第6話

やっぱりエマはなにかがおかしい。



どうにか家に戻ってきたあたしはどっと疲れて、ソファに座り込んでいた。



エマはさっそくおもちゃ箱をひっくり返して1人遊びを始めている。



そんな様子を見ているとごく普通の園児にしか見えない。



でも、昨日といい今日といい、見過ごすことのできない奇妙な言動は続いている。



「ただいま」



玄関からお母さんの声が聞こえて来たとき、あたしはエマより先に玄関へと走っていた。



「お母さん!」



「どうしたのナナカ。そんなに慌てた顔して」



お母さんの驚いた顔はすぐにあたしの後ろへ向かい、笑顔に変わった。



振り向くと、すぐ後ろにエマが付いて来ていた。



「お母さん!」



そう言って両手を上げて抱っこをねだっている。



「はいはい。ちょっと待ってね」



お母さんは買い物の荷物をあたしに渡すとエマを抱っこしてリビングへと向かった。



そのままソファに腰を下ろして大きく息を吐き出す。



「で、どうしたのナナカ?」



そう聞かれても、お母さんの上に抱かれているエマを見ると何も言えなくなってしまった。



「……あとで話す」



あたしはそう言い、両手の荷物を持ってキッチンへと移動したのだった。


☆☆☆


その日エマが寝付いたのは夜8時頃だった。



両親の寝室で寝息を立てるエマを確認したあたしは、リビングへ向かった。



リビングでは1日の仕事を終えた両親が、大好きなお笑い番組を見ているところだった。



「ねぇ2人とも、ちょっと話があるんだけど」



あたしはそう言い、テレビから一番遠いソファに座った。



「深刻そうな顔してどうしたの?」



お菓子に手を伸ばしかけた手をひっこめるお母さん。



お父さんはテレビの音量を少しだけ落として、話を聞く体制に入った。



「昨日のエマのこと、覚えてるよね?」



お母さんにそう聞くと、お母さんは頷いてくれた。



「もちろん。変な言葉を覚えて帰って来たのよね」



「変な言葉ってなんだ?」



「なぶり殺す。ですって」



お母さんは呆れたように大きなため息を吐いて言う。



お父さんは眉間にシワを寄せて「ぶっそうな言葉を使う友達がいるのか」と、警戒している。



「そうみたい。それでね、今日迎えに行った時も……」



あたしは今日の出来事を身振り手振りで2人に話して聞かせた。



「あの子、貴久君のことを蹴ったの!?」



「うん。怪我はなかったしちゃんと叱っておいたけど、その前の死に方を説明したときはゾっとした……」



あたしは思い出して身震いをした。



2人とも深刻な表情になり、もう誰もお笑い番組を見ていなかった。



「貴久君の足を蹴ったってことは、園でも似たようなことをしてるかもしれないな」



お父さんが難しい表情で顎をさすりながら言う。



「そっか、そうだよね……」



そこまで頭が回っていなかった。



もし園内で同じことをしていたら、大変なことになるかもしれない。



リビングの中に重たい沈黙が下りて来る。



みんなエマの突然の異変に理解が付いていけないみたいだ。



「明日、あたしが園の様子を見て来ようか?」



明日、学校は午前中で終わる。



それに、両親が相手だといい子のフリをするかもしれない。



「いいの?」



お母さんが申し訳なさそうに言う。



「大丈夫だよ」



「もしなにかあったら、すぐに連絡してね」



お母さんにそう言われ、あたしは大きく頷いたのだった。


☆☆☆


翌日。



午前中で学校が終わるということで、みんなどこか浮き足だった雰囲気で授業が始まった。



休憩時間には午後からどこに遊びに行くとか、アルバイトを入れたとか、そんな会話が耳に入って来る。



しかし、あたしの頭の中はエマのことで一杯になっていた。



もしも友達に暴言を吐いていたら?



また、死体ごっこなんて気味の悪い遊びをしていたら?



色々な悪い想像ばかりが膨らんでしまうから、午前中の授業が全て終わった時あたしはすぐに帰る準備をしていた。



まだホームルームが残っているけれど、のんびりしている暇はなかった。



「どうしたのナナカ。今日はなんか落ち着かないみたいだね?」



そんなあたしを見て穂香が声をかけてきた。



「うん……。ちょっと妹のことが気になって」



「あぁ~。変な言葉を覚えて来たって、言ってたっけ?」



「うん……」



それだけならまだ良かったけれど、暴力的な性格になっていては本当に困る。

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