第42話
夜の河原はどこか寒々しく感じられた。
月の光に照らされた水面は美しく輝いているのに、あたしはそれが真っ赤な血に見えてしまった。
エマが言っていた、川は真っ赤だという言葉が思い出される。
この川も、あの廃墟も、由美子さんに関係しているなにかなんだろうか?
確信がないまま車が停車した。
あたしはお母さんに礼を言って車を降りて、河川敷へと歩いて行った。
チロチロと水の音が聞こえるばかりで人影は見えない。
あたしはスマホのライトで足元を照らしながらゆっくりと周囲を確認した。
とても静かで、生暖かな夜だった。
肌に絡み付いてくる空気は水分を多く含んでいるようで重たく、気持ちが悪かった。
光弘はどこにいるんだろう?
まさか、見当違いな場所にいるんなんてことはないよね?
そう思って電話をかけようとした時だった。
ゴトリと、重たい物が移動させられたような音がしてあたしは足を止めていた。
音がした方へライトを向ける。
そこに浮かび上がってきたのは、廃墟だった。
貴久が引きずりこまれて言った廃墟に、2つの人影が見えてあたしは息を飲んだ。
早足に近づいて行くと、廃墟を外から見ている光弘の姿に気が付いた。
「光弘」
そう声をかけると、振り向いた光弘が唇の前で人差し指を立てて「シッ!」と制した。
そして、テジェスチャーでスマホのライトを消すように促された。
あたしは光弘の言う通りにライトを消し、周囲は薄暗闇に包まれた。
「どうしたの?」
小声で聞くと、光弘は視線を廃墟へと移動させた。
廃墟の中は暗く、目をこらさないとよく見えない。
しかしその闇の中に蠢く、更に深い闇の色を発見した。
「俺のお父さんだ」
その影を見て光弘は言った。
「廃墟の中でなにをしてるの?」
「わからない。でもさっきから瓦礫をどかせているみたいなんだ」
光弘の言う通り、光弘のお父さんは一心に瓦礫をどかせる作業を続けている。
どうするつもりなんだろう……。
暗がりの中、光弘のお父さんの荒い呼吸が聞こえて来る。
どれだけ疲れても休憩を挟む気はなさそうだ。
あたしと光弘はその光景をジッと見つめる。
やがて瓦礫は少なくなり、床が見えた。
光弘のお父さんはその床を引きはがし始めたのだ。
バキバキバキッ! と、木が折れていく音が夜の空気に響く。
床も随分劣化していたのだろう、それは瓦礫をどかせる作業よりもずっと簡単そうに見えた。
「行ってみよう」
光弘に言われ、あたしはそっと廃墟へと足を踏み入れた。
光弘の父親に気が付かれないよう、足音を殺して前進する。
しかし、中は壁すら崩れ落ちている廃墟だ。
隠れる場所はなかった。
「誰だ!?」
人の気配に気がついた光弘のお父さんが咄嗟にこちらへ振り向いた。
あたしと光弘は同時に身をかがめる。
光弘のお父さんがライトを持っていなかったのは幸いだったが、足音が徐々にこちら
へ近づいてくる。
どうしよう。
このままじゃバレてしまう……!
その時だった。
隣でしゃがみ込んでいた光弘が勢いよく立ち上がったのだ。
「光弘!? お前、どうしてここに?」
「ごめんお父さん。気になってついて来ちゃったんだ」
光弘はそう言い、自分のお父さんへと近づいて行く。
「来るな!」
途端に怒鳴り声が聞こえてきて、あたしはビクリと身を跳ねさせた。
「そこになにがあるだよ」
「なにもない! 帰れ!」
「嘘だ。そんなに慌てて、何を隠してるんだよ」
光弘が再び歩き出したのがわかった。
あたしはひたすら息を殺して音を聞く。
途端に、周囲が少しだけ明るくなった。
光弘が持って来たお母さんのスマホでライトをつけたみたいだ。
そして……つかの間に沈黙があった。
光弘はなにを見たのだろう。
光の中になにがあったんだろう。
気になり、そっと顔を出してみた。
光弘の後ろ姿が見えた。
光弘のお父さんが引きはがした床下をジッと見つめている。
「君は……」
その声にハッとして顔を向けると、光弘のお父さんと視線がぶつかった。
咄嗟に逃げようと身構えたが、あたしは動きを止めた。
ここで逃げたらなにも解決しない。
理香先生も穂香も貴久も、戻ってくることはない。
そう思うと、逃げることはできなかった。
あたしはゆっくりと立ち上がり、光弘に近づいた。
そこに何があってもこの目で見ないといけない。
例えそこに……白骨化した死体が隠されえていようとも。
ピリリリリッピリリリリッ!
土の中から着信音が聞こえて来て、あたしと光弘は息を飲んだ。
白骨死体のすぐそばから聞こえて来る着信音に、光弘が屈み込んで手を伸ばした。
音がする辺りを少し探ってみると、土の中に埋もれた二つ折りの携帯電話が出て来た。
元々何色だったのかもわからないくらい、劣化している。
光弘は鳴り続けるそれを手に取り、そして画面を確認した。
【ユミコ】
画面はひび割れて歪み、昔のテレビのようにノイズが乗っていた。
そんな中、携帯電話は鳴り続ける。
ピリリリリッピリリリリッ!
その音は波に乗っているように奇妙にうねり、低くなり高くなり、やがて女の悲鳴に似た音に変化していく。
ぎぎ……ぎっぎぎ……ぎゃああああああああああああああ!!
苦痛に歪むその声を最後にして、着信音はピタリと途絶えたのだった。
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