第43話
~友則side~
今から27年前。
まだ18歳だった美河由美子は河名友則(カワナ トモノリ)と共にこの土地にやってきた。
2人とも若かったが、互いの気持ちは本物だった。
由美子の家が代々河名家と決別をしていたって、この想いを止められることはできなかった。
幼い頃からいつも一緒にいて、物心ついたときにはすでに互いに惹かれあっていた。
そんな相手と家の都合で引き離されるなんて、あり得ないことだった。
2人の両親は異性は他にも沢山いる。
自分に会った相手を探してあげると、何度も言った。
けれど、そんなもの聞こえなかった。
今の自分には由美子しか、そして友則しかいないのだ。
若気の至りと言われようが関係なかった。
どうしても結ばれないと知った2人は早々に家を出てアパートで暮らし始めた。
若い2人は収入も少なく、立派な家に暮らす事なんてできなかった。
築60年以上経過しているボロアパートで、暮らしは常にカツカツだった。
それでも2人は幸せだった。
これが自分たちの選んだ道だ。
愛する人が傍にいるだけで、自分たちはこんなにも充実している。
そんな、幸せな毎日だった。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
お金がないと焦りが生じる。
焦りが生まれることで互いにキツク当たる事が多くなっていた。
そんな、夏の日だった。
冷房器具を買うお金がない2人は近くの川原で涼むのが日課になっていた。
アパートの窓からでもよく見える川では涼を楽しむだけでなく、魚釣りにも最適だった。
「ちょっと、涼んでくるね」
休日だった友則にそう一声かけて、由美子は1人で川へ向かった。
川の流れはいつでもおだやかで、少し足をつけるくらいなんでもないことだった。
「行っておいで」
どうにかお金を手にしようと必死で勉強していた友則は、経済書から視線を上げずにそう返事をした。
俺が由美子を連れ出したのだ。
もちろん由美子も同意の上だったが、自分がしっかりしないといけない。
これ以上苦労をかけてはいけない。
そんな気持ちが強かった。
熱心に勉強をし、資格を取り、そして起業するのだ。
そうすれば由美子との生活は劇的に変化するはずだった。
このままの生活も幸せだけれど、いつか大ゲンカをしてしまいそうな気がしていた。
少し、焦っていたのかもしれない。
勉強に没頭するあまり、由美子が1人で川へ行ってから随分時間が経過していることに気が付かなかった。
ふと顔を上げるとあれから30分が経過していた。
友則は勉強を一旦やめて窓へと近づいた。
川へ視線を向けた瞬間、友則は絶句していた。
ずぶ濡れになった由美子が大きな岩にしがみついて身を起こしたところだったのだ。
「由美子!?」
友則は叫び、すぐに部屋を出た。
玄関から河原までほんの数十秒の距離だ。
それがとてつもなく長く感じられる。
ようやく川までたどり着いた友則はそのままジャブジャブと水をかき分けて由美子の傍までやってきた。
「えへへ、ちょっと足を滑らせちゃった」
そう言って笑う由美子は顔色が悪い。
「大丈夫か?」
両手で由美子の体を支えてゆっくりと岸へ歩く。
その時だった……。
ジワリと川の色が赤く染まった。
え……?
目の錯覚だろうかと思いまばたきをしたが、その光景は変わらなかった。
赤く染まる川。
そしてその根源は由美子の足にあった。
由美子の細く白い太ももに行く筋もの赤い血が流れている。
それが川に流れ込んで赤く染めていたのだ。
「……っ」
青ざめた由美子が腹部を押さえてうずくまる。
「由美子、由美子!」
友則は必死に由美子の体を抱き上げてアパートへと向かった。
抱き上げたその体は、涙が出るほど軽く、細かった……。
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