第37話

「ねぇ、お姉ちゃん、これ読んでぇ」



エマが資料の前に絵本を置いて甘えて来る。



「少し待っていてね」



あたしはそう言い、川の名前で調べ始めた。



あの川は随分昔からあった自然の川で今でも夏祭りの会場などに使われている。



しかしそれはもっと下流の方らしく、あたしとエマが遊んだ場所はほとんど使われていないことがわかった。



「そういえば、あの辺には釣りをする人もいなかったっけ……」



あたしは川の光景を思い出して呟く。



川釣りをしていた人たちはもっと上流にいて、その空間だけがポッカリと取り残されたように見えた。



まるで、みんなその場所を敬遠しているような、そんな光景。



そうして数分間調べものをしていた時、気になる記事を見つけて手を止めた。



「あ……」



と、小さく声が出る。



その記事は川の近くで行方不明事件が起こったというものだった。



一見今回のこととは何の関係もないように見えるが、その行方不明者の名前を確認した時、絶句した。



美河由美子(ミカワ ユミコ)。



「由美子……」



その記事の下には白黒だったが由美子さんの顔写真も乗っていた。



髪が長く、スッとした顔立ちの美人だ。



「この人……」



あたしがその写真に指先で触れた時、隣のエマが言った。



「ユミコさんだよ」



ハッとしてエマを見ると、あの大人びた笑みを浮かべている。



「この人が由美子さんで間違いないの?」



「そうだよ」



コクンと頷く。



あたしは自分の心臓が早鐘を打ち始めるのを感じた。



これが由美子さん?



更に記事を読み進めていくと、由美子さんが行方不明になったのは27年も昔のことだということがわかった。



すぐにスマホを取り出して、美河由美子で検索する。



27年前の行方不明事件の記事ばかりが出てきて、由美子さんが発見されたという記事は1つも出てこなかった。



まさか由美子さんは、27年経過した今でも行方不明のままなのだろうか?



でも、じゃあなぜあたしたちの前には姿を見せたのか?



由美子さんはすでに亡くなっていて、それで見つめて欲しがっているのか?



わからなくて、頭を抱えた。



「由美子さんは探してる。そして助けて欲しがっている……」



あたしはエマの言った言葉を呟く。



由美子さんがすでに亡くなっているとすれば、助けてほしいという意味は理解できる。



早く自分の遺体を発見してほしいのだろう。



例えば由美子さんが生きていて苦しい目に遭い続けていたとしても、その生霊が出てきて助けを求めたとすれば理解できる。



でもやっぱり、『探している』の意味がわからなかった。



「エマ、由美子さんはなにを探しているの?」



そう聞いてみたけれど、エマはいつものエマに戻り、絵本に夢中になっていたのだった。



どうすればいいかわからなくなってスマホ画面を見つめていたとき、不意に着信があった。



一瞬画面表示が【ユミコ】であるように見えて息を飲む。



しかしそれはクラスメートの光弘からの電話だった。



貴久の友人で、勉強熱心なあの人だ。



あたしはその名前を確認して胸をなで下ろし、席を立った。



さすがに図書館の中で電話をするわけにはいかないので、エマの手を握りしめて一旦外へ出る。



「もしもし?」



自動ドアを抜けたところですぐに電話に出た。



『ナナカか? 今、電話できるか?』



どこか切羽詰ったように聞こえてきた光弘の声。



「大丈夫だよ。なにかあった?」



光弘があたしに電話をかけてくるなんて珍しいことだった。



クラス内ではいつも真ん中に貴久がいる状態で会話をしていた。



『貴久がいなくなったんだろ?』



「あぁ……うん……」



さすがに、もう連絡が行っていたようだ。



『前にちょっと貴久から聞いてたんだけど、なにか妙なことが起こってるって』



それはきっと【ユミコ】さんに関することだろう。



貴久は光弘に相談していたみたいだ。



「うん……」



あたしは小さな声で頷いた。



光弘を巻き込んでしまうのではないかと思い、ハッキリと返答することができなかった。



この問題はあたしとエマが引き起こしてしまったと言っても過言ではない。



これ以上、周囲の人間を巻き込んでしまうわけにはいかなかった。



「あのさ光弘、心配なのはわかるけど今はちょっと……」



そっとしておいてほしいと言おうとしたのだが、光弘がそれを遮った。



『古いスマホが出て来たんだよ』



「え……?」



一瞬にして頭の中は真っ白になった。



「今、なんて?」



『古いスマホだ。捨てたはずのスマホが5台も出て来た』



5台……。



それは光弘が今まで使って来たすべてのスマホが見つかったという意味で間違いないだろう。



『なぁ、貴久のときもそうだったんだよな? 突然昔のスマホが見つかって、それから行方がわからなくなった』



どうやら光弘はすべてを知っているようだ。



誤魔化せそうにない。



「光弘、今どこにいるの?」



『家にいる』



「今から行く。場所を教えて」



あたしは光弘から家の場所を聞きだし、一度図書館に戻って片づけをするとすぐに行動したのだった。

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