第9話

☆☆☆


幼稚園から家までは車で10分ほどの距離だった。



エマと2人で歩いたら30分以上かかるときがあるので、正直助かった。



理香先生は車の中で幼児向けの音楽を流してくれて、終始ご機嫌だ。



「こうして見てると橘さんも立派なお姉さんね」



赤信号で停車した時、バックミラーを確認して理香先生が言った。



「そうですか?」



「そうよ。1人で妹のお迎えに行って、ちゃんと手を繋いで帰ってるんだもん。先生感動しちゃった」



大げさに言って笑う理香先生。



「やっぱり、教室で見てるだけじゃわかんないことも多いわねぇ」



理香先生の言葉にあたしは隣のエマを見つめた。



エマは車内流れる大好きなマーチに合わせて歌を歌っている。



「そうですよね……」



それと同じように、家で見ているだけじゃわからない。



「どうしたの?」



いつの間にか深刻な顔になってしまっていたようで、理香先生が振り向いて聞いて来た。



「いえ、別に……」



そう返事をした時だった。



不意に、コツンッと足になにかがぶつかった。



青信号になって動き出す車内、あたしは上半身を屈めて足元を確認した。



暗い足元で何かがキラリと光って見えた。



手を伸ばしてみると、それがスマホであることがわかった。



光って見えたのはスマホの画面だったみたいだ。



確認してると3年ほど前に発売された、古い機種だ。



「先生、スマホが――」



『落ちていましたよ』と言いかけて、あたしは口を閉じた。



今車内に流れている音楽は、先生のスマホを経由しているものだったからだ。



理香先生のスマホは設置されているスマホホルダーに収まっていて、音楽が再生されている。



「なに?」



ちょうど車はあたしの家の間の前で停車して、理香先生が振り向いた。



「あ、えっと……。これが落ちてました」



なんだか嫌な予感がする。



けれどこのまま誰のものかわからないスマホを持っているわけにもいかず、あたしは先生にスマホを差し出した。



「あら? これ、私が昔使っていたスマホよ。どうしてこんなところにあったのかしら……?」



理香先生は首を傾げてあたしの手からスマホを受け取った。



その瞬間、胸に安堵感が広がった。



なぜだろう。



あのスマホを持っているとひどく落ち着かない気分になったのだ。



「それじゃ先生、ありがとうございました」



「あぁ。いいえ。じゃあねエマちゃん」



「ばいばーい!」



エマは元気よく理香先生に手を振ったのだった。

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