第30話
貴久はブツブツ言いながらも、スマホを持って帰るために鞄に入れ始めた。
あたしは咄嗟にそれを阻止していた。
「ダメ!」
と、声を張り上げて貴久の手からスマホを奪い取る。
貴久は驚いた顔をあたしへ向けている。
「大丈夫だよナナカ。なにもないから」
「でも、ダメ」
目の前でいなくなった穂香のことを思い出すと、これを貴久に渡すわけにはいかなかった。
あたしが四六時中肌身離さず持っていれば、きっと大丈夫だ。
「意味ないよ」
不意に大人びた声が聞こえてきてあたしはエマを見た。
いつの間にかお絵かきをやめて、ジッとこちらを見ている。
その無表情な顔に、あたしはたじろいてしまった。
「選ばれたら、もう逃げられないから」
いつものたどたどしい口調ではなく、しっかりとそう言うエマ。
「エマ。変なこと言うのはやめて」
「わかってるくせに」
あたしへ向けて言うエマがニッと口角を上げて笑った。
そして、あの笑い声を漏らす。
「あははははははははは!」
エマの異様な笑い声が聞こえて来る中、あたしはそっとお絵かき帳に視線を移動させた。
ついさっきまでエマが熱心に描いていた絵。
それは真っ白な服を着た女性と、男が並んで立っている絵だった。
「これ、誰?」
あたしは震える声でエマへ聞いた。
エマは笑うのを辞めて、ジッと自分の絵を見つめている。
「お姉ちゃん、あたしは河原で見えたんだよ。だからついてきちゃったの」
エマは淡々と説明しながら絵の中の白い女を指さす。
「ついてきた……?」
「うん。私はユミコさんとの唯一の接点」
あたしも貴久も絶句していた。
4歳児の言葉じゃないことは明白だった。
エマについて来たユミコさんが言わせているのだろう。
「どうしてあたしの周りの人ばかりを選ぶの!?」
あたしは思わず声を大きくしてそう聞いていた。
理香先生に穂香。
それに次は貴久の番かもしれないのだ。
「幼稚園児はスマホを持たない」
エマの言葉にあたしは大きく目を見開いた。
確かにその通りだ。
古いスマホなんて余計に無縁のものだろう。
エマと近い存在でスマホを所持している人間を選んでいるということ……?
更に質問を続けようとした時、不意にエマが貴久へ視線を向けた。
「着信があったら、絶対に最後まで聞くこと」
そう言い残したエマは、再び無邪気なエマに戻っていたのだった。
☆☆☆
「ごめんね、こんなことになるとは思わなかったの」
貴久と一緒に家を出てあたしは言った。
「いや。大丈夫だよ」
貴久はそう言い、手の中のスマホを眺めた。
あたしが持っていると言ったのに、貴久はそれでも自分で持っていたいと申し出たのだ。
そして、なにが起こっているのか確認したいと。
それならせめてと思い、今日あたしは貴久の家に泊まることにした。
なにかがあった時にすぐ気が付いて、助けを呼ぶことができるし、明日は学校が休みだ。
それに、昨日のことを思い出すとあたしが持っていても意味はなさそうだった。
どんなことをしても、スマホは持ち主の前に現れていた。
「エマちゃん、大丈夫かな」
「わからない……」
エマ自身が危害を加えられるようなことは今まで1度もないが、あんな風に人が変わってしまうのだ。
なにも影響が出ていないとは言えなかった。
それが原因で、幼稚園にだって行けなくなってしまっている。
このまま放置していてはきっと悪い方に転がって行くだろう。
エマの為にも、一刻も早くこの問題は解決しないといけなかった。
そうしてたどり着いたのは貴久の家だった。
久しぶりに訪れた家に、今更ながら緊張してきた。
2階建ての大きな家は庭も大きくて、その中を愛犬が走り回っている。
「どうぞ」
貴久に促されて家に入ると、すぐに貴久のお母さんが出迎えてくれた。
お泊りということで、さすがに前もって連絡しておいたのだ。
「いらっしゃいナナカちゃん」
人の良さそうな笑顔で出迎えてくれると、少しだけ緊張がほぐれた。
「こんにちは。お邪魔します」
ぎくしゃくと挨拶をして家に上がる。
その人の家どくとくの家庭的な臭いがした。
「俺たち2階にいるから、なんかあったら呼んで」
貴久はそう言い、すぐに階段を上がり始める。
お父さんはまだ帰ってきていないようだ。
「はいはい」
貴久のお母さんは嬉しそうに返事をして、リビングへと戻って行ったのだった。
☆☆☆
それから貴久は、今日学校を休んだあたしのためにノートを見せてくれた。
それを書き写しながらも、あたしの思考は貴久のスマホへ移動して行ってしまう。
エマのオモチャ箱から出て来たスマホは、今はテーブルの上に置かれていた。
電源も切れているし、充電もない。
そんな状態だけど、いつ鳴り始めるかとビクビクしている自分がいた。
「大丈夫か?」
「うん、平気」
貴久の質問にそう答えたものの、本当はスマホが視界に入るたびにドキドキしている。
「こんなのが、本当に鳴り始めるのかな」
貴久はそう呟いてスマホを手に取り、しげしげと眺めている。
「あたし、嘘はついてないよ?」
「あぁ。そういう意味で言ったんじゃないんだ。ナナカの事は信じてるけど、実際に目で見て見ないとわからないだろ」
貴久が慌てた様子で言い訳をした。
頭では理解しているけれど、疑われているのではないかと思ってしまう。
なにせ、あたし自身も自分の目の前で起こった出来事が夢じゃないかと、時々考えてしまうくらいだ。
穂香は1人で家を出て行った。
そう思った方が、随分と心も楽になるからだ。
だけどそれは現実から目を背けているだけだ。
現実逃避をしたって意味がない。
あたしは貴久のスマホをジッと見つめたのだった……。
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