第8話
先生の説明で、さっきの光景がすぐに蘇って来た。
「それは……嘘じゃないですよね?」
先生が嘘なんて言うはずがない。
頭では理解しているのに、そう質問せずにはいられなかった。
「はい……」
先生も、申し訳なさそうな顔になって答える。
「あの、それで相手の子は?」
ハッと我に返って聞いた。
ボーっとしている場合ではない。
相手に怪我などがあったら大変だ。
「それは大丈夫です。エマちゃんも遊びでやったことなので、力は入っていませんでしたから」
「そうですか……」
そう聞いてひとまず安堵のため息を吐きだした。
けれどこれは我が家にとって大事件だった。
黙っているわけにはいかない。
「みんなで一緒に歌を歌って、すごくご機嫌だったんですけどね……。どうしてあんなことをしたのか……」
先生は見当もつかないという様子で、呟いたのだった。
☆☆☆
結局、あたしはエマを連れて一緒に家に帰ることになった。
お母さんに連絡を入れておこうかとも思ったが、事態が事態なだけに電話ではなくちゃんと説明することにした。
「明日はちゃんとお友達に謝ろうね」
手を繋いで歩くエマに声をかける。
「どうしてぇ?」
「エマは、やっちゃいけないことをしたんだよ?」
「やっちゃいけないことなんてしてないよ」
エマはフンフンと鼻歌を歌いながら、スキップするように歩いている。
「じゃあ、どうしてあんな風に笑ったりしたの?」
「あんな風って?」
エマは首を傾げる。
「大人の人みたいな笑い方をしたでしょう?」
質問しながら、エマの笑い声が蘇って来て寒気がした。
エマの顔をした知らない誰かが、エマの体を借りて笑っている。
そんな感覚がした。
「笑ってないよぉ?」
エマはプゥッと頬を膨らませて答える。
とぼけてみせているのか、本当に覚えていないのか判断が付かない。
「とにかく、これからはもうあんな大きな声で笑っちゃダメ」
「えぇ~?」
あたしの言葉に納得いかないのか、エマは眉間にシワを寄せて拗ねてしまった。
なにか、いい言い方がないだろうか。
エマにでもわかるような言い方が……。
そう考えていた時、1台の白い車があたしたちの隣で止まった。
反射的に身構えてエマを抱きしめて守る。
その時だった、助手席の窓が開いて「橘さん、こんにちは」と、声をかけられた。
「理香先生!?」
運転席に乗った理香先生が手を振っている。
「妹さんのお迎えだったの? 偉いわねぇ橘さん」
「いえ……」
あたしは曖昧な笑顔を浮かべた。
本当のことは言えない。
「よかったら車で送ってあげようか?」
そう言われてあたしは慌てて左右に首を振った。
いくら友達のように仲のいい先生でも、そこまで甘えるわけにはいかない。
「エマ、乗りたーい!」
エマが先生の車に近づいて行く。
「ちょっとエマ!」
「いいのいいの。ちょうど従兄の子供を預かってて、チャイルドシートもあるしね」
運転席から先生が、すぐにエマを抱き上げた。
「でも……」
「学校内では遠慮なくズケズケ話かけてくるのに、外では謙虚なのね?」
理香先生はあたしの顔を覗き込むようにしてそう言った。
その言葉のニュアンスには揶揄の色が見え隠れしている。
「別に、そういうんじゃないです」
思わず言い返すと「じゃあ、どうぞ」と、後部座席のドアを開けられてしまった。
エマはよじ登るようにして車の座席へとのぼって行く。
「エマはそこじゃないの」
あたしはエマに続いて車内へ入り、チャイルドシートに乗せてやった。
「よし! じゃあ、出発進行!」
理香先生が運転席に戻ってそう言うと、エマが右手を突き上げて「おー!」と声を上げたのだった。
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