第26話
☆☆☆
もしも、理香先生も穂香と同じようにいなくなっていたとしたら?
そんな思いが過った。
あんな風に体を引きちぎられ、血まみれになってスマホの中に入っていってしまったのだとしたら?
考えると吐き気がした。
血まみれになって叫ぶ穂香の顔が思い出された。
「理香先生の古いスマホはどうしたんだろう」
ふと、気になった。
理香先生の両親は財布もスマホも置きっぱなしでいなくなったと言っていた。
だけどそれは現在使っているスマホを指したもので違いない。
「理香先生の古いスマホもなくなってるのかも」
そう考えると、いてもたってもいられなくなった。
理香先生と穂香の共通点を少しでも多く見つけたい。
あたしは両親に何もつけず、勢いで家を出たのだった。
☆☆☆
1人で家を出たあたしは真っ直ぐに穂香の家に向かった。
今はもう穂香の両親が戻ってきている。
しかし、あたしは家の前で立ちどまってしまった。
穂香の両親にあたしが見たことを全部話すつもりでいた。
その上で、理香先生の家に行くことを手伝ってもらおうと思ったのだ。
でも……。
家の中から聞こえて来た怒鳴り声にあたしは動きを止めていた。
「お前の育て方が悪いから穂香がいなくなったんだ!」
「1人の責任にしないでよ! あなたは穂香の何を見てたって言うの!?」
「口答えするな!」
そして何かを投げる音。
割れる音が続く。
穂香がいなくなったことで家の中は険悪になっているみたいだ。
あたしはそっと庭の方へ移動して明かりのついている部屋を確認した。
中から怒鳴り声と、激しく動く人影が見える。
こんな状態じゃ声をかけることは難しいかもしれない。
悩んで立ち止まっていたとき、スマホが新着メッセージを知らせた。
《貴久:先生から事情を聞いたよ。大丈夫か?》
貴久からのメッセージに少しだけ心が緩んだ。
今日も変わらず迎えに来てくれた貴久だったが、とても学校に行ける状態ではなかったのだ。
《ナナカ:今、穂香の家に来てる。ちょっと気になることがあったんだけど、取り込み中でダメみたい》
《貴久:何か調べるつもりだったのか?》
そのメッセージにあたしは一瞬考えた。
貴久はあたしの言う事を信じてくれるだろうか?
いくら付き合っているからと言って、あまりに突飛な話は信用してくれないかもしれない。
でも、あたし1人で考えていたってきっとなにもできないまま終わってしまうだろう。
庭から出てしばらく考えた後、あたしは決心して貴久にメッセージを送ったのだった。
☆☆☆
「まだ授業中なのに呼び出してごめんね」
あたしは近くの公園で貴久と待ち合わせをした。
話があると言ったら、すぐに早退して来てくれたのだ。
「構わないよ。俺だって穂香のことが気になるんだ」
そう言ってあたしの隣のベンチに座った。
あたしはそんな貴久を見て居住まいを正した。
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「なにがあったんだ?」
深刻な表情で訊ねて来る貴久へ向けて、あたしは昨日の出来事を説明したのだった。
丁寧に、そしてゆっくりと。
自分自身が混乱してしまわないように順番に説明する。
すべての話が終る頃にはすでに太陽が傾き始めていた。
朝から警察が来て何度も事情を説明したりしていたから、今日は時間の経過がやけに早く感じられた。
「それが本当のことなら、理香先生も連れて行かれたかもしれないってことか」
「うん……」
「気になったのはユミコさんって人のことだな。心当たりはないのか?」
その質問にあたしは左右に首を振った。
「あたしも穂香も、全く知らない人だったよ」
「そうか……」
そう呟いて考え込む貴久。
「俺たちになにも関係ない女が、どうして絡んでくるんだろうな?」
「わからない……」
例えば自分たちが知っている人間なら、まだ対処方法があったかもしれない。
自分の過去の振舞を思い出して相手に謝罪したり、相手の無念を晴らす事ができたかもしれない。
だけど、【ユミコ】とは全く聞き覚えのない人物なのだ。
「あたし、夢や幻覚で【ユミコ】らしき人を見たことはあるの」
確信はなかったけれど、あたしは貴久にすべてを話すと決めて言った。
「本当か?」
「うん。すごく細くて色白で、白いピワンピースを着ているの。ワンピースには赤い花があしらわれていて、ちょっとゾッとするような雰囲気だった」
あたしは夢の中の白いワンピースの女を思い出して言った。
「でも、それがユミコさんかどうかはわからないんだろ?」
「うん。ただ、妙なことが起こりはじめるのと同時期くらいに見始めただけ」
もしかしたら、あたしが深層心理の中で作りだしてしまった女かもしれない。
「それならあまり参考にはならないかもしれないな。それよりも、実際に着信があったユミコって女性についてちゃんと調べる方がいいかもしれない」
「でも、どうやって調べるの?」
「市立図書館へ行こう。なにかわかるかもしれない」
貴久はそう言い、ベンチから立ち上がったのだった。
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