第25話

それからは電話が鳴る事もなく、朝になっていた。



朝日で外が薄紫色になりはじめた頃、あたしは少しだけウトウトした。



しかしそのつかの間の安息は穂香の悲鳴によってかき消された。



「キャアアアアアア!!」



耳をつんざくような悲鳴に飛び起きたあたしはすぐには事態を把握できなかった。



一体目の前でなにが起こっているのか。



あたしの部屋でなにがあったのか。



理解するのに苦しんだ。



最初に目に入ったのは絶叫する穂香だった。



穂香は顔面蒼白でボロボロと涙をこぼし、口の端から唾を垂らして叫んでいた。



そして次に目に入ったのは、そんな穂香の腕を掴んでいる青白い手だった。



やけに細くて白く、そして長い手。



その手の先へ視線を向けると、古いスマホから出てきているのがわかった。



スマホの中の何者かが、穂香を引きずり込もうとしているのがわかった。



「穂香!!」



あたしは叫び声を上げ、咄嗟に穂香の腕を掴んだ。



「嫌っ! 嫌っ!」



細い腕は想像以上の力で穂香の体を引きずって行く。



「やめて! 穂香を離して!」



本棚に走り、辞書を持ってその腕に叩きつけた。



しかし、腕は穂香をのことをキツク掴んで離さない。



捕まれている穂香の腕からは血が滲んできていた。



「痛い痛い痛い痛い!」



穂香が涙と苦痛で顔を歪ませる。



「離せ! 穂香を離せ!」



あたしは何度も何度も腕を殴りつけた。



それでもびくともしない。



「あ……ああああ……!」



穂香が口を大きく開いて自分の腕を見つめる。



その瞬間、強く掴まれていた腕がバキバキバキ! と音を立てて、妙な方向へ折れ曲がった。



悲鳴が喉の奥に張り付いて出てこなかった。



穂香が体の力を失い、勢いよく引きずられた。



「ああああああ!」



穂香の腕がスマホの中に入って行く。



それは途中でつっかえ、それでも無理矢理引っ張られ骨が砕けて肉が裂ける。



そしてまた引きずりこまれ、つっかえたら骨が砕け血しぶきが舞った。



それを何度も何度も繰り返した。



いつの間にか穂香の悲鳴は消えて、外の小鳥のさえずりが聞こえてきていた。



そして部屋の中は何事もなかったかのように静かで、穂香の血と涙も消え失せていた。



あれほど鳴り響いっていた3台のスマホも、跡形もなく消えていたのだった……。



唖然としてその場に座り込んでいると、部屋にノック音が聞こえて来た。



あたしは返事もできず、ただ視線だけとドアへ向ける。



「ナナカ~、朝よ?」



そう言いいつも通りのお母さんが顔をのぞかせたのだった。



☆☆☆


穂香がいなくなった経緯を何度説明しても、誰も信じてくれなかった。



あたしは確かにこの目で見たし、穂香が連れていかれないようにあの腕を殴りつけた。



それは事実だったのに、穂香は自分から失踪したことになってしまった。



あたしの家に泊まりに来た穂香は、普段からなんらかの悩みを抱えていたため、両親がいない今を見計らって家出をしたと……。



それは違うと訴えたが、やはり誰にも聞いてもらえなかった。



人間1人がスマホの中に取り込まれた。



そんな話、警察が信用するはずもなかった。



なによりも、スマホの着信音や穂香の悲鳴を聞いていたのがあたし1人だったという事実があった。



あれだけ騒いでいたのに、両親はなにも気が付かなかったのだ。



警察が帰ったとき、あたしは茫然とリビングに立ち尽くしていた。



警察が来ても動じず、リビングの床でずっと1人遊びをしていたエマに視線を送る。



「エマ……」



声をかけても、エマは塗り絵に夢中で気が付かない。



「エマ、教えて。なにが起こったの?」



近づいてそう聞くと、エマはやっと顔を上げた。



そして……笑う。



あの、不気味な笑い声を上げる。



「アハハハハハハハハハ!!」



エマであって、エマじゃない何者かが、あたしを見て笑う。



「だから言ったのに」



エマはそう言うと、再び塗り絵に戻ってしまったのだった。

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