第15話
☆☆☆
そして、放課後。
あたしたち3人は予定通り一緒に学校を出ていた。
この3人で校外へ出るのは珍しいから、なんだか新鮮な気分だった。
「そう言えば穂香の家の近くに行くのも久しぶりだなぁ」
3人で歩きながらあたしは呟く。
高校に入学してからは1度も行っていない気がする。
「そうだねぇ。中学時代は何度か来てたのにね」
「中学の頃は金がないから、自然とお互いの家に遊びに行くようになるんだよなぁ」
貴久がわかったような事を言う。
確かに、高校生になってからお小遣いもあがったけれどそれ以上にお互いの勉強などが忙しくなったのも要因の1つだった。
「もうすぐつくよ」
穂香がそう言って角を曲がったとき、懐かしい光景が見えた。
穂香の家は小さな赤い屋根の一軒家で、まるでおとぎ話に出てきそうだと昔思ったものだった。
そんな家の前には公園があり、今の時間帯には学校が終わった小学生くらいの子たちで賑わっていた。
中には制服を着たままで遊んでいる子もいる。
そんな光景を横目に見ながら穂香の家も通り過ぎて、3軒先の家で立ちどまった。
表札には赤谷と書かれている。
ここが理香先生の家みたいだ。
穂香の家と、本当に目と鼻の先くらいの近さで驚いた。
穂香が先頭に立ち、玄関チャイムを鳴らす。
すると中からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、すぐに男性が出て来た。
70代前半くらいのその人は、理香先生のお父さんのようだ。
理香先生のお父さんの後ろからは、お母さんらしき人もついて来ている。
きっと、理香先生の帰りを待っていたのだろう。
そう考えると胸がチクリと痛くなった。
「あぁ……穂香ちゃんか……」
穂香の顔を見た瞬間、少しガッカリした表情になる理香先生のお父さん。
やっぱり、理香先生の帰りを今か今かと待ち続けていたみたいだ。
「こんにちは。今日理香先生が来なかったから気になって……」
「あぁ……そうなんだ」
理香先生のお父さんはそこまで言って言葉を切り、あたしと貴久へ視線を向けた。
「あたしは、B組の橘です。こっちはクラスメートの里中君です」
あたしはすぐに自己紹介をして頭を下げた。
「2人ともあたしの友達。理香先生がいなくなったって噂を聞いて、心配になって来たの」
穂香が説明してくれた。
「そうか、理香の生徒さんか」
お父さんはそう言うと、快くあたしたちを家にあげてくれた。
理香先生の家も可愛らしい一軒家で、ここで3人で暮らしていたみたいだ。
あたしたちはリビングに通されて、3人で固まるようにして座った。
「心配してくれてありがとうね」
理香先生のお母さんはあたしたちにお茶を用意して、そう言った。
「理香先生がいなくなったって聞いたんですけど、それは本当なんですか?」
お茶をひと口飲んでから貴久が聞いた。
理香先生の両親は互いに目を見合わせて頷いた。
「今日の朝なかなか部屋から出てこないから確認してみたら、どこにもいなかったのよ」
と、疲れた表情でお母さんが答えた。
「財布もスマホも鍵も置いたままだった。それなのに、玄関の鍵は閉まっていたんだよ」
お父さんの言葉にあたしは「え?」と、首を傾げた。
部屋に鍵を置いたままいなくなったのに、玄関の鍵が締まっていたとはどういうことだろう?
「理香先生は、部屋の窓から出て行ったの?」
きっと、理香先生の部屋に入ったことがあるのだろう。
穂香が聞く。
「いいえ。窓の鍵も閉まっていたのよ」
お母さんの言葉にあたしたち3人は目を見交わせた。
理香先生は夜中の内に、鍵を持たずにいなくなった。
それなのにどこの鍵もちゃんと閉まっていたとは、一体どういうことなんだろう?
だんだん頭が混乱してきた。
「理香の部屋を見てみる?」
お母さんにそう言われて、あたしたちは大きく頷いたのだった。
☆☆☆
理香先生の部屋は一階にあり、6畳ほどのシンプルなものだった。
入って右手にクローゼット。
正面の窓の下にベッドが置かれていて、中央には小さなテーブル。
そして左手には仕事机と大きな本棚が置かれていた。
仕事机の上には大きな鞄が置かれていて、中からプリントが覗いている。
きっと、今日の授業の準備が終っていたのだろう。
それなのに、理香先生は忽然と消えた……。
途端に、ゾクリと背中が寒くなった。
言葉にできない不快感が全身を駆け巡って行く。
不快感の原因を探るために部屋の中を見回してみたけれど、とくに変わった様子はなかった。
部屋の中は整理整頓されていて、だけどベッドだけはどうしてか乱れている。
だから余計に気になった。
まるでついさっきまで理香先生がそこで眠っていたような、そんな気配を感じる。
「なにも持たず、靴も履かずに出て行ったんだ」
理香先生のお父さんの声が、どこか遠くで聞こえたような気がした。
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