていた、あのスマホで間違いなかった。
震える手で取りだされたソレの画面には……【ユミコ】の文字がしっかりと表示されていた。
「なんで今!?」
あたしは思わず声を上げ、そのまま後ずさりをしていた。
由美子からの着信は真夜中に来るから完全に油断していた。
「なんだ?」
あたしの反応を見た光弘のお父さんが不振がり、スマホを奪い取った。
そして画面に表示されている名前を見て一瞬息を飲んだのがわかった。
「なんだこれは、たちの悪いイタズラか」
ブツブツと文句を言いながら、電話に出た……。
『やっと、見つけた』
その声はあたしたちにまで聞こえて来た。
全身に鳥肌が立つような薄気味悪い女の声。
それは今までとは全く違う電話だった。
川の音も、赤ん坊の泣き声も、女のうめき声も聞こえて来ない。
ただ、『見つけた』と電話の向こうで誰かが呟く。
「誰だお前は?」
光弘のお父さんは相手を威嚇するような声色で聞く。
しかし、返事はないまま電話はプッツリと切れてしまったのだった。
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