第36話
その後、どれだけ瓦礫をどかしてみても貴久を捜し出す事はできなかった。
貴久の血も涙も、そしてスマホも、すべて消え失せていたのだ。
気力をすべて失ったあたしは泥だらけの状態で廃墟から出た。
すでに太陽は傾き始めていて随分と時間が経ったことがわかった。
そして、ふと我に返った。
「エマ……?」
そこにいたはずのエマがいない。
最後にあたしたちに背を向けて歩き出したエマを思い出した。
と、同時にあたしは駆け出していた。
「エマ!? エマ、どこにいるの!?」
声を張り上げて周辺を探す。
しかし、エマの姿は見えた。
スッと血の気が引いていくのを感じた。
まさか、エマまでも……?
そう考えて慌ててスマホを取り出し、自宅に電話をした。
たった3回のコール音がやけに長く感じられて、背中に汗が流れて行った。
「はい」
お母さん声が聞こえてきたとき「エマは!?」と、叫ぶように聞いていた。
「ナナカ? エマなら何時間も前に帰ってきているわよ?」
その言葉の証拠に、お母さんの声の後方からエマの無邪気な声が聞こえて来た。
途端に全身から力が抜けていくのを感じて、あたしはその場に膝をついていた。
「そう……」
「どうしたのナナカ? なにかあったの?」
「ううん、なんでもない」
あたしはそう言い、電話を切った。
貴久が連れ去られた事は言えなかった。
すぐに警察に相談しようかとも思ったが、それで事態が好転するとは思えない。
貴久の両親には申し訳ないけれど、あたしは誰にも知らせることなく、1人で歩き出したのだった。
☆☆☆
家に戻った時、エマはいつものようにあたしに抱きついて来た。
「エマ、よく1人で帰れたね?」
しゃがみ込んでそう言うと、エマは首を傾げた。
「覚えてない」
「え?」
「どうやって帰ったか、覚えてなぁい!」
エマはそう言い、楽し気に笑う。
あの時、やっぱりエマはエマではなくなっていたのかもしれない。
だけどとにかく無事に帰っていた事には安堵した。
両親はアチコチ怪我をして泥だらけになって戻って来たあたしを見て驚いていたけれど、あたしは階段から転げ落ちたと、嘘をついた。
軽くシャワーだけ浴びて、すぐに自室へと向かう。
食欲もなくて、ご飯を食べることもできなかった。
あたしの目の前で貴久は連れていかれてしまったのだ。
思い出すと、今更ながら涙が滲んで来た。
「どうしてそんなひどいことをするの?」
あたしは誰もいない部屋の中でポツリと呟く。
もちろん返事などないと思っていたけれど……。
「もしかしたら生きているかもしれない」
そんな声が聞こえてきて振り向いた。
いつの間に入って来たのか、ドアの前にエマが立っていた。
「あなたは誰? ユミコさん?」
「私はエマだよ。少しだけ、いつもと違うけどね」
エマはそう言って大人びた笑みを浮かべる。
「教えてエマ。生きてるかもしれないってどういうこと?」
「ユミコさんは探してるんだよ。そして、助けて欲しいと願ってる」
「探す……?」
「探し出せば、みんなは戻ってくるかもしれない」
「探すってなにを?」
あたしがそう聞いた時、エマはキョトントした表情になった。
「あれぇ? どうしてエマ、ここにいるのぉ?」
そう言い、キョロキョロと部屋の中を見回す。
「エマ……」
あたしはそんなエマを抱きしめて、明日の予定を決めたのだった。
☆☆☆
翌日も学校は休みだった。
朝方貴久の家から電話があり、貴久が戻ってきていないと相談を受けた。
しかしあたしは、昨日は途中で貴久と別れて帰宅したと嘘をついた。
自分の両親からもなにか知らないのかと聞かれたけれど、あたしは返事をしなかった。
そんなことをしていても時間の無駄だ。
あたしにはやらなければいけないことがあった。
「エマ。今日もお姉ちゃんと一緒に遊びに行こうね」
あたしは自分の準備を済ませてから、エマの着替えを手伝った。
「今日も出かけるの? 貴久君を探さなくていいの?」
2人で玄関を出る前に、お母さんにそう聞かれた。
もちろん、あたしはこれから貴久を捜しに行くのだ。
貴久だけじゃない。
理香先生や穂香もまとめて探しに行く。
「貴久をみかけたら、すぐ向こうの両親に連絡する」
あたしはそれだけ答えて、エマを連れて外へ出たのだった。
エマを連れてやってきたのは市立図書館だった。
広い図書館の中、あたしはまっすぐに郷土資料の棚へ向かう。
エマが途中絵本コーナーで立ちどまったので、好きな本を一冊持たせてやった。
文字はまだ読めないが、絵を見ているだけでも楽しめるからだ。
あたしは郷土資料を数冊持って席に座った。
今度はユミコについてではなく、あの川と建物について調べるのだ。
エマは昨日、あの川では遊ばない。
川が真っ赤だからだと言った。
その時から嫌な予感があったのだ。
もしかして、あの川で昔事故でもあったんじゃないかと。
そしてその被害者が、ユミコという女なのではないかと。
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