第31話

夜になったとき、貴久のお母さんは同じ部屋に布団を用意してくれていた。



「貴久、女の子なんだから変なことするんじゃないよ」



「なんだよ変なことって、なにもしないよ」



部屋を出て行くときに釘を刺され貴久はしかめっ面をしてそう答えていた。



こんな状況じゃなければもっと楽しめたかもしれないのに。



そう考えると悔しかった。



始めて貴久の家に止まった理由が、スマホの呪いだなんて……。



「そろそろ電気を消すぞ」



「あ、うん」



気が付けば夜の11時を過ぎていた。



貴久の両親はとても優しく暖かな人で、あっという間にこんな時間になっていたみたいだ。



電気を消すと暗闇が部屋の中に立ち込める。



あたしの隣の布団に入り込む音が聞こえて来た。



「眠れそうか?」



「わかんない」



あたしは正直に答えた。



なんでもない日でも、こうして貴久と隣あって眠るなんて緊張しすぎて眠れないかもしれない。



すると、貴久が腕を伸ばしてきてあたしの手を掴んだ。



大きくて暖かな手に包み込まれると、自然と心が落ち着いてくる。



「ごめんね貴久」



「どうしたんだよ急に」



「だって、こうなったのってもしかしたらエマのせいかもしれない」



エマにはユミコさんが見えていた。



だから、ユミコさんはエマについて来たのだ。



その結果、理香先生や穂香がいなくなってしまったのかもしれない。



「エマちゃんは何も悪くない。あの河原で遊んでいただけなんだから」



そうかもしれない。



それなら、あたしがエマを誘って河原へ行かなければ良かったのだろう。



どうしても、思考回路は悪い方へと傾いていく。



「本当なら、あたしが1番に狙われててもいいはずなのにね」



「どうしてそんなこと言うんだよ」



暗闇の中から、少し起こったような貴久の声が聞こえて来た。



「だって、あたしはエマと一緒に河原にいたんだよ? それに、古いスマホだって持ってる。それなのに、どうしてかあたしの周囲の人ばかりが犠牲になって――」



そこまで言った時、不意に抱きしめられていた。



布団の上から、ギュッと腕が回される。



「そんなこと考えなくていい。ナナカがいなくなったら、俺は生きていけない」



こんな時なのに、ドキッとしてしまった。



「貴久……」



「なにがあっても、ナナカは俺が守るから」



貴久はそう言い、あたしの頬にキスをしたのだった。


☆☆☆


そして、夜中の2時半頃だった。



薄い眠りに包まれていたあたしの耳に、眠りを妨げる音が聞こえて来た。



ピリリリリッピリリリリッ。



突然鳴りはじめたスマホの音に最初は顔をしかめ、次に勢いよく跳ね起きていた。



「貴久……」



月明かりが入り込む室内で、貴久はすでに目を覚まして布団の中からジッとスマホを見つめていた。



「大丈夫だ」



貴久はそう言い、電気をつけた。



眩しさに目を細め、鳴っているスマホを確認する。



エマのおもちゃ箱から出て来た、あのスマホであることを確認して大きく息を飲んだ。



「本当にかかってきたな……」



貴久はそう言い、画面を確認する。



充電がないはずのスマホは鳴りやまず、画面には【ユミコ】の文字が表示されている。



「出るの?」



「もちろんだ」



貴久は頷き、あたしが止める暇もなく電話に出てしまった。



「もしもし?」



貴久の声にあたしはゴクリと唾を飲み込んだ。



近づいて耳をそばだててみると、穂香の時に聞いた水の音が微かに聞こえて来た。



「これ、川の音だな」



貴久の言葉にあたしは頷く。



今日あの河原へ行ったばかりだから、すぐにわかった。



最初はなんだかわからない水音だったが、あの場所に関連している音だったのだ。



やがて水の音に混ざり、赤ん坊の泣き声が聞こえ始めた。



オンギャアオンギャアオンギャア!



誰かに助けを求めているような、悲痛な泣き声。



その泣き声を聞いているだけで胸が張り裂けそうな切なさを感じた。



「赤ん坊の泣き声……?」



貴久は驚いたように呟いた。



そして続く、女のうめき声。



「この声がユミコさんなのか?」



「わからない」



あたしは左右に首を振って答えた。



今までの話をつなげて行けば、このうめき声はユミコさんのものになるけれど、そう言い切ってしまうには情報が少なすぎた。



「エマは電話を切らないでって言ってた」



あたしの言葉に貴久は頷く。



思い返してみれば、穂香が途中で電話を切っていたっけ。



もしかしたら、理香先生も途中で電話を切ってしまったのかもしれない。



そして、2人ともいなくなった……。



そう考えた時だった。



『助けて』



受話器の向こうから、確かにそんな声が聞こえて来たのだ。

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