第22話
ほんの1分の距離が永遠のように長く感じられ、到着した時には背中にジワリと汗が滲んできていた。
夜にゴミ出しをした時はまだそんなに集まっていなかったのに、もうゴミ収集所の中はパンパンだった。
朝忙しい人たちは、みんな前の番からゴミ出しをするのだろう。
あたしはゴミ収集所のドアを開けて中を確認した。
「どれだろう……」
随分下の方に埋もれてしまったかもしれない。
燃えるゴミじゃないから生ごみの嫌な臭いはしないけれど、代わりに大きなゴミ袋が多くて1つ1つが重たかった。
「ナナカは休んでて」
穂香がそう言い、自分でゴミ袋をかき分け始めた。
その表情は真剣だ。
「大丈夫。あたしも手伝う」
そう答え、あたしは懐中電灯でゴミ袋を照らして、自宅のゴミを探したのだった。
それから10分後。
見慣れたゴミ袋を見つけて、あたしはそれを道路へと引っ張りだしていた。
「この中に捨てたはずだよね」
そう言いながら、穂香がゴミ袋の中に顔を突っ込んで自分のスマホを探す。
あたしは穂香が見やすいように光を当てていた。
しかし……いくら探してみても、捨てたはずのスマホは出てこなかった。
「嘘でしょ? 絶対に、ちゃんと捨てたのに!」
穂香の額にじわりと汗が滲んできている。
「捨てたよね!? あたしとナナカの2人で捨てたよね!?」
ほとんど悲鳴のような声になる穂香の背中を、あたしは抱きしめた。
穂香の体は小刻みに震えている。
こんなに暑い夜なのに、恐怖でカタカタと揺れている。
「大丈夫。きっと大丈夫だから」
なんの根拠もなかったけれど、あたしは穂香へ向けてその言葉を繰り返した。
いつまでもここでうずくまっているワケにはいかない。
気味が悪いけど、家に戻らないと……。
そう思い、あたしはゴミを元通り片付けた後、まだうずくまったままの穂香を抱きしめるようにして、歩き出したのだった。
2人で家に戻って玄関を開けた瞬間、暗闇に2つの目玉が浮いていて危うく悲鳴をあげそうになった。
玄関から差し込む月明かりでボンヤリとエマの姿が見え、あたしは大きく息を吐きだした。
「どうしたのエマ。眠れないの?」
そう問いかけながら家に入り、鍵をかける。
「電話に出なきゃダメだよ?」
突如言われた言葉にあたしは動きを止めて幼い妹を見つめた。
一瞬背筋が寒くなったが、さっきの着信音が聞こえて目が覚めてしまったのだろうとわかった。
「起こしちゃってごめんねエマ。もう大丈夫だから寝ようね」
そう言って両親の寝室へエマを連れて行こうとする。
エマは大人しくあたしの後ろをついて歩きながら「ユミコさんからの電話には出なきゃダメなんだよ」と、繰り返した。
その言葉にあたしは立ち止まり、振り向いた。
エマは無表情であたしを見上げている。
それはよく知っている自分の妹でありながら、なにか違う生き物のように見えて気味が悪かった。
きっと、真夜中の暗闇にいるせいだと、自分自身に言い聞かせる。
「ユミコさんって……?」
穂香が恐る恐るという様子でエマに聞く。
「さっきの電話の相手だよ」
ユミコさん。
その名前をエマが口にするのは2度目だった。
1度目は理香先生がいなくなったとき。
そういえば、理香先生がいなくなる前にも昔のスマホが突如出て来たんじゃなかったか?
そこまで考えて、あたしは左右に首を振って考えをかき消した。
穂香が怯えている中、そんな風になんでもかんでも関連付けて考えるのは良くない。
余計に穂香を怯えさせるかもしれない。
「どうして相手の名前を知ってるの?」
「穂香、エマは適当なこと言ってるだけだから」
あたしは穂香にそう言い、エマの手を引いて寝室へ急ぐ。
「電話に出なきゃ、何度もかかって来るよ」
あたしがエマの体を寝室に追いやりドアを閉める寸前、エマは穂香へ向けてそう言ったのだった。
「ごめんね、エマが変なこと言って」
ようやく部屋に戻って来て、あたしは言った。
「ううん……」
穂香は布団に座り、枕元のスマホをジッと見つめている。
ゴミ収集所まで行ったのだからついでに捨ててくればよかったかもしれない。
「そのスマホ、ゴミ箱に入れておくね」
あたしは穂香の返事を待つより先に、3台のスマホをゴミ箱へと入れたのだった。
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