第27話
☆☆☆
それから2人でバスに乗り、市立図書館へと向かった。
バスの中には帰りの学生たちで賑やかで、あたしは思わずその中に穂香がいないか探していた。
自分の目で見た現実を、まだまだ受け入れられないでいた。
そのまま図書館に到着して、あたしと貴久はバスを降りた。
「とりあえず、同じ街にいるユミコっていう女性について調べてみよう」
貴久にそう言われて、あたし郷土コーナーへと足を進めた。
ここには街の有名人や歴史など、とにかく街に関わって来た沢山の人たちのことが書かれた本や資料が並んでいる。
これだけ莫大な資料の中から【ユミコ】という手がかりだけで人を探すのは至難の業だった。
偶然同じ名前の女性を見つけても、現在地域でアーティストとして活動している女性だったり、同じ街出身タレントだったりして、今回のことには関係なさそうな人ばかりだ。
それでも、念のためにノートにその人たちの名前や活動履歴を書き写していく。
「特に変わった人はいないな……」
パソコンで調べていた貴久もため息をはきだした。
パソコン画面を確認してみると、地域掲示板が表示されていた。
その中で【スマホ ユミコ】と更に検索して調べていたみたいだけれど、ヒット件数はゼロだ。
「今まで穂香と同じ経験をした人っていないのかな? この街だけじゃなくて全国で」
せっかくパソコンが使えるのだから、もっと広範囲で調べてみてもいいかもしれない。
「よし、検索してみよう」
貴久はそう言うと、【古いスマホ 引きずり込まれる】と、物騒な言葉で検索をかけた。
古いスマホについての記事やブログは何万件と出てくる。
中古のスマホを買い取るお店だったり、販売しているお店。
そして、スマホ収集家のブログなどがメインだ。
「そういう事例もないかもしれないなぁ」
しばらく画面を見つめてから貴久が言った。
どれだけ探してみても、スマホに取り込まれたなんて事件は起こっていないことがわかった。
「そうなんだ……」
せっかくここまできたのに、目立った収穫はゼロだ。
少しは期待もあっただけに、脱力してしまう。
「そういえば、エマちゃんの様子がおかしくなったタイミングはいつなんだ?」
「えっと……」
あたしは記憶を巡らせた。
最近色々な事が沢山あって、まるで大昔のように感じられる。
でも、それもごく最近のことだった。
「河原に遊びに行ったときからかも……」
あたしは自分の記憶を引っ張り出してそう答えた。
あの河原で遊んだ時、エマは突然泣き出したのだ。
誰もいない場所を指さして。
そして、思い出してハッと大きく息を飲んだ。
「エマ、あの時も言ってた!」
「言ってたって、何を?」
「【ユミコさん】って……」
あの時はなんのことだかわからなかったし、突然癇癪を起したのだと思い込んですっかり忘れていたのだ。
でも、確かにエマはあの時から【ユミコ】さんと言っていたのだ。
「その河原に行ってみよう」
貴久に言われてあたしは大きく頷いたのだった。
☆☆☆
今日の河原もとても穏やかな流れだった。
透明度の高い水の中には小魚の姿が見えている。
私立図書館から歩いて10分ほど歩いた河原で貴久は立ち止まった。
「ここか……」
「うん。この辺じゃ一番大きな川だよね」
あたしはそう言って河原を歩き出した。
今日は天気がいいからか、少し離れた場所には数人の釣り人の姿が見えた。
けれど、今あたしたちがいる場所には誰もいない。
川の中には魚が見えているのに、どうしてだろう?
疑問に感じた時、視界の中にあの廃墟が見えた。
夢の中にも現れた薄気味悪いアパートだ。
立ちどまってそちらへ視線を向ける。
「どうした?」
「エマは、あの廃墟の辺りを指さしてたの」
あたしの言葉に貴久が先に立って歩き出した。
あたしは慌ててその後を追い掛ける。
河原から道路へ移動して、廃墟へと歩いて行く。
「ひどいな、今にも崩れそうだ」
近づいてみると、廃墟はいつ倒壊してもおかしくないくらい崩れていて、貴久が顔をしかめた。
「本当だ」
あたしは廃墟の手前で立ちどまってそれを見上げた。
灰色の建物が青い空に吸い込まれて行きそうに見えた。
「こんな場所には誰もいないよね……」
だけど、確かにエマは誰かを見て指さし、そして怯えていたように見えた。
「最近のエマちゃんの様子も、おかしいままなんだよな?」
「うん。ずっとってわけじゃないけどね……」
なにがきっかけであんな笑い声を上げたり、乱暴な言葉を使うのかわからない。
「ちょっと、エマちゃんに合わせてくれないかな?」
「いいけど……」
あたしはそこまで言って貴久へ視線を向けた。
貴久は1度エマに会った時、足を蹴られているのだ。
もしかしたら今回も同じようなことになるかもしれない。
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