第17話

しかし『いなくなったでしょ』と続いた言葉に、理香先生の事を言っているのだと理解した。



「どうしてそれを知ってるの?」



あたしは腕の中のエマに聞く。



両親には理香先生がいなくなったことを話たから、その時偶然聞いていたのだろうか。



そう思ったが、エマの解答は全く別のものだった。



「見えたから」



え――…?



腕の中のエマが、途端に遠い存在のように感じられた。



全身が冷たくなり、鼓動が早くなる。



「ユミコさんから電話が来たんだよ」



さっきまでのたどたどしさはどこかへ消えて、やけにハッキリとした口調で言う。



「なに、言ってるの……?」



腕の中にいるのは確かに妹なのに、得体の知れない何者かのような気がして、抱きしめる手から力が抜けた。



「ユミコさんからの電話がきたらね……」



瞬間。



夢に出て来た白いワンピースの女が思い出された。



実際に見たわけじゃないのに、まるで目の前にいるかのように鮮明に。



その女は長い髪の毛で顔が隠れている。



あたしは必死に視線を逸らせようとするが、金縛りにあったかのように動く事ができなかった。



「あのね、ユミコさんからの電話があったらね……」



女がしゃがれた魔女のような声で言い、あたしを見上げる。



「い……や!!」



咄嗟に女を突き飛ばしていた。



ゴトンッと鈍い音がして女の体がベッドから落下する。



それと同時に耳をつんざくような泣き声が聞こえてきて、我に返った。



女はいない。



さっき抱きしめていたエマもいない。



ただ、ベッドの下から幼い泣き声が聞こえてくるだけ。



「エマ!?」



ノックもなしにお母さんが部屋に入って来た。



「お母さん……!」



エマがお母さんに抱きつく。



「ちょっとナナカ、なにがあったの?」



エマを抱き上げながらそう聞かれて、あたしは一瞬返事ができなかった。



「えっと……あの……」



あたしがエマをベッドから突き落とした?



その事実に気が付いて、自分の両手を見つめた。



いや、違う。



あたしが付き飛ばしたのはあの女のはずだった。



エマじゃない!



それでもエマは泣きじゃくってあたしの方を見ようとしない。



「もういいわ。明日も学校なんだから早く寝なさい」



お母さんはエマを抱きかかえたまま、あたしの部屋から出て行ったのだった。


☆☆☆


翌日、あたしは寝不足のまま家を出ていた。



昨日のあれはなんだったのか。



どうして夢の中のあの女とエマを見間違えたのか。



考えてみてもわからなかった。



あたしは一体どうしてしまったんだろうか。



「大丈夫か?」



あたしの前を歩いていた貴久が心配そうに声をかけて来た。



「うん……」



頷いたものの、気分は良くなかった。



エマの言っていた『ユミコさんからの電話』という言葉もずっと気になっている。



そのため、昨日はほとんど眠ることができなかったのだ。



「理香先生のことか?」



そう聞かれてあたしは理香先生がいなくなったことを思い出した。



「昨日、警察に連絡したみたいだよ」



「穂香が言ってな」



「うん。早く見つかるといいけど……」



しかし、その期待はすぐに裏切られることになった。



警察に届け出をしたということで、学校でも全校集会が開かれて理香先生の失踪を知らせたのだ。



警察では事故と自らの失踪の両方を視野に入れて捜索しているらしい。



「なんだか、大事になってきたね……」



体育館から教室までの帰り道で、穂香が暗い表情で言った。



いつもの明るさはどこかに置いてきてしまったみたいだ。



「本当だね。すぐに見つかったらいいけど」



そう答えたものの、どうなるかわからない。



穂香にとっては昔から知っているお姉さんでもあるから、余計に気になるところだろう。



B組の教室へ戻っても、みんな落ち着かない様子だった。



大声で会話をする生徒はいないけれど、みんなさざ波のように声を抑えて理香先生の失踪について話をしている。



穂香はどこか居心地が悪そうに、自分の席についたのだった。

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