第16話

その後、理香先生の家から出たあたしたち3人にほとんど会話はなかった。



本当に先生はいなくなっていた。



なにも持たず、靴もはかずに。



それなのに、家の鍵はすべてちゃんとかかっていた……。



まるで密室ミステリーみたいな状況だ。



理香先生の両親は理香先生がいなくなったことに全く気が付かなかったそうだ。



理香先生の異変や、物音に気が付いていれば止める事ができたかもしれないのに……。



2人はそんな風に自分を責めていた。



だけどあたしの心の中にはそれとは違うつっかえができていた。



だって、どう考えてもおかしい。



理香先生は今日の授業の準備までちゃんとしていた。



そんな人が、どうして、どうやって消えたというんだろう?



なによりも、昨日見た理香先生の様子を思い出すと自分から失踪するなんて思えなかった。



「じゃあ、あたしはここで」



穂香にそう言われて顔を上げると、穂香の家の前に到着していた。



「うん。ありがとうね穂香」



「ううん」



「理香先生のことでなにかわかったりしたら、連絡してくれ」



「わかったよ貴久。じゃあね」



穂香はさっきまでの元気をなくしてしまったようにそう言い、家に入って行ったのだった。


☆☆☆


それから貴久はあたしを家まで送ってくれた。



その間も会話は少なかったが、お互いに何を考えているのか、言わなくても理解できる。



「なにが起こったのかわからないけど、ナナカも気をつけろよ」



玄関前で立ちどまり、貴久が言う。



「うん。貴久もね」



なにが起こったのかわからない。



だからこそ、怖かった。



気を付けると言っても、どう気をつけたらいいのか見当もつかなかった。



「じゃ、また明日な」



「うん」



貴久に手を振り、重たい気持ちのまま家に入ったのだった。



リビングから楽し気なエマの笑い声が聞こえてきた時、あたしはホッと息を吐きだした。



今日から幼稚園を休んでいるエマだけど、機嫌がいいみたいだ。



「ただいま」



そう声をかけてリビングに入ると、お母さんに遊んでもらっていたエマが駆け寄って来た。



「おかえり~!」



まだどこかたどたどしい口調でそう言われると、自然と頬が緩んでいく。



「今日は1日とてもいい子だったのよ」



お母さんはテーブルに出ているクレヨンを片付けながら言った。



「そうなんだ?」



「えぇ。やっぱり、幼稚園で変なことをいう子供がいたのよ」



ブツブツと、エマに聞こえないように小さな声で文句を言っている。



エマに問題がないのなら、それでいいけれど……。



「ねぇお姉ちゃん! お人形で遊んで!」



「いいよ。手を洗ってくるから、ちょっと待ってね」



いつものエマに戻ってくれたように見えて、あたしはほほ笑んで頷いたのだった。


☆☆☆


その夜、ベッドに入ってスマホをいじっていると穂香からメッセージが入った。



《穂香:さっき理香先生の家族から連絡があって、警察に捜索願を出したんだって》



《ナナカ:そうなんだ……》



そう返事をしてからまだ警察に連絡していなかったことに驚いた。



《穂香:理香先生がいなくなった状況がちょっと変だったでしょ? だから、警察に連絡するかどうか悩んでたみたい》



《ナナカ:確かに、妙だったよね。まるで、まだ家の中にいるみたいな状態だった》



そう打ち込んでからあたしは考え込んだ。



理香先生はいなくなってしまったけれど、それは本当に『家から出た』のだろうかと。



もしも家から出ずにいなくなったのだとしたら?



そう考えてあたしは左右に首を振った。



そんなことあり得ない。



できるわけがない。



家の中から人間が1人、忽然と消えてしまうなんて……。



その時、ギィ……と音がしてノックもなく部屋のドアが開いていた。



スマホ画面を見つめていたあたしは一瞬息を飲んで視線を向ける。



ドアのすき間から見えたエマの顔に、あたしは全身の力を抜いた。



「どうしたのエマ。目が覚めたの?」



8時頃には眠りについていたはずのエマに声をかけると、エマは軽い足音と共に部屋にはいってきた。



そのままあたしのベッドにもぐりこんでくる。



妹の優しい匂いと温もりを感じて、そのままギュッと抱きしめる。



するとエマは楽しそうにキャッキャと声を上げて笑った。



「今日はお姉ちゃんと一緒に寝る?」



まだ穂香とメッセージの途中だったけれど、あたしはスマホを置いてそう聞いた。



「あのね、今日はね、先生がいなくなったでしょ」



エマがあたしの腕の中で無邪気に聞いて来た。



一瞬、なんのことだかわからなかった。



『先生』が誰を指しているのか。



エマの幼稚園の先生のことを言っているのかと、勘違いしそうになった。

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