第38話
「いい? 今日は大人しくしててね?」
一度自宅に戻ってエマをお母さんに預けることにしたあたしは、自宅の玄関先でそう言った。
「はぁい」
エマは大好きな絵本を借りれたことが嬉しいようで、終始ご機嫌だ。
「じゃ、あたしはまた出かけてくるから」
「ナナカ、1人で大丈夫なの? 穂香ちゃんや貴久君のことがあったのに」
玄関先に出て来たお母さんがエマの手を握りしめて、不安そうな顔をあたしへ向けている。
「……大丈夫だよ」
確証はどこにもなかった。
でも、あたしが動かないといけない。
由美子さんがあたしを連れて行こうとしないのは、きっと伝えたいことがあるからだ。
「じゃ、行ってきます」
あたしはエマの頭をクシュッと撫でて、光弘の家へと向かったのだった。
光弘の家は高台の上にある、ちょっと大きな一軒家だった。
光弘の父親は10年ほど前に企業して成功していると、噂で聞いたことがあった。
どこかの窓から見ていたのだろう、あたしが玄関先に到着したタイミングで光弘が出て来てくれた。
その顔は青ざめている。
「あがってくれ」
そう言われ、あたしは遠慮なく家に上がった。
玄関は広く、廊下もあたしの家の倍の広さはありそうだ。
「こっち」
光弘に案内されて2階の部屋に入ると、そこは12畳ほどのフローリングになっていた。
白いフカフカのカーペットに高級そうな家具が並んでいる。
中央の四角いテーブルの上に、5台のスマホが並んで置かれているのが見えた。
「これ?」
あたしはテーブルへ近づいてそう聞いた。
「あぁ」
「もう捨ててあったんだよね?」
「そうだよ。新しい機種に変えた時に、毎回捨ててる」
ということは、とっくの前に廃棄物として燃やされていてもおかしくないはずだ。
「1番古いのはこれ。小学校5年生の頃始めて買ってもらったやつだ」
光弘は小型のスマホを手に取って言った。
「間違いなく、光弘のものなんだよね?」
念を押すようにそう聞いた。
光弘に限って冗談でこんなことをするとは思えなかったが、念には念を入れないといけない。
遊びに振り回されている間にも、貴久たちが苦しんでいるかもしれないのだ。
「当たり前だろ」
光弘はそう返事をしてスマホを裏返した。
そこには赤いマジックで光弘と書かれている。
小学生らしい文字だ。
「これ、いつ頃出て来たの?」
「今朝だよ。いつも通りこの部屋で勉強をしていたら、突然クローゼットからゴトッていう音がして、確認してみたらスマホがあったんだ」
あたしは部屋の右手にあるクローゼットへ視線を向けた。
「ここだよ」
光弘がクローゼットを開けてあたしに見せてくる。
何の変哲もない空間が広がるばかりだ。
「わかった。今朝ってことは、まだ着信はないんだよね?」
「うん。貴久から聞いてるよ、穂香は夜中に着信があっていなくなったんだって。貴久もそうだったのか?」
そう聞かれて、あたしは初めて頷いた。
貴久についてはなにも知らないと押し通してきていたので、ようやく本当のことが言えたのだ。
「貴久のことで聞いてほしいことがあるの」
あたしはテーブルの前に座り、光弘へ言った。
「なに?」
光弘はあたしの向かい側に座り、青ざめた顔のままあたしの話に耳を傾けたのだった。
あたしは貴久がいなくなった現場に居合わせていた。
穂香と同じように、白い手に引きずり込まれ、その後跡形もなく消えてしまった。
それを説明している間、光弘はジッとテーブルの上のスマホを見つめていた。
「貴久がいなくなったと同時に、古いスマホも消えたのか」
「そうだよ」
あたしは大きく頷いた。
一気に説明してしまったけれど、光弘はちゃんと理解してくれたようだ。
「それで、あの場所について調べたら27年も昔に行方不明者が出ていることがわかったの」
「そんなに昔の話か……今回のこととなにか関係があるのか?」
渋い顔をする光弘にあたしは頷く。
「あたしも最初は関係ないと思ってたんだけど、その行方不明の女性の名前が美河由美子って人だったの」
「由美子か……」
光弘が顎に手を当てて考えはじめた。
「偶然名前が一致しただけなら良かったんだけど、あたしが夢で見た女性と同じ女性だったの」
あたしはそう言いながらスマホで当時の記事を表示させて、光弘に見せた。
「夢の中では神の毛で顔が隠れていたけれど、雰囲気とかがそのままだった」
光弘は無言でスマホ上の由美子の写真を見つめている。
そして「この人……」と、小さな声で呟いた。
「どこかで見たことがあるけど」
「え!?」
あたしは驚いて目を見開いた。
「見たことあるって、由美子さんを!?」
「うん」
頷く光弘。
「でも、行方不明になったもう27年だよ? どこかで見ていたとしても、この写真と同じ顔じゃないでしょう?」
「いやあ、実際に見たワケじゃなくて、写真で見たんだ」
思い出したように光弘が大きな声で言った。
「この写真を俺は別の場所で見たことがある」
「それってどこ?」
事件になっているのだから別の場所で見ていても不思議じゃなかった。
過去の出来事を振り返るサイトとか、テレビ番組とかいくらでもやっているのだから。
でも、光弘の見たというそれは全く違う場所だった。
「父親の書斎だ」
「書斎……?」
予想外の言葉にあたしは眉を寄せた。
「そう。半年くらい前だったかな? 辞書を借りるために書斎に入ったんだ。その時手に取った辞書の間にこの人の写真が挟まってた」
「それ、元々の写真ってこと?」
あたしは身を乗り出して聞いた。
「たぶん、そうなんだと思う。随分劣化してたしなぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます